【GW期間中の自由研究(その7)】ヒトはなぜ夢を見るのか(その2)
[テキスト]
「ヒトはなぜ、夢を見るのか」(文春新書)北浜邦夫(著)
[参考図書]
「ヒトはなぜ夢を見るのか 脳の不思議がわかる本」千葉康則(著)
「人はなぜ夢を見るのか―夢科学四千年の問いと答え」(DOJIN選書)渡辺恒夫(著)
「夢の正体 夜の旅を科学する」アリス ロブ(著)川添節子(訳)
「眠っているとき、脳では凄いことが起きている 眠りと夢と記憶の秘密」ペネロペ・ルイス(著)西田美緒子(訳)
「夢を見るとき脳は――睡眠と夢の謎に迫る科学」アントニオ・ザドラ/ロバート・スティックゴールド(著)藤井留美(訳)
「ヒトはなぜ夢を見るのか 脳の不思議がわかる本」では、なぜラスコーの洞窟の壁画の男性は勃起して描かれているのか?という意外な問いと答えを含む「睡眠と夢の人類史」から始まる。
地球の自転、公転リズムとの関係や魚類レベルからの進化の過程で、眠りもまた進化してきた歴史が語られる。
睡眠時間は個体差が大きいらしいが、「マドリッドのパロミノという女性はある日あくびをして以来、30年間眠らないでいる」という信じられない一節があった。
ネットで詳細を調べたところ次のページが見つかった。
普通は、数日間で幻覚を見て、衰弱してしまうものらしい。
医者の立会いの下、6日間眠らずにギネスブックに載った人がいると他の本で読んでいたのだが、それどころではない人が実在するのかと驚く。
そして、中盤で当初の私の疑問への答えが見つかった。
人は皆、一晩に4回のレム睡眠時に夢をみているが、言語化できないので、夢の内容は作業記憶上で失われてしまい、起きたときに思い出せないのだという。
睡眠は不要な情報を忘れることが目的と言う面もあるから、夢の内容をすべて記憶していたら、睡眠の目的が果たせないと言うことでもあるのだろうと思った。
だから、大抵の場合、思い出すのは第4回目のレム睡眠時の明け方の夢であるらしい。
「はじめに」に面白い数字があがっている。
「われわれは一日に八時間ほど眠り、その間九十分ほど夢を見る。
七十五年生きるとすると、二十五年眠り、五年間夢を見ることになる」
5年間を良い夢で過ごすか悪夢で過ごすかは人生にとっても、随分大きな違いになりそうだ。
この本を手に取ったときに、明晰夢のことが出ているのではないかと期待した。
後半でかなり触れられていて満足。
訓練法などもある。
1935年、文化人類学者のキルトン・スチュアート博士は、マレー半島に住む先住民族「セマイ族」の調査を行なったところ、彼らは独自の方法を使って、夢をコントロールしている事が明らかになった。
そして、アメリカのサンタバーバラ睡眠障害センター元所長、チャールズ・マックフィー氏によると、彼らが見ているのは「明晰夢」と呼ばれる夢であるという。
「明晰夢」とは、夢の中で「自分は今、夢をみているのだ」と自覚しながら見る夢のことである。
マックフィー氏によると、明晰夢を見ている人は、夢の中でそれが夢である事を自覚しており、その夢の続きをどんな風にするかを自分の意志で決めることが出来るという。
見たい夢を見る人々がいて、映像で紹介される驚きの内容だった。
彼らは毎朝夢を家族に報告し、アドバイスを受ける習慣があり、それが夢を自由に操作できる能力につながっているらしいという内容だった。
この本によると明晰夢を見ている間は夢であることを本人が自覚しているという。
明晰夢を見る人は、夢の中で正確に時間を数えて、眼球運動で合図することもできるという。
覚醒レベルが異常に高い睡眠で、実験室でも訓練によって誰でも見ることができることが証明されているそうだ。
一生で5年間見る夢を自由に操作できたなら、究極のバーチャルリアリティと言えそうだ。
やってみたいが、訓練の前提が夢を書き留めたり報告することにあるので、夢をあまりみない人は厳しいと思われる。
この本は、医学博士、理学博士で睡眠の研究者による一般向けの解説書。
脳科学、生理学、進化論、文化史、人類学と幅広い観点からの考察もあって面白く読めた。
ある古文の中での話であるが、主人公の夢の中にあこがれの女性が登場し、
「あなたが好きよ」
と告げる。
すると主人公は翌日、この女性に、
「私の夢の中にまで会いに来てくれるなんて。
あなたの本当の気持ちがわかりました。
私たちは相思相愛だったのですね」
と求愛する。
このひとつの解釈として、恋人が夢に現れるのは、その恋人が、夢を見ている当人を思っているからだと古代人は考えたのか?
