やらなければならないと思い、今これを書いています。この記事は、皆さまからの情報や意見をもとに、随時更新していく予定です。集まった「声」に対する皆さまの「応答」をお願いいたします。
背景
先日、以下のnoteに記述したできごとを受けて、ずっと色々考えていました。私自身は最近あまり日本のニュースが取り上げてくれないので、海外の記事か、Xなどでも情報に触れています。Xはどうしてもバイアスがかかっており、私と同じ意見を持つ人で溢れています。けれども、以下の記事にあるような意見を持っている人はおそらく少数派ではないし、どうしても他人事だと思えなかった。愚かだと一言で突き放して良いものではない。関心のある人たちで集まったままではいけない。そしてあの場での彼らの意見も、彼らなりの文脈や、また違った本音がありそうで、あのままではいけないと感じました。そこで、同世代の色々な人と繋がっているinstgramを用いる事にしました。数は少ないし、全ての人の意見を代表できるわけではないけれど、私のXのタイムラインに流れてこない彼らの声を少しでも集める必要がある。彼らが今何を感じているのか、知りたかった。そして、本当に率直な意見をもらいました。彼らが快諾してくれたので、共有します。
簡単な歴史的背景や、現状の動向は、調べれば出てきます(それを調べることすら忙しくできていない人もいるかもしれないけれど)。しかし率直な意見を見ながら思うことは、それらの事実や過去を自分の中でもっと丁寧に噛み砕く材料がない、という人も一定数いると感じました。そういった方々の補助線のような存在にこの記事がなれたらいいな、と。
ただ内心、この行動が悪い方向にいかないかビビり散らかしていて、自分やっていることに対する不安でぺちゃんこにされそうなので、みなさまお手柔らかめに対応していただけますと幸いです。どのような方でも歓迎いたします。場合によっては、専門家の方にもぜひ応答をお願いできればと思っております。
みなさまへ
彼らの率直な意見は、もしかしたら、全国で日々パレスチナのために声をあげている方にとっては、憤りを感じるものかもしれません。でも、どうか、どうか、これらの意見を単純に批判することはやめていただきたいです。この記事は、それが目的ではありません。率直な声を聞かせてくれた彼らの意見であり、問いであり、分からなさに対して、少しでも意味のある皆さんの応答を共有することが、この記事の目的です。彼らの意見の中には、おそらく日本にいる数多くの人がもはや言いたくても言えない率直な疑問や感情があると思います。それらに対して、互いが対立することなく、伝えられることを伝えたいと思っています。初めは私一人で答えようとしていましたが、私一人ではできませんでした。力を貸してください。
そして私は、instgramのストーリーに反応してくれた一人一人に、本当に、心からのでっかい感謝を送ります。そして勇気を持って打ち明けてくれたことに敬意を表します。現代社会、もはや何をいっても批判されるのではと怖かったと思います。そして私が感謝のストーリーを上げると(つまり何人か私のストーリーに反応したことがわかると)続いて意見を寄せてくれた人もいました。本当に本当にありがとう。忙しない日々に疲労している中で、そこそこ長い文章を打つというのは容易ではなかったと思います。それは、「パレスチナの子どもと比べたら……」とかの意見を持ち込まない次元で、あなたの日常の中でその時間を確保してくれたという事実に、私は感謝しています。
ルール(手探り中)
意見そのものに対して、頭ごなしに否定しないでください。(双方)
不適切な発言は載せない場合があるかもしれません。悩み中。
声への応答内容は、番号を指定のうえ、下記にある応答用Googleフォームに記入をお願いいたします。私のXのDM、投稿に返信/引用するなどしても構いません。たぶん。(後者は見逃す危険が……)
声を追加したい方も、声用Googleフォームなどからお願いいたします。
声のメッセージは、個人や個人の特徴を特定されることを避けるために、名前や地名といった固有名詞はこちらでぼやかしています。
ここでは一人称を「私」に統一させていただきます。
応答者は、実名やアカウント名を公開しての応答も可能とします。とくに実名は、専門家の方などが立場を示しながら伝えたいときなどにこの仕組みをお使いください。(Googleフォームでは選択する場所があります)
