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#2000字のドラマ「今日も、また」


今日もまた、
昨日と同じような一日が終わろうとしている。


"何かが変わるんじゃないか"

そんな少しの期待を過ぎらせながら
スマホのカメラを自分に向ける。








大学卒業後、適当に就職した。

"逸れ者"

そんな風に周りから思われたくないだけだった。
特別したいことも夢もなかった。

そうして見事、

"社会人"

と一括りに呼ばれる若者の一人になった。


俺は無事、
平坦で平凡な人生を送れる切符を手に入れた。



仕事は特に楽しくもないが辛くもない。

職場での俺の印象は恐らくきっと

"人畜無害な若者"

そのくらいのものだろう。

俺が会社で働いている理由は
生活を維持していく為であって
仲良し子良しをする相手を見つける為ではない。

寂しくないかって?

別に友達も居なくていいし
家に帰れば適当にYouTubeの動画を観て
適当に笑って適当な時間になったら寝るだけだ。
休日も大して変わりはない。

そんな俺の毎日を漢字一文字で表すなら

「無」だろうと思う。

出来るだけ上がり下がりの無い
平坦で平凡な人生が送れたならばそれで満足だ。

なのに、何故だろう、
いつも何かが足りていない気がする。











帰り道、同期の久保さんが話しかけてきた。


仕事外で職場の誰かから話かけられたのは初めてだ。

今日は雪でも降るのか…


「あの…、高瀬さんって、ピカイチさんと同じ高校だったんですよね?」


「あ、あー。」


…ピカイチのことか。


「もし、良かったら、連絡先交換しませんか?」

…。








その夜、久保さんからLINEが来た。

当たり障りの無いLINEだった。

俺はわかっている。

久保さんはピカイチのファンなのだろう。

入社1年目の頃は
同期同士ということもあって
久保さんとはたまに会話をすることがあった。
その時に何度か、出身校の話題になったことがある。

俺の通っていた高校で当時仲の良かった拓也。


その拓也は今、ピカイチという名前で
YouTuberをしている。

YouTuberとして凄く人気者という訳では無いが
まあ、YouTuberとしての活動で
そこそこには豊かな生活をしているようだ。



「久保さんがピカイチのファンか…」


ひとり部屋で呟いていた。


なんなんだ、この感情は。


もやもやする。



きっと遅くても数ヶ月後には
久保さんからピカイチについてのLINEが来る。

何故俺はわかっていながら
LINEを交換したんだろう。


職場の人と仕事以外で関わるのは嫌だ。

嫌な筈なのに
何故俺は今、こうして久保さんからのLINEを
気にしているんだろう。





何故、少しドキドキしているんだろう。









翌日、会社へ出勤

いつもと変わらない1日だ。

朝9時から夕方18時まで、パソコンと向き合う。

何も変わらない、1日だ。

これが俺の望む1日だ。






そう、言い聞かせている、気がした。













入社式、
最初に声をかけてくれたのが
久保さんだった。



その瞬間

世界が止まったんだと思った。




そうだ





「… 一目惚れだ…」






気さくで
愛嬌があって
小動物のような可愛い見た目だから
職場の人達はきっと気づいていないんだろう。
でも、俺は知っている。

久保さんは
とても計算高く強かな女性だ。

俺なんかが恋愛感情を抱いて
何かが起こるような相手では無い。



現に、ピカイチへの繋ぎ役に抜擢されてしまった。





「ふっ…見事だな」









あれから不定期に
久保さんからLINEが届く。

内容はなんて事のないものばかりだ。

何と言うか
マーキングの様なものだろう。


それでも俺は
久保さんからのLINEを
待ち侘びてしまっている。


俺は忠犬ハチ公か。











相変わらずもやもやする。


俺の望んでいるはずの平坦で平凡な人生から
少しずつ離れていっている様な気がする。



久々にピカイチの動画を観たくなった。


「…ふふっ」

なんだ、面白い。

前に観た時より全然、面白い。

これは俺の感性が変わったのではなく
明らかにピカイチの動画の面白さが増している。



ー 拓也はずっと、変わり続けているんだな ー




俺は、





俺は、










俺はずっと同じ毎日だ。


明日俺が会社を辞めても
きっと誰も何も思わない。

同じ場所で
同じ毎日が
俺の居ないまま
始まって、終わる、
ただそれだけだ。





何故だ、


涙が溢れてきた。






別にピカイチみたいになりたい訳じゃない。







ー 俺は

 ほんとうは

 なにをしたいんだろう ー







何も疑問に思って来なかった。

考えたところで
特に何も思い浮かばなかったから。


けど、今俺は泣いている。


はっきりとした理由もわからずに。




自分のことなのに
何も分からない。




いや、


自分のことさえも。












電車に揺られ
昨日と同じ今日を始めに向かう。


代わり映えのない

いつもと同じ今日の為に。


俺は、やっぱりそれでいい。


相変わらず
何かが足りていない気がするし
もやもやもしている。

でも、
人生そんなもんだろう
とも思っている。

きっと職場に居る人達もそうだ。



昨日、久保さんからLINEが来た。


現実は、俺の想像の範疇を超えてはくれなかった。




そして今日もまた、

昨日と同じような一日が終わろうとしている。


だが、ひとつだけ、昨日とは違うことがある。



"何かが変わるんじゃないか"

そんな少しの期待を過ぎらせながら
スマホのカメラを自分に向けた
























































































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