では、なぜ古代人は夢に登場する人物を「現実の一部」と信じたのか。
「論語」にこんなくだりがある。
孔子が嘆く。
「私も老いぼれたものだなあ。最近は周公の夢も見なくなった」
周公とは孔子が理想とした政治家。
これは呪的世界に生きる人の声であり、古代人の孔子にとって周公は本当に夢に「現れていた」と考えられる。
要するに世界観が根本的に違うのだ。
古代人は単なる風流から、夢を「現実」と考えたわけではない。
古代人と現代人は、直線的な時間の位置の違いによるのではなく、世界観の違いによって区別されるのだ。
国文学者、西郷信綱によると、古代人にとっての夢は、神々と交わる回路であり、夢の中の像は神や仏が人間の魂を操作して、見せているものだった。(「古代人と夢」平凡社ライブラリー)
魂は恍惚状態や失神状態のほか、睡眠中も体から抜け出すと考えられた。
だから夢を見ている間に魂が浮遊して誰かの魂と出合ったり、誰かの魂が自分の夢の中へ訪ねてくることもあり得たのである。
魂が体から完全に分離するのは死ぬ時だが、この考えをさらに突き詰めれば、肉体は魂の容器に過ぎず、どこからかやって来た魂が体内に定住することで人間は生きている。
つまり魂は体よりも寿命が長い。
肉体がこの世に誕生する前から、魂は別の形で存在しており、体の滅亡後も生き延びる魂の救済が、古代からの宗教のテーマだった。
どんな時代でも、人は先行きへの不安を抱えており、何とか未来を予見しようとしてきた。
夢もその例外ではなく、夢のお告げは神のお告げとされた。
ただ、すべての夢に未来を予知する力があったわけではない。
神仏からの助言を得るには、有益な夢を乞う儀式が必要だった。
法隆寺の夢殿は、身を清めた聖徳太子が夢を得るためにこもった聖なる場所と伝えられる。
夢は現代人にとって、
「夢のようにはかない」
ものだが、古代の世界では
「もう一つの現実」
であり、古代人の夢には本物の周公や恋人が出入りしていたのだろう。
まるで落語のような話があった。
二人の親友がいた。
彼らがともに亡くなった後、その息子同士も親友になった。
ある日、その一方の夢の中で父親が訴えた。
「おれは親友に金を借りたまま死んだので、あの世で肩身の狭い思いをしている。
だから彼の息子におれの借りた金を返してくれ」
目覚めた息子は金をそろえて、親友を訪ねた。
だが、友人は受け取らない。
「金の貸し借りは父親同士のこと。
あの世で父が受け取るべき金を、おれがもらう理由はない」
らちがあかず、裁定は鎌倉幕府に持ち込まれた。
幕府役人は、息子の孝行ぶりに感激し、
「金は両人の父親の供養に使うように」
と裁決した。
これは鎌倉時代の仏教説話「沙石集」に出てくる話。
酒井紀美の「夢語り・夢解きの中世」によると、中世では生者と死者は夢を通じて交信できると考えられた。
現代の考え方では、死んだ時点で死者の時間は止まり、生者との時間的距離は広がるばかりなのだが、中世では生者と死者は共に流れ続ける同じ時間を体験していることになる。
さらに不思議なのは夢自体が商品として売り買いされたことだ。
「曽我物語」によれば、北条政子が21歳の時、政子の2歳年下の妹が夢を見た。
「高い峰に登り、月と太陽を左右の袂に納めるという不思議な夢なのです」と妹は政子に打ち明けた。
それは天下を手中にすることを示唆する夢なのだが、政子は
「何て恐ろしい夢でしょう」
と嘘を言い、
「その夢を売ってしまえば、あなたは大難を逃れられる。私がその夢を買ってもいい」
と、鏡や小袖を妹に贈った。
その結果、政子は、妹と結ばれるはずだった源頼朝と結婚したという。
なぜ夢が売買の対象になり得たのか。
われわれは中世人の感覚からあまりにも隔たってしまったが、国文学者の西郷信綱は、理解の手助けのため、こう説明する。
たとえば貧乏や死の原因には何らかの実体があるわけではないが、当時の人は貧乏神や死神にとりつかれると貧乏や死を招くと考えた。
罪やケガレも、何らかの物のように、お払いや清めによって別の場所に移せた。
それと同じく夢がもたらす福や災いも他者に転じられるとされた。
中でも吉夢は神仏からの贈り「物」だったというのである。
聖徳太子が夢殿にこもったように、古代前期までは、予言力が認められたのは為政者の見る夢だけだった。
だが、平安時代以降、酒井氏が「夢の民主化」「夢の世俗化」と呼ぶ現象が起きる。
夢の商品化はその結果である。
夢のお告げを求める慣習が一般人にまで広がり、長谷寺、清水寺、石山寺など、吉夢が得られるという評判の寺院に群衆が押し寄せるようになる。
毎晩、大勢の人々が雑魚寝して、運命を予告する夢を待ち続けた。
当時の長谷寺の様子を「枕草子」は
「ボロをまとった法師や見苦しいミノムシみたいな連中でごったがえしている」
と描いている。
彼らは何夜も寺院で過ごし、縁起の良い夢を授かると喜んで下山し、日常へ戻っていった。
寺院は夢によって魂を治癒し、生命力を再生する場所でもあった。
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