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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part10

第百三十七話 スパルタ多球練と脳筋試合
 さあ、本日火曜日からの3日間は、県大会に向けて最後の追い込みだ。特に俺、由香里ゆかり桜森さくらもり先輩、春田はるた先輩は尚のこと大変だ。なぜって?それは団体、シングルス、ミックスという3部門で県大会に出るからだ。3日間で全て仕上げないといけないというのは肉体的にも精神的にもかなりハードである。とはいえ、地区大会一週間前まで骨折が原因で休んでいた俺からすると、これまでの積み立てがある分、3日で仕上げろなんてまだ容易いとこである。が、
「とーるー…キツすぎない?」
由香里はもう半ばダウン気味である。

「考えてみろ、俺たち四人は初日に団体戦出た後シングルスにも出て、勝ち残ったら翌日シングルスとミックス。レベルも地区大会とは訳が違うからハードさはこんなもんじゃないぞ?」
「いや…それはわかってるけどさ…だからってここまで多球練で追い込む必要ある?!」
なんか知らんけど、由香里はあまり多球練が好きでも得意でもないようだ。まあ、初めて下北しもきたの球出し受けた時も完全にダウンしてたしな…
「今のうちに慣れとけば本番恐れることは何もないだろ?」
「そりゃあね?!そりゃそうだけど、今無理して体壊す方が問題じゃない?」
…一理あるな。たしかに無理して故障したんじゃ本末転倒だもんな。
「なら…ちょっと休憩して、次お前が好きな練習やるか。」
「助かるよー…」
安堵の笑みを浮かべている由香里だが、もはやその笑顔に余裕はない。

 それにしても、俺はまだ正直余裕があるし、由香里の回復待ちの間手持ち無沙汰だな…などと考えていると、
とおる先輩!球出し、させてください!」
スパルタ多球練でお馴染みの下北が声をかけてきてくれた。
「いいのか?じゃあ、頼む。」
コイツくらいのハードな練習が追い込みにはちょうどいいだろう。もちろん、怪我しない範囲で。

「由香里センパイ、心愛ここあも岸《きし》センパイもなんであんなにピンピンしてるんですかね…こんなに暑いのに。」
「心愛ちゃんはなんとなく熱意がすごいことはわかるよ。とーるは…もはや脳筋なんじゃないかな?」
「由香里センパイめっちゃ岸センパイのことディスってません?ほんとに好きなんですか?」
「…んー、まあよく言うじゃん?好きな人は揶揄いたくなるって!」
「いや、小学生ですか!」

なんか金本かねもとと由香里が休みながら話している。よく聞こえないけど、アイツら普通に元気じゃねえか。
「徹先輩!どういう配球がいいですか?」
下北は何も気にする風ではない。まあそりゃそうか、コイツの集中力すごいし。
「えっと…じゃあとりあえず手始めに、ネット際に下回転、あ、コースは問わない。で、バックに上回転、最後にフォアに少し浮いた球。このループで頼む。」
「…はいっ!了解しました!」
(あの時のオーダーと同じだ!しかもあの時はたしか、この展開今練習中だとか言ってたのに、今じゃそれがベーシックになってるんだ…徹先輩のレベルアップ全然止まってないんだな…)
元気よく了承してくれたのはいいが、その前後に何やら間があったな。何だろうか。まあいいか。

 そして5分後。
「はい、それじゃあラストです!」
そう言って下北は最後に特段高いボールを放ってきた。今回は敢えてバウンド直後を狙って、ライジングでスマッシュ!俺が全力で振り抜いたボールは爽快な音を立てて反対コートにバウンドした。
「お疲れ様でした!!」
「ありがとな。ちょうどいい練習になったよ。」
「あのー…由香里先輩もれいもまだ休憩中っぽいので、もう1セットやりませんか?」
「お、いいのか?」
「県大会に向けた追い込みなんですから!先輩も今はあれじゃ物足りないですよね?」
よくできた後輩である。
「じゃあお言葉に甘えようか。そしたら次は…長さもコースもランダムで下回転をひたすら出し続けてほしい。カットマン対策ってことで。もう俺が打ったボールがコートにバウンドしたらすぐ出してくれないか?」
「なかなかハードなことやりますね…てことは全部ドライブ、フリック、チキータってことですよね?」
「まあ、そうだな。」
「じゃあ、わかりました!加減はしませんよ?」
「ああ、頼む。」
という具合に、2セット目はかなりのハードワークである。

