モビリティの目的
美的価値観
ジムの更衣室では、2つの美的な価値観を目にすることがあります。一方は造形美。他方は運動美。例えば、タンクトップを着た若者2人が鏡の前で筋肉を見せ合う様子をスマホで自撮りしたり、小学生と思われる女の子がその父親と思われる男性が指示する水泳メニューを受けては軽々と泳いでいる姿を見ている中年の男性がいたり。それらを見た私は、明らかに後者の中年男性の美的価値観に共感するや否や、自らに課したノルマを達成するために泳ぎました。それは健康のためです。
ところで、私はちょこっとサポート隊員です。
ちょこっとサポートは、社会福祉法人 足立区社会福祉協議会のあいあいサービスセンターが運営する事業の1つで、利用者は日常生活に支障のある65歳以上の方、障がいのある方、病弱の方です。令和5年5月に隊員登録してから 11 件のご依頼に対応しました。
ミッションは買い物
初回のご依頼は8月上旬にありました。活動依頼書・報告書を受け取りにサービスセンターを訪問しました。応募の動機を聞かれて、「足立区江南エリアのまちづくり交通調査プロジェクトを企画していて、超高齢社会の移動ニーズを調べるため。」と答えると「 win/win ですね。」と言われてホッとしました。さらに自動運転 Level 4 モビリティ社会について雑談しました。
最終的に受益者負担になるだろう。
目標は運賃ゼロ。他サービスと掛け合わせて収益化。
助成金が無くなった後にどう継続するか。
持続可能なサービスを開発・維持するためにお金が必要です。
買い物サポート初回
活動計画は、
自転車の空気圧を確認、補充。
自宅を出発。客先迄自転車で10分。経路は単純。荒川土手のサイクリングロードを直進。
客先で買い物リスト(製造元、商品名、数量、価格感等、利用者の意向を確認する)とエコバッグと現金を受け取る。
客先からショッピングセンター迄自転車で5分。
ショッピングセンターで買い物。
客先に戻る。
客先で物品とレシートと現金を手渡し。活動費400円/30分を受け取る。利用者から活動報告書に完了のサインをもらう。
自宅に戻る。
活動報告書に結果を記入する。
完了。
やってみて分かったことは、
品物探しで想定よりも15分時間超過。
アイスクリームが移動中の時限爆弾。
ショッピングセンターで無料のエコバッグが貰えた。
自転車のカゴに入れていたエコバッグが運搬時に損傷した。Uber Eats ドライバー向けのカバンのような専用袋があると、品物やエコバッグを損傷せずに運搬できる。
受注に必死で、現金を受け取り忘れ、PayPay で立て替えた。精算時に偶々お釣りがあってよかった。
以上より、肝は顧客要望確認の効率化、ピッキングの時短、そして物を傷つけない安全安心な運搬です。自転車のメリットは、隊員の運動不足解消と、利用者の交通費負担削減です。ショッピングセンターと連携して、オーダーから支払い迄を DX 、隊員による運搬を配送ロボで代替できれば完璧でしょうか。隊員はジムで泳ぎます。帰路、上半身裸で移動するおじさんを見ました。法が許せば、私も服を着ないと思わされる猛暑でした。なぜ私たちは衣服を着るのでしょうね?
買い物サポート2回目
雨天だったので車で利用者さんのお宅に伺いました。すると、手書きの買い物リストが無くなったとおっしゃるので、車に乗って買い物に行きませんかとお誘いしたところ、一呼吸おいてそうしましょうとお返事がありました。雨の日の移動は車が本当に楽ですね。
利用者さんを店内出入口で降し、車を駐車場に止めてから店内に入ると、お店の買い物カゴを持って背筋をピンとしたその方はこちらに気付いて手を挙げて合図をされました。
私は買い物カゴをカートに乗せ、利用者さんには品物のピッキングに専念して頂きました。食料品がリズム良く投入されました。
帰路、聞きました。前回のように買い物リストを渡して家で待っているとその通りのものが届くのと、今回のように外出して移動のサポートを受けながら自分で買い物するのとどちらが良いか。すると、答えは前者でした。腰痛で整形外科を受診し、医師から外出を控えるよう指示されている。これが理由でフル買い物サポートを要望されていると理解しました。はじめに聞いておけば良かったです。しかし、以前は40分散歩したり、最近は内緒で近くのコンビニスーパーで買い物したりと、実は外出したいのではないかと推測しました。
整形外科と連携すれば、高齢者の安全な動きをサポートする自動運転レベル4が実証できるかもしれません。
買い物サポート3回目
晴天でしたが祝日のため空いていた車で利用者さんのお宅に伺いました。
約束の10分前に着きましたがベルを鳴らしても応答がありません。暫く向かいの公園で蝉の声を聞いていました。高周波に辿り着くまでの過程がエンジン音のようでした。
