米大統領選での郵便投票と若者の参政

現地時間11月3日(日本時間11月3日夜)から投開票された米大統領選挙は、日本時間11月5日15時段階で、いまだ混迷の中から抜け出す様子がない。

なぜこれほどの接戦となっているかについては、当然のごとく様々な要因があろう。200年以上前の奴隷制度が存在していた時期に制定された憲法を遵守する選挙人制度や州自治、さらには多民族国家としての自律性を担保する司法制と裡にあるぬぐい切れない差別-被差別意識。その他われわれ日本人にはうかがい知れない数多くの因子があると思われる。が、本稿ではそのなかで「郵便投票」「若年有権者の動向」という二点に絞って検証する。そしてそのことから、2021年以降の我が国市民の政治参加がどのように変容していく可能性があるかと考察していこうと考える。

郵便投票とは

期日前投票の一種で、国土の広い米国ならではの投票方式ともいえる。
やり方の詳細は各州によってさまざま(全有権者に投票用紙を郵送し返信を募る、障害や高齢等の理由に限り認める、事前に不在者申請をした市民にのみ用紙を発行する等々)だが、以前より存在する投票制度である。

郵便投票のルール
・投票日(今回に関しては11/3)の消印までが有効
・既定の送着期間(州によって異なる)に届いたもののみ有効
・既定の様式(二重封筒等、これも州によって異なる)を満たしたもののみ有効

2020年大統領選挙に関しては、COVID-19への懸念もあり、この郵便投票制度が広く脚光を浴び、もともと印象の薄かったこの制度が周知された感が強い。
多いところでは前回の28.7倍となる(ペンシルバニア州)など、各州とも軒並み数百万件という厖大な開票作業が見込まれ、投票集計の遅延も想定される。

しかし一方で、この制度は選挙民側にとっては自由度の拡大という意味で大きなアドバンテージともなっている。今回のようなパンデミック下のみならず、期間内であれば好きなタイミングで投票が可能ということで、投票活動に馴染みのなかった(もしくは敬遠していた)層にも、その利便性が広く伝わった。全選挙民の1/3が用紙申請を行う州もあることがその周知性を如実に表している。

郵送という形式が中間的デリバリーと不可欠であることは、不正の温床という疑いをぬぐい切れない部分は否めず、システムとしての完成度は未だ途上とも考えられる。
が、いずれにしろ、

多くの有権者にとって「郵便投票」は新しく手に入れた投票メソッドだった。

若年有権者のパワーと動向

2016年大統領選挙の際にも一定の影響力を見せた若年有権者(18-29歳)だが、この4年間でその人口は着実に増えている。

一方、今回の選挙においては、郵便投票を利用しての事前投票数も大きく伸び、通常の投票も含めると2016年水準を大きく上回る投票数となっている。

本稿の論旨とはズレるものの、選挙結果への影響度を図るためには避けることができないのが、所属クラスタごとの支持対象である。

年齢層ごとの支持候補では、若年層の61%がバイデン候補を支持し、トランプ候補への支持は36%にとどまっている。
しかしこの支持傾向は年代を経るごとに変異しており、45歳以上では48%対51%と僅差ではあるが彼我の逆転がみられる。
一般に、選挙というものが高齢者主体のイベントとして捉えられがちなことから、この傾向は保守陣営にとって好ましいものともいえる。
しかし今回の選挙では、そこに「郵便投票」という新たなオプションが加わった(というか、顕在化した)。有権者内でも少なくない比率を占める若年有権者が積極的に参政するという事態は、過去の選挙をベースとする選挙参謀にとっては悪夢でしかないに違いない。

ちなみにこれこそ本稿主旨から大きく外れるデータではあるが、若年有権者の人種ごとの支持候補者傾向と、全人口に対する人種の比率を付記する。

支持に関しては白人-非白人で様相を二分しているが、最大保守クラスタである「白人若者」であっても過半数がバイデン支持であるのは特記すべきことだろう。

人種人口比率のデータは2014年と古いが、こちらは2060年で白人が44%弱となり、その分ヒスパニックとアジアの割合が大きくなるという予測を参考にしたい。

CIRCLE (Center for Information & Reserch on Civic Learning and Engagemant)より抜粋(翻訳:筆者)

・ノースカロライナ州では、若年有権者は16ポイント差でバイデン候補をサポート。11/4午後段階でトランプ候補が8万票弱リードしている開票終盤に、約14万人の若者によるバイデン票を提供することとなる。

・ウィスコンシン州では、バイデン候補が約2万票リード。若年有権者は、トランプ候補支持が約15万7千票、対してバイデン候補には28万1千票以上を投じている。

・ミシガン州の若年有権者の61%はバイデン候補支持、トランプ候補支持は37%。これにより、バイデン候補は約22万8千の、トランプ候補は約13万8千の若者の票を獲得する。この差は、現在トランプ候補がリードしている3万1千票のマージンの大幅に超える。

・ジョージア州ではトランプ大統領の再選が期待されているとされていた。しかし現状では、バイデン候補は約14万の若年有権者票を背景に6万5千票程度の余裕を保ってリードしている。

https://circle.tufts.edu/latest-research/election-week-2020#youth-turnout-and-impact-in-battleground-states

我が国を振り返っての考察

2020年大統領選がどのような顛末を迎えるかについては、私の考えることではない。が、今回の選挙が示唆する未来は、我が国の選挙や政治に少なくない変化を余儀なくさせるものと考える。

仕様の変化は内容の変容をもたらす。

郵便投票の実績はネット投票に形を変えて、そう遠くないうちに我が国の選挙に導入されるだろう。そうなったとき、この単なる仕様の変化が今まで掬い取ることができなかった有権者の参政を促す大きな受け口となることは、おそらく間違いあるまい。
そこで支持される考えは、今まで多数派だと信じ安穏としていたものと大きく異なる可能性も少なくないだろう。既存の約束事や政治力学などに斟酌しない、自由で破壊的なイズムかもしれない。

ネットの前評判では「この革新候補が絶対勝つ」という高説が広く流布したことは過去10年程度の選挙のいくつかであった。そしてそのすべてが、ふたを開けてみれば惨敗、もしくは惜敗に終わった(その中では山本太郎氏などは善戦した方だろう)。
しかし、投票の仕様オプションが変化したときには、これまで現実化しなかったそれらの評判が顕在してくるかもしれない。
今回の大統領選挙は、そんな若者たちの政治参加によるはじめての結実ではないか。そんな風に考える。

2020年は、ネット選挙元年とされるかもしれない。

(2020/11/6JST追記)

バイデン氏得票数、史上最多に オバマ氏抜く

11/5夕方JST段階で、バイデン候補の獲得票は7000万票超という空前の得票数に達した。ということは、彼と接戦を繰り広げているトランプ候補も同様に票の絶対数を伸ばしていることになる。

投票者の詳しいデモグラフィックデータは手元に無いが、郵便投票と若年有権者のタッグが参政人口の裾野を広げるのに大きな役割を果たした実証である可能性はかなり高い。

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