12シトライアル第五章 狂瀾怒濤の9日間part14
第百四十一話 いざ、出陣!
岡林先輩と相手のエースによる試合の第3ゲーム。お互いにこのセットを獲れば勝利にリーチがかかる状況だが、どこにも焦燥感などは見られない。やはり潜ってきた修羅場がお互い数多あるのだろう。とは言え、直近のゲームを手にしたのは相手方であり、やはり流れは相手に傾いているように見受けられる。岡林先輩は若干押され気味だ。
「先輩!一回切って!!」
俺もできる限りのエール、そして後輩の分際でアドバイスを送る。元よりそれがアドバイザーの存在意義なのだが。ともかく相手の流れは、タオルを取ったり少し台から下がって軽く跳ねる運動をしてみたりなど、間合いを切ることで途切れさせやすい。先輩もそれをわかっており、4-8の時にタオルを取った。それにしてもかなり劣勢だな…
タオル休憩の後、ゲームが再開したが、やはり相手が強い。タオル休憩を挟んだにも関わらず、流れが切れた感じがしないし、切れるような気配もない。そして、2点は盛り返したものの、岡林先輩は6-11でこのゲームを落とし、1ゲームビハインド、相手にリーチをかけさせた状態で第4ゲームを迎えることとなった。
「いやー、徹、ごめん。」
「謝らないでくださいよ!相手が強いのはしょうがないですし、十分善戦してますよ!それに、まだ終わりじゃないでしょ?」
「ただなー…ここまで絶好調でこの有り様だと、ちょっと自信なくなってくるな…」
ヤバい、先輩のメンタルが崩れ出した。そんなところに、
「雄弥!」
試合を終えたばかりの桜森先輩が声をかけてくれた。ちなみに雄弥というのは岡林先輩の下の名前である。
「どうせ自分が負けたら申し訳ない、とか思ってるんだろ?」
「そりゃ思うって…」
「そんなの気にすんな!たしかに雄弥が勝ってくれたらだいぶチームとして気は楽だけど、俺はもう勝ってる。だからあとチームで2勝すればいい。それだけ。」
部長として頼もしい限りである。
「そうですよ。もし負けたらどうしよう…なんて思わないでくださいよ。俺だって地区の決勝で自分が勝てば優勝って場面で負けましたけど、他のみんなも、先輩だって温かく接してくれたじゃないですか!負けても誰も責めないし、なんなら先輩がもしやられてもその分頑張らなきゃ!って感じで尚更闘志燃えますから!」
「徹の言う通りだよ。負けたって次がないわけじゃない。みんなで支え合うのが団体戦、だろ?」
今の桜森先輩の一言で、岡林先輩の目に精気が蘇ったような気がした。
「…二人とも、ありがとう!まずはこの試合、楽しんでくるよ!!」
なんか、昨日の河本とのやりとりを思い出すな。
その後の岡林先輩のプレーは、3セット目終盤のような固さはまるでなく、また最初のセットのようなのびのび活き活きとしたプレーに戻っていた。そして何より、ホントに心の底から卓球を楽しんでいるのがよくわかる。
「先輩、ナイスー!!」
乗りに乗ったプレーでまたまた互角以上の試合になっている。激しく火花を散らすラリーが続き、お互い豪速のスマッシュやドライブが飛び交う。そして迎えたカウント10-9。1ゲーム目以来の岡林先輩のゲームポイントだ。ここはものにしたい。
「先輩!落ち着いて一本!!」
サーブ権を持つ先輩は、ボールの下を鋭く擦るサーブ、下回転のサーブを出した。やや長めだったので、相手はドライブで持ち上げる。かなり回転がかかっていると見え、おそらくネットにかかるだろうと推測したが、運命の悪戯が!なぜにこうも、いつもこんな大事な場面で起きてしまうのだろうか、ネットインは。しかし、先輩はそれに対応して、ボールにラケットを当てた。すげえ…だかそれも虚しく、相手のドライブで強烈な上回転がかかっていたボールは、先輩のラケットに当たると大きく弾け飛んでいった。これは仕方がない。だがまだデュースになったまで。まだまだ行けるどころか、ここからだ。
「雄弥行けー!!」
「先輩!!先一本!!」
俺と桜森先輩は力の限り応援する。相手のサーブはあまり擦っていないように見えたので、おそらくほぼナックルだと踏んでか、岡林先輩が軽くフリックで返球する。しかし、ボールはそれでも少し浮いてしまい、敢えなくスピードドライブで撃ち抜かれ、今度は相手のマッチポイントとなった。