 5分後。
「じゃあラストです!」
そう言って下北は、今度はサーブの構えになった。なるほど、最後は実践的な下回転からの展開ってことか。下北がミドルに長い下回転サーブを出してきたので、バックドライブで持ち上げて返した。すると、下北はカウンターを見舞ってきた。多球とやってることが違う!だが、これも様々な状況に対応する練習ということだろう。実際、最近は火力の高いカットマンも多いからな。カウンターに対して、ロビングで対処し、速やかに後ろに下がった。そして、下北のスマッシュを俺がロビングで受け続ける展開に。
(流石徹先輩…ロビング固すぎ!!こんなの撃ち抜けないよー!)

どんどん下北に疲労の色が見え始めた。多球練が得意な下北でも、高校の女子卓球でここまでスマッシュを撃ち続けることはそうそうないだろうから無理はないか。そして遂に下北が撃ち損じたので、それを見逃すことなく、俺はスマッシュを叩き込み返した。
「はぁ…はぁ…ありがとうございました…!徹先輩、やっぱりロビングめっちゃ固いですね…全く撃ち抜ける気がしなかったです!」
「こちらこそありがとな。まさかラストで実践を入れてくるとは思ってなかったけど、対応力をつける上ですごくいい練習だった。」
「そう言っていただけて何よりです!今日は徹先輩たちの調整の日なので遠慮しておきますけど、今度私のスマッシュの練習に付き合ってくださいね!ちょっと悔しいので!」
「ああ、望むところだよ。っていうか別に今でもいいけど?どうせ県大会でも俺ロビング使うだろうし、それもちょうどいい練習になるよ。」
「ほんとですか!!それならお願いします!!」

「ちょいちょいちょいちょいストーップ!!」
休憩を終えたのだろうか、由香里が割って入ってきた。
「そろそろあたしも練習再開する!!だから心愛ちゃん!とりあえずスマッシュの練習は県大後ってことで!ごめん!流石にあたしも3部門出る以上は何十分も休んでるわけにはいかないから!」
それなら最初から休まないでほしかったが、そもそも休ませる原因を作ったのは俺なので何も言えない。
「まあ、そういうことならもちろんお譲りします!それに、徹先輩とのミックスもあるんですから、由香里先輩から徹先輩借りっぱなしだと徹先輩にも悪いですし!」
下北が大人である。俺を由香里の所有物みたいに言ったことについては誠に遺憾だが。

「で、由香里。休憩が終わったらお前の好きな練習でいいって言ったけど、何にするんだ?」
「今日は徹底的にシングルを最上まで上げていきたいし…で、とーるはスタミナ的に追い込んでおきたいんだよね?」
「まあ…さっきの下北の多球練も割とハードだったけど、もうちょい慣らしておきたいかな。」
「それじゃあとーる!101点マッチしよ?」
「…は?」
聞いたことない試合形式である。まあ、やることは大体わかるが…」
「普通に試合をします。先に101点獲った方の勝ちです。以上!あ、流石にデュースはなしでいいや。」
「まあだろうな…」
俺が言えた義理じゃないが、コイツ脳筋だな。
「まあいいか。やってやるよ!」
「そうこなくっちゃ!!」
「あ、あたし審判やりまーす!」
「じゃあ私、副審で!」
それにしても、こんなわけわからないゲーム練習やってる集団、側から見たら多分…いや、確実にヤバいヤツらだよな。俺だって、もし隣の台から65-78みたいなカウントが聞こえてきたら流石に引くと思う。それだけ以上なことをやろうとしているのだ。俺たちは。

 ちなみに、この後およそ1時間半。流石に熱中症が怖いので少し休みを入れながら試合を続けた結果、101-87。このスコアを以て、無事勝利を収めた。最後はもうスタミナの差だったと思う。由香里は足がほぼ止まっていたから。
(流石にとーる…)
(このスタミナは…)
(化け物すぎでは?)

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