意見は、ジャンルごとではなく「その人」の意見をまとめてまるまる載せています。ジャンルごとに分けた方が読みやすいかもしれませんが、一人の人の中にも色々な思いがあることを少しでも感じ取った上で応答したいという筆者の願望が含まれています。ご了承ください。
やってみて随時変えていくかもです。既に答えてくださった方に不都合とならないようにいたしますのでご安心ください。
<応答のフォーム>
<声のフォーム>
それぞれの応答の役割(手探り中)
情報収集の手助け
定期的にさまざまな情報が共有されているサイトやアカウント、記事ページなど
事実の応答
意見に含まれる疑問に対する応答として、「こういうことが起きている」などの事実中心のものを。なるべくソースも合わせて教えてください。
感情の応答
意見/意見者に対する批判onlyはNGです。ここは基準が明確にできず申し訳ありませんが、意見を聞かせてくれた人たちが傷つくことがない範囲で、みなさまの率直な応答を聞かせてください(気づきとなるような応答は大歓迎です。表現的なものへの配慮をお願いいたします)。「たしかにね」でも、「ちょっと待って」でも。
新たな問いとしての応答
感情の応答と違いがわかりにくいですが……どちらかというと、そもそもの声に対する疑問や、「じゃあこうしてみよう」とか「こういう問題にもつながるよね」みたいな(?)
*自分のはどれに当てはまるかわからない!となったらGoogleフォームの「その他」を選択してください。
*noteよりドキュメントの方がいいかなとも思っていて、色々悩み中です。
情報収集の手助け(随時更新)
良さそうなサイトやアカウント、どしどし教えてください
勝手に筆者が追加しますが、これは一番最初に見た方が良いかも。
声と応答(随時更新)
vol.1
<声>
<応答>
vol.2
<声>
<応答>
vol.3
<声>
<応答>
vol.4
<声>
<応答>
vol.5
<声>
<応答>
vol.6
<声>
<応答>
vol.7
<声>
<応答>
vol.8
<声>
<応答>
vol.9
<声>
<応答>
vol.10
<声>
<応答>
vol.11
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vol.12
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vol.13
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vol.14
<声>
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vol.15
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vol.16
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vol.17
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vol.18
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vol.19
<声>
<応答>
vol.20
<声>
<応答>
vol.21
<声>
<応答>
声を聞いての所感(筆者が気ままに更新)
多くの人が、知らない状態で発言することへの怖さがあるのだと感じました。そして知ることに対して真摯で、知識に天井がないことを感じている彼らにとって。情報への等しいアクセスの難しさを感じている彼らにとって。声を上げることはもっともっと、遠いものへとなっているのかもしれません。アレントの「現れ」のことを思っては、複雑な気持ちになります。彼らの、無知の自覚からくる「言うことへの恐怖」が、痛いほど伝わってくる。
そして情報過多なのだろうとも。ここ最近のニュースも含めると、共同親権、永住許可の取り消し、緊急事態要項、ウクライナ、経済秘密保護法、水俣病被害者団体への批判、ブラジルの洪水……あげたらきりがない。流れてくるものをうまく消化しきれずに、勉強やら家事やら労働やらの日々に忙殺されているのかもしれません。
ただどうしても出てきた意見に対して、何言ってんのと感じるものがゼロではない。ただ、そこで話を終わらせないために、私はこの記事を書くことを決めたわけなので、そこは忘れないようにしたい。
個人的に、macklemoreのを(翻訳付き)。
これはそんなに、感情的で、おかしなことを言っていますか。見て。どちらが悪いか判断できないんじゃない。まず、見て、現実を。