【身辺雑記】犬のいる暮らしと心の中の2匹の犬
1.飼い主をとても愛して守る番犬
11月1日は、犬の日ですね。
野生的で素朴な中にどこか気品が感じられ、どの日本犬と比べても表情が鋭く、その姿には隙無し(@@)
以前、精悍な風貌、隙のない体つきで、気迫を感じさせる犬種である四国犬(血統書付き)を、父の友人から譲り受けて、こんな小さい時(幼犬期)から一緒に住むことに。
この四国犬は、土佐犬と混同されやすいですが、四国地方に古代からいるのが、四国犬であり、日本犬のなかでは、最もオオカミに似ているといわれます。
ワイルドな風貌が圧倒的な存在感を放つ、中型の土着犬で、色彩のコントラストは、他の犬種には見られない、複雑で幽玄の美を感じさせます。
成犬になった姿は、こんな感じです。
「素軽い犬」と形容されるように、動作は、とても敏捷で、優れた骨格を備えています。
また、足腰には、野生的な弾力があります。
そして、深みのある鋭い眼光と共に、たまらない魅力となっています。
総体的に、頭の良い犬で、飼い主の気持ちを読んで行動してくれます。
飼育は難しい犬種でしたが、父と協働で、しつけを徹底したかいもあって、ほかの日本犬同様、飼い主に忠実で、勇敢な性質を備えた信頼できるパートナーに成長くれました(^^)
忠誠心が強く、群れ(飼主)やテリトリーを守る傾向が強いのが難点^^;
知らない人には警戒心を抱くから、その際に、犬の気持ちを考えずに近づいたりすると攻撃的になって面倒な事もありましたが、家族思いのパートナーでしたね(^^)
【参考サイト】
【参考図書】
「イヌ全史 君たちはなぜそんなに愛してくれるのか」ナショナル ジオグラフィック(編)
2.心の中の2匹の犬
人と人との関係には、どちらが主導権を握るかの心理戦のようなものも見え隠れしますよね。
そんな争いが、自分自身の中にもあることに気付いたことはありますか?
そんな心の中の争いを旨く言い表した考え方に、ゲシュタルトセラピーの考え方があります。
ゲシュタルトセラピーの考え方では、葛藤の代表的パターンとして「トップドッグ」と「アンダードッグ」の対立を挙げています。
自分自身を、一定の枠の中で行動させようとして、司令塔的なメッセージを発する部分をトップドッグ。
その司令塔に反抗し、足を引っ張る部分をアンダードッグと呼んでいます。
「こうするべきだ」「こうしてはならない」と自分を縛るのがトップドッグ、「でもそんなのは面倒くさい」「嫌だ」と駄々をこねるのがアンダードッグです。
トップドッグのいい分は道義的に正しく、権威的で、破滅をちらつかせて脅迫します。
「こうしなければダメになるぞ。人から認められないぞ。愛されないぞ」って脅してきます。
それに対して、アンダードッグは、防衛的で弁解的。
いい訳も上手です。
「でも明日やるからいいでしょう?」
「初めから無理な設定だったんだよ」
「良かれと思ってやったことだから」
トップドッグとアンダードッグが、いいたいことをいい合って、主導権争いをしていると、自分の中で葛藤が起きます。
どちらの声に従って行動したらよいか判断できなくなってしまうのですね。
トップドッグの声は、自分の気持ちとして統合された言葉ではありません。
トップドッグの言葉は、ほとんどが外部からうのみにした「べき論」に基づいているのです。
うのみにした「べき論」は、もともとの自分が何を感じているか、どんな思いでいるかを聞く耳を持っていません。
コミュニケーションを取らずに「~すべき」「~してはならない」という指令を出すのですから、自分の気持ちとズレが出てきます。
ズレを感じれば、指令に対する不満や反抗がわいてくるのも無理はありませんよね。
それがアンダードッグの声なのです。
トップドッグにとって、アンダードッグの声は、自分に反抗しているように聞こえるのでしょうね。
だから、その声を無視するか、押しつぶすかしようとします。
その両者の対立が心のエネルギーを消耗させることになるんですね。
ゲシュタルトセラピーでは、トップドッグとアンダードッグは、お互いの声を聞き合うことで和解できると考えます。
これをセンタリングといっています。
そこで、対人関係よりも先に、このセンタリングを、必要に応じて活用し、お互いが歩み寄り、中央で握手するイメージで、自分自身の中にもパートナーシップを構築してあげてください(^^)
【参考記事】