【まったくくもをつかむようなはなしで】

 「寝起きの腹の上にお前がいた事もあるからいまさら驚かんがな」

声をかけた。相手は俺の部屋に住み着いたデカいクモだ。数日前から俺の部屋に住み着いている。

 「とうとうお前デリカシーってもんがなくなったな」

自室のそこそこ目立つ位置の壁に張り付いているそいつへと通じるはずもない言葉を投げかけると、声の振動に反応したのか知らないがぴくぴくと足の先を少し震わせた。聞こえてはいるらしい。
わからなくっても言葉を受け止めてくれる相手がいる事にすこし安堵感を覚えてしまうのは、いよいよ心寂しいこの頃だからか。

それはそれとして、こうなっては監視されているような気分になってしまう。

 「お前は夜に生きてんだろ、だから日中じゃ目立つ位置で寝たりはしないもんだと俺は思ってたんだけどな」
まずもって俺が暮らしているような廃墟じみた古民家には無条件で虫やらトカゲやらを家の中で見かける。そんな訳で、そういうものがこのうすらデカいクモのエサになるというんだから至極簡単な論理としてやつは俺の部屋へとたどり着いてきたのだろう。

 「別に追い出そうとは思ってねえけど、あれだ、ゴキブリは好きじゃないから始末するときは見えないところで始末しててくれよ」

通じるはずのない話しかけを続けながら、クモの微動するさまを観察する。
アシダカグモという種類のこのクモは運動が得意で、とにかく走ってエモノを追い詰めて食らう。その性能を担保する立派な長足を見るにつけ、すこし俺はほれぼれとしてしまう。

こいつは最初は俺の存在にビビっていたようだが、デリカシーがなくなったといった通りにこのところはどうも動きが大胆になってきている気がする。クモは果たして人に慣れる生き物なのかさえ俺は知らない。

 「バカなオタクがかぶりつきで見る作品のように女の子に化けたりはできんのかお前」

ふと思いついたしょうもない妄想をぶつけると、壁に張り付きながらぴくりぴくりと震えていたそいつは固まった。そうしてからばそばそと長足をさばきながら俺へと向く形となる。

もしや??

 「旦那、さっきからうるせえよ。朝は寝る時間なの知ってんだろ。あんたこそデリカシーがねえぞ。」
 「おお?」

幻聴かもしれない返答を俺へ投げつけたクモはそそくさと本棚の影へと消えていった。

おわり


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