「粘るよー!!」
「ここ一本しっかりいきましょう!」
もはや観ている俺たちの方が必死になっている。逆に岡林先輩はこの緊迫した場面でとても落ち着いている。そして意を決して放った巻き込みサーブは…
「ゲームセット!」
とてもいいコースに入ったのだが、相手が流石だった。鋭いバックドライブでこれまた厳しいコースに送られてしまい、ポイント10-12、ゲームカウント1-3で岡林先輩は敗れた。めちゃくちゃ惜しかった…
「先輩、お疲れ様でした!」
「雄弥、相手のエース相手によくあそこまでいったな。すごかったよ!」
岡林先輩がかなり凹んでいるのではないかと心配した俺と桜森先輩は明るく励ます。しかし、
「いやー、負けちまったー!悔しいわ!ごめんな、ここで勝ってたら波に乗れたんだけどな!」
3ゲーム目終了時のお通夜テンションとは対極的に笑っている。よかった。
「雄弥…よかった、あまり気に病んでなくて。」
「二人が言ってくれたじゃんか、そんなの気にするなって!もちろん負けたのは悔しいけどさ、これで終わりじゃないんだろ?それに…徹、あとは頼んだよ!」
「…はい!お任せください!」
ということでバトンタッチ!いざ、出陣!
「あ、もしもし?心愛?そっち今どう?」
『えっとね…いきなり莉桜先輩と由香里先輩が2セット連取したよ!そっちは?』
「桜森センパイがストレート勝ち、岡林センパイは1-3負け…惜しかったなー…あ!で、そう!今から岸センパイの試合始まる!」
『え!じゃあ一回そっち戻る!』
「いいの?由香里センパイもまだ試合中でしょ?」
『やっぱり由香里先輩と徹先輩はどっちも観たいし、由香里先輩は見た感じ負ける気配ないから、一回徹先輩の試合観ておきたい!』
「そう、じゃあ待ってる。」
そう言うと玲は電話を切った。
「あ、早苗先輩、徹先輩今から試合らしいんですけど、観に行きませんか?」
「本当ですか?!じゃあ…織田さんはもう大丈夫そうですし、行きましょう!」
玲から電話で徹の出番を知らされた心愛は、早苗と共に男子のコートの真上の観覧席に向かった。
さて、軽く準備運動も済ませたことだし、そろそろ台に入るとしよう。そう思い、ラケットとタオルを台に置く。そして上を見ると、なんかオーディエンスが増えている。先程までいなかった下北と田辺さんが増えたくらいだが。
「岸ー!!ファイトー!!」
「勝てよー!」
「岸くんなら大丈夫!!」
地区大会の時にはなかった親友たちの声援。これはありがたい。
「岸センパイ!」「徹先輩!」
「「ファイトーー!!」」
「徹、頑張れ…!」
「…とーくんいけー!」
「岸さーん!!勝ってくださーい!!」
こんなに声援をもらえることは当たり前のことではないはずなのに、地区大会の時と同様であるせいでこれが当たり前のように感じてしまう。ホントにありがたいことなのだ。
試合が始まった。最初のサーブ権を持った俺は、サーブからギアマックスでいく。いきなり2本、同じコースへのバズーカサーブを放ち、そして2点を手に入れた。相手は三年生のようだが、そんなことは関係ない。地区大会でどれだけ三年生と対峙しては勝ちを納めてきたことか。そんな状態で三年生相手に怯むことはない。それに…岡林先輩がやられてるんだ。尚更俺が負けるわけにはいかないだろう。俺のギアはもはや振り切れている。最初の2点の流れをそのまま崩すことなく、11-4で1ゲーム目を手にした。
「岸さん!ナイスです!!」
上から田辺さんが称賛をくれた。まだ早い気もするが嬉しい。
「徹!流石だな、強すぎるよ!」
「あはは…恐れ入ります。」
「今更恐縮すんなよー。」
今度は岡林先輩が俺につきっきりで見てくれている。俺が流れを保てたのも岡林先輩の支えがあったからなのかもな。さっき岡林先輩が言ってくれたことが完全に腑に落ちた気がした。
「そういえばダブルスは…」
「今0-2だよ。かなり劣勢だな。地区で優勝してるコンビみたいだし無理もないけど…」
「てことは、俺勝たなきゃですね。」
「そうだな、頼んだぞ、徹!」
「はい!」
俺が、何が何でも勝たなくちゃな!