時間になったので改めてベルを鳴らすと応答がありました。約束の日を勘違いされていたそうです。無理に起こしてしまいました。
また前回の買い物の後で腰が痛かったそうです。やはり、患者の無理な運動は禁物です。
買い物サポート4回目
自己最高の15分でミッション完了。謝礼代削減に貢献しました。ほとんどリピート品なので探す手間が掛かりません。
ところで、まちづくり交通に関する調査・研究プロジェクトの助成は見送られました。超高齢社会の痛みがわからず、具体的なものを見せられなかったのが原因です。買い物サポートを通じて、利用者視点でニーズを探求しましょう。
買い物サポート5回目
今朝は息子を連れていきました。社会見学です。夏休みの自由研究のテーマに社会福祉を勧めました。
彼にはスーパーで買い物中にカートを移動するなど手伝ってもらったので、謝礼の半分を分配しました。
始めてかつ選択肢の多い品目を受注しピッキングする時に利用者の意図を聞いたり商品棚の前で最適な選択は何か考える必要があることに気付ける良い体験でした。
ところで、娘の付き添いでオープンキャンパスに行ってきました。ホワイトボードに「一切衆生悉有仏性!」と底に書かれているのが印象的でした。日々学びたい事があり、その衝動に正直であれば、誰もが学べると思いました。慌てることはありません。気持ちよく学んで欲しいです。
買い物サポート6回目
今回は新規の利用者さん。腰にコルセットをされていました。腰痛は高齢者共通の痛みのようです。
買い物サポートが入るのは玄関口迄ですが、各戸のニオイは異なります。一人暮らしの悩みは自分の生活空間のニオイが客観的に分からなくなる事だと思いました。自分のニオイは自分でわかりません。家族から臭いと言われるうちが幸せなのかもしれません。
買い物サポート7回目
今回は新規の利用者さん。お母様の買い物サポートや介護を頑張った結果、腰を悪くして動けなくなってしまった利用者さん。秀逸な買い物リストに感動しました。
利用者さんがおっしゃるには、
自宅からスーパーまでの距離 300 メートルを移動する力が無く、自分で食料を調達できない。
スーパーまでタクシーで行こうとしても、軒先までタクシーが来ない。
親戚に送迎してもらって整形外科に行く。
自分がいつどうなるかわからないから要介護認定を受ける。
老老介護の現実の一端を見ました。これら1つ1つの問題には何らかの対処策があるのでしょうが、当事者視点が与えられた時に問題が複合されてライフスタイルが複雑になるのだと思いました。動けないことから解放する動きは何か、目に見えるものとそうでないものに分けて考えていきましょう。
買い物サポート8回目
継続の利用者さん6回目でした。呼び鈴を押しても音が出ないのでサービスセンターに電話しました。新聞屋さんが営業に来るので呼び鈴の音を消していたそうです。今日は3件こなしました。
自分にしかわからないことがある一方で、自分にはわからないこともあります。その距離が無くなると、人は客観的な認知を失い孤立します。人の生活が社会から孤立するのは、動かなくなるからです。動かなくなるから社会的な距離感を認識することができません。生命は動きであると考えると、社会が包括する生活支援のサービスは、動けなくなった人の生活に動きを与えるものは何か、ニオイに代表される生活感の違いが抽象化され、健康で文化的な最低限度の交流が随時可変で発生すること、つまり、無軌道な移動するコミュニティに救いがあるのではないかと思いました。そのようなモビリティを支えるホワイトインフラは何かを考えましょう。
買い物サポート9回目
継続の利用者さん7回目でした。開店5分前に列ができるのはポイント3倍だからでしょうか。
買い出しは過去最速の6分で終了。予定時刻迄の間はイートインコーナーで休憩しました。無料のティーサーバーや電源・wifi 接続サービスがありました。壁には「コミュニティと共により良い生活を」と書いてありました。
今回が最後のご利用となりました。今後は地域包括支援センターがサポートされます。
利用者さんは御礼の挨拶をされました。これ迄と違ってお顔にはうっすらとお化粧がされているようでした。礼節が美しく嬉しかったです。こちらこそありがとうございました、コミュニティと共により良い生活を。
買い物サポート10回目
継続の利用者さん2回目でした。利用者さんが介護の現場で車椅子を押した経験から、自動運転パーソナルモビリティサービスの実現に向けた道路交通の課題をお話になりました。平坦な道は走りやすいが、排水を良くするために傾斜された側道は走りにくい。既存の道路で多種多様な移動手段を共存させるには、ハード・ソフト両面の整備が必要でしょう。人・車・道路の三位一体の取組みが求められます。
