12シトライアル第六章 八百万の学園祭part17
第百八十二話 羽織でんでん
さあ、一夜明けて今日は9月21日金曜日。遂に、我らが東帆高校の学園祭の開幕である。とは言っても、俺は初日は何のシフトも入っていないので暇なわけだが。さて、どこを見て回ろうか…少なくとも演劇は一つくらいは観ておきたいよな。まあ、せっかくだし、田辺さんがアシストした大城先輩の脚本で進む演劇は観に行きたいな。しかも大城先輩は、卓球部の全部長の桜森先輩や春田先輩と同じクラスだし、二人の演技も拝見できるかもしれない。尤も、二人のシフトが今日だとは限らないのだが。
お化け屋敷…というよりドラキュラの館として飾られた2-Aの教室前で軽くホームルームだけ済まされ、金曜シフトの面々を除いて、各自の自由行動となった。さて、ここからまずはどうしようか…と考えていたところ、ポケットの中でスマホが震えた。何某からメッセージ。液晶を確認すると、由香里だった。
『とーるって今日暇な日だよね?』
とのこと。何の確認なんだ、これは。その意図はわからなかったが一先ず、
『何のシフトもないよ』
そう返してみた。すると、
『なるほどねー…
一つだけ言っておくけど、
絶対にうちのクラス来ないで!
何が何でも!!』
とのこと。由香里が一つのメッセージを長くするのは珍しい。しかし、来るな来るなと言われると却って行きたくなってしまうのが人間の性。というわけで、俺は由香里のメッセージを既読スルーして、アイツのクラスをまずは見に行くことにした。そういえば由香里のヤツ、何やるって言ってたっけ…
「由香里ー、徹くんに釘刺してくれた?」
私は親友、そして今日の相方に尋ねる。
「一応メッセージは送ってみたし大丈夫だと思うけど…」
私の親友はどこか歯切れが悪い。
「ちょっとチャット見せて?」
何が由香里を不安にさせているのだろう。それを知りたくて彼女のスマホを見せてもらう。結果、わけはすぐわかった。
「最後既読スルー…これは…徹くん来ちゃうかもね…」
「最悪ー!!」
そりゃあ不安にもなるよね…そして、ちゃんと徹くんも人間なんだなって思った。来るなって言われたらむしろ来たくなっちゃうやつ。あれ徹くんにも成立するんだなー。
「あー!もう絶対とーるに笑われる!!」
「いやいや、笑ってもらえれば万々歳じゃない?」
だって私たちがやるの、漫才だよ?
「後できっとバカにされるもん!普段とーるのことコミュ症とか陰キャとかぼっちとかイジってる分、何倍にも返される!!」
自覚あったんだ…というか、由香里はそれで本当に徹くんのことが好きなのだろうか。いや、きっとあれだよね!好きな子には意地悪しちゃうやつ…どうしよう、私の親友の精神年齢は小学生男子と変わらないのかもしれない。
「まあ、でもこうなっちゃった以上はしょうがないよ。もう徹くんが来たとしても、徹くんもお客さんの一人として全力で笑わせにいこうよ!由香里!大丈夫!笑われる時は一緒だよ!」
「真凜…って、真凜はツッコミだからいいだろうけど、あたしボケだよ?!それに元はと言えば真凜だからね?!とーるに見せたくないって言ったの!」
…そうでした。ぐうの音も出ない。それに、たしかにボケを徹くんに見られるのはダメージ大きいよね。やっぱりちゃんと徹くんのこと好きなんだね。ちょっと安心できた気がした。ライバルだけど、それ以前に親友だから。
最初の目的地が決まったので、由香里のクラスへと足を運び始めた。そこへ、
「おーい!てっちゃん暇でしょー!」
後ろから同じく暇な芹奈が声をかけてきた。珍しくタックルの類はなしで。おそらく先日俺に突進を躱されたからそれを警戒しているのだろう。
「暇なのは否めないが…」
「じゃあ一緒に回ろうよー!」
「まあ別にいいけど。」
「助かる!流石に学園祭を孤独に歩き回るのは虚しいし…」
俺もしかして、そんな虚しいことをしようとしていたのか?
