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12シトライアル第六章       八百万の学園祭part6

第百七十一話 新メニュー考案大会
 同日午後4時前。
「お疲れ様です!」
バイト先である喫茶うなばらに着いた。