困っている利用者の日常生活の質をより良くするため、今すぐ利用できる物を工夫して使って素早く問題を解決する一方で、そこから学んでプロセスとツールを継続的に改善すれば社会はより良くなるのでしょう。 大変勉強になりました。
買い物サポート11回目
継続の利用者さん3回目でした。今回が最後のご利用となりました。隊員が出動時、自転車の籠に羽化したばかりの赤トンボが停止しました。「お前は誰だ。風が強い。仮面ライダーか。」と言われているようでした。
こちらの居酒屋の看板は赤トンボです。
こちらは鉛筆の Tombow です。赤トンボのマークが目印です。
Tombow の交差点の真向かいに紅トンボがありました。シャッターが降りています。何屋さんでしょうね。
Tombow の道路挟んで真向かいに、タクシーの営業所がありました。ナンバーの付いていない JPN TAXI が縦列に並んでいました。乗務員不足でしょうか。「腕よりも心で運転。」は、ロボタクシー導入後も変わらないでしょうか。
利用者さんの命をつなぐ黒電話はアナログ業務の要因です。遅かれ早かれデジタル化の波はここにもやってきます。デジタル交通社会は黒電話を使い慣れた利用者さんの生活をどのように包摂するのでしょうか。
サービスセンターのコーディネーターさんから私の買い物サポートが今回で停止する事が伝えられていたようで、利用者さんはこれまでのサポートに対する感謝の意を丁重にお伝えになりました。今後は介護保険を申請し地域包括支援センターのサポートを受けられるそうです。
転ばぬ先の杖。利用者さんの「いきなり動けなくなった。まさか自宅から 300m のスーパーマーケットに行けず、今を食い繋ぐことに苦労するとは思わなかった。」という言葉が印象的でした。その時が突然やって来る事は想像されていなかったのです。突発的なサポート需要に対して隊員の供給は脆弱です。任意の隊員の空き時間を特定の利用者の需要につなぎ合わせて、総合的に利用者の即応要求に応える仕組みとそのためのコーディネーションのマイクロ地区分散が必要でしょう。
私からは利用者さんの秀逸な買い物リストに感動した事をお伝えしました。すると、利用者さんはお母様の買い物サポートをやっていた時の事をお話しされました。「母の要求は曖昧でわからなかった。母は自分が欲しい物を記述するのが難しかった。母は過去の自分の買い物パターンを前提に要求しているようだった。しかし、それは指示にはならないので、サポートする自分が買い物リストを作るようになった。」
利用者が本当に求めている物は必ずしも利用者の言葉にならない。だから利用者が求めている物を特定するサービスが必要。むしろ、サービスとは外部から観察してわかった利用者内部の潜在的な衝動を有形物を介して顕在化させる営みではないかと思いました。
買い物サポート総括
足立区社協あいあいサービスセンターで課長さんと面談し、これまでの活動を振り返って情報交換しました:
2023年4月に課長さんがボランティアセンターからあいあいサービスセンターに異動直後、買い物サポート事業が利用対象者を介護保険申請前の65歳以上高齢者に限定して開始された。
腰痛等で動けない人のための買い物サポートの需要は、1人暮らしの65歳以上人口の増加に伴って伸びる。
足立区民70万人の内20%が支援を求める高齢者とすると、14万人が潜在的な利用対象者になる。
利用は地域包括支援センターのサポートが始まる迄の期間限定。
利用者は「連絡すると直ぐに動いてくれる」即応性を求めている。
既存の運営はアナログ。報告書は紙で、日程調整は電話。
利用者10万人規模のサービスをセンター単独でアナログ運営するのは無理がある。地域分割による運営の地区分散が求められる。
地区別に利用者を支援するためには、利用者最寄りの町内会等近接コミュニティ経由の運営スキームが求められる。
将来の需要に対して供給(隊員)が足りない。宅配など他の民間サービスと並んだ選択肢の1つとして買い物サポートを徐々に浸透させていく。
リモートで買い物サポートできないか?利用者と隊員間で物理的な距離を確保したい場合がある。また、コロナ禍を通じて、知らない人との接触を避けようとする無意識があるのではないか。
買い物サポートが利用者の外出支援につながる可能性がある。動くことで心身が活性化され幸せにつながるが、無理に動かすと負担になる。
究極の問題は孤独死。買い物サポートがその予兆診断機能になるか?
30分の面談は予定通りに終わりました。私の買い物サポート活動は一旦停止しました。考える余裕を頂いた私は、帰り際に見送って下さった課長さんとお世話になったコーディネーターさんに「お世話になりました、また来ます」と言ってセンターを後にしました。暑い中の来訪を気遣って下さった課長さんに頂いた冷えた緑茶パックを手に目先は千駄ヶ谷に向かっていました。