「そういうことなら、むしろ俺が助かった。」
「てっちゃんもぼっちだもんね!」
「わかってても皆まで言うな。」
「ちなみにてっちゃんはどこ行くつもりだったの?」
完全にスルーされた。
「由香里のクラス見に行こうと思ってる。なんかアイツ、絶対来るなって言ってきたから逆に行ってやりたくてな…」
「てっちゃん…顔が…というか、その笑顔結構怖いよ?」
閑話休題。不敵な笑みを指摘されたところで、早速由香里たちのクラス、E組に向かった。
「そういえば、由香里ちゃんってあれだよね、てっちゃんの相方の。」
「相方…まあそうだな。ミックスのパートナーやってもらってるヤツ。」
「何組なの?」
「E組。そういえばアイツのクラス、何やるんだっけ…聞きそびれたんだよな。」
「たしかE組なら漫才だと思うよー。」
…漫才?由香里が?それで俺に見られたくなかったのか…よし、思う存分笑ってやる。あっ…俺が笑うのは何もアイツに害はないのか。漫才だから。せっかく常々ぼっちイジりしてくる由香里に仕返しできると思ったんだけどな…仕方がない、滑っていたらイジってやるくらいにするか。
「それでは開場でーす!」
受付の子が声を上げた。遂に私と由香里の大勝負まであと僅かとなってしまった。
「ちょっと怖いな。」
「ちょっとどころじゃないよー…もうバックバク!とーるとミックスやってる時と同じくらい!」
「ごめん、その感覚はよくわからない。」
由香里がいつもどんなテンションで徹くんと卓球をやっているのかなど、残念ながら私には知る由もない。
E組では、1組持ち時間3分で漫才をやることになっていて、全10組が今日は参加する。10組で入れ替えも含めておよそ45分、お客さんの入れ替えで15分という1時間周期で、午前3回、午後4回の計7回漫才を披露する。順番は固定で、私と由香里はずっと5番目だ。順番も真ん中の方にしてもらえて、各公演一度しか出ないのにとてつもなく緊張している。こんな緊張感の中で何回か重複して出る人、本当にすごすぎる。
まさかの最前列真ん中に座ることになった。
「てっちゃん!やったね!特等席!!」
本来なら喜ばしいはずだが、どこか気まずさもあるな、これ。
「えー、皆さま、お待たせいたしました!それではこれより、初日、第一公演を開始します!」
MC役の挨拶が入った。どうやら開幕のようだ。そして、テレビで年末に放送されている某漫才の賞レースでお馴染みの出囃子が流れ、1組目が姿を現す。そして、そこから立て続けに4組がそれぞれの漫才を披露していった。想像していたよりも遥かに高いクオリティに驚いた。
「それでは、続いていきましょう!エントリーNo.5!!羽織でんでん!!」
5組目がコールされ、またしても出囃子が流れる。そして姿を見せたのは…
「どうもー!!真凜です!!」
「親友です!!」
「「羽織でんでんでーす!お願いしまーす!」」
よく見知った二人だった。
いや…なんで徹くんよりによって最前列にいるの?!いてもいなくてもどのみち緊張してるからいいやって思ったのに、これはちょっと話は別!もういい!やりきるしかない!!
「ねえねえ由香里ー。」
「んー?」
「私最近さ、寝付けなくて困ってるんだよね。」
「あれ?真凜も?」
「え、真凜も?ってことは由香里も?」
「そうなんだよー…最近楽しみなこと多すぎてさ、楽しみすぎて夜しか眠れないんだ。」
「……健康的じゃん。」
さあ、最初のボケ&静かめなツッコミ。ウケるといいんだけど…
あれ?真凜ならもっとパワフルなツッコミをすると思ったんだけどな…なんでだろう、そのギャップで不覚にも笑ってしまう。横を見ると、芹奈が早くも大爆笑。芹奈…多分笑いポイントではあったけど、これまだジャブだぞ…
その後も二人の漫才は続いた。
「じゃあさ、私はよく羊数えてるんだけどさ、それはどう?」
「いや…あたし羊数えてると眠くなるどころか、お腹空いてむしろ寝れないんだよね。」
「え、由香里ってさ…野生の肉食獣か何かだっけ?」
ここでもどっと笑いが起きる。さらに、
「まあ、否めないね。」
「どうして?!ちっちゃいころ虎にでも育てられてた?!」
「…真凜、それ冗談?だとしたらつまらなすぎて眠くなるんだけど…」
「眠くなってんじゃん!解決したじゃん!」
ここでこの漫才一番の大爆笑が起きた。コイツら、組み立て上手いじゃん…
「どうもありがとうございましたー!」
由香里と真凜の漫才は大成功で幕を閉じた。なんだ、こんだけ完成度高いなら俺に見せたくないなんて言う必要なかったろうに。そう思った。