【柔術海鮮】
波が!波が!荒れている。
風は粗野に、海原を針のように逆立てる。
「オヤジ!海が!」
揺られる漁船の上、年若い男が船長に激しきを増す波を警告する。
船長は腕を組み、暗き海を見た。
「かいせんだ」ふっと息吐くよう口にする。
「えッ」
「海鮮の…海戦が…開戦だ」
雷が雲の戸を開け、息吹を散らす。それは、吉兆か、死の前奏か。
◆柔術海鮮◆
「悔いはない!やれ!」
「すまぬフグよ!」
「ギヤッ……」
逆エビにそられ、毒汁を操る汁術(じゅうじゅつ)フグが絶命した。
「ソコマデ!」審判者シャコは、荘厳を露にする深海の砂上で己の役割に涙ぐむ程の誇りを感じた。
じゅうじゅつ海鮮を君は知っている。
海の底、じゅう術を磨きし海鮮が己のじゅうを競うべく開戦し、じゅうの長を改選する海戦の儀式。歴史上には海の禍、海坊主やポセイドンとして現れ、日本ではヤマトタケルもアクル退治の名目で参加した重要な儀式だ。
「エビに逆エビにそられ死ぬ、滑稽だな!貝殻も泡を吹く(注:深海語において、蔑視の意味)」
「その通り。貝殻も泡を吹く!」
腕を組み、斃れしフグを貶めるは重術(じゅうじゅつ)を操るマダコと住術(じゅうじゅつ)を操るヤドカリ。
「戦士への愚弄はよしていただこう」神聖なる戦場をおりた道着を羽織るイセエビは不遜なる海鮮らを戒める。
「やつは敗者!サルパの身!」(注:透明な体を持つゲル状のサルパを揶揄した言葉。深海語で、中身がない、情けない、転じて愚かものといった意味)
マダコはわざとらしく八本の手を振り、愚弄を続ける!
「次の海戦はお前とだったな、サルパの身がどれだけお前より上等だったか、わからせてやる」
「フン、お前はリクアルキ(注:深海語において、人間の事。)のじゅうを操る惰弱もの、わしに勝てるはずがなかろ」
「そうだとよいな」深海の砂上は白熱を増していく。
……
「はじめ!」
審判が目を見開くと、イセエビとマダコは残像すら残さずマグロる(注:深海語で、恐ろしい速さで駆け抜ける意味合い)
「受けてみろ、生きた重みに八本の狂喜」タコは重術を発動!イセエビへ振り下ろされた触手が鉛のように重くなり、悪夢の八本襲い来る!
「ぐわあッ?!」重打撃八連続!イセエビ呻く!
「受けてみろ!耐えてみろ!!そして!散れッ!!」
「ッグ……!」イセエビ!甲羅を砕かれ生身がむき出しに!血が流れだす!
「フン!…!」
「終わりか、エビ小僧?」嘲笑のタコの笑み。
その一瞬が仇となる、イセエビ、慢心したマダコの腕を一本掴むと…「柔ッ!」「タコッ!?」
関節技、十字固め。イセエビのじゅうとは柔!柔術(じゅうじゅつ)のじゅうなのだ!
「フヌヌ!」「!?」タコは関節技を軟体で脱し、再び触手を鉛と化して打撃……?
「ホ~ラ見てみい、柔術などみじめなリクアルキのじゅう!通用せん!」高笑いするマダコ!恐るべき八連撃!
耐えるイセエビ!「フヌゥ!」限界しかし近く……どうする!?どうする!?
…海上…
「オヤジ!海が荒れすぎてる!引き返し」
若人は船長の横顔を見て思わず押し黙った、なんと半魚人だったのだ。
偉大なるポセイドン・ベイビィズの生き残りの誇りのツラだ。
「まだだ。お前の信じたじゅうは、柔良く剛を制す柔だろう?」
深海型神秘的言語で言葉を海底へ届けて微笑む、その眼マグロの目、星々に似た愛の輝きを秘めていた
……
なんとフジツボ!(注:深海語で、驚嘆を示す。堅いフジツボが突然泡を出す事に由来する。)
「……見てるのか、オヤジ」鉛八連撃に沈みかけたイセエビ、脳内にどこかから届いた師の言葉へ感謝した。
「行くぞ!」果敢なるイセエビのとびかかり!
迎え撃つタコの八本の腕!
「フ!」それをイセエビは最小距離回避し、一本の腕をつかむ!
「グヌ!」マダコは半笑いで振りほどきすらせず!驚異にあらず……先ほどと同じようにとタカをくくって一瞬後、己の体が抑え込まれるまでは…!?
「何を、何をした!?」
締め上げられていく!体ごと!柔術、柔術、柔術である!
七本の腕でイセエビを叩き、はがそうとするが甲殻類の堅き足による組みつきは剥がれる事を知らない……なんとフジツボ……なんとフジツボ!タコの体が、千切られていく!
「ユルシテ!マイッタ!もう降参する!棄権だ!」
「……本心か?それは」
「本心だ……ッ!」
一瞬力が弱まったイセエビの拘束に目を付け!タコは卑劣な奇襲!墨を吐く!
「サシミてしまえぇッ!」(注:深海語で、切り刻む、殺すといった極めて不穏当な意味を持つ単語。おさしみに由来する。)
だがイセエビ微動だにせず!墨塗れの姿のまま、タコの目を睨み呟いた!
「さらばだ、サルパの身」
強大なる力でタコの身が千切られた、これはもはや……トヨスではないか!(注:深海語で、刻まれた死体が並べられる凄惨な有様。サシミとの誤用を避けたい。)
「ソコマデ!」
シャコ審判が試合の終わり、マダコ絶命を告げる
……
「お、お前!」「次はお前だ」
悠々と試合場を降りたイセエビは、フジツボる顔のヤドカリを睨みつけた
「もし、愚弄がリスペクトされぬ死を呼ぶのを知らぬのだったなら…貝殻も泡を吹くだろう」
「……!エビ小僧……ッ!」
何も言えぬまま、ヤドカリは道着のイセエビを見つめることしかできなかった。
……
…海上…
漁船の上
「オヤジ!オヤジ!」
「アイツは…うまくやれるかな?船を戻せ、オカへ帰るぞ」
「ハイ!」
漁師らは陸へ帰る、その間にも船長は海を見つめ、海戦に挑むかつての弟子を、魚言葉で鼓舞した
【死なば刺身のその定め、燃えて生きれば焼き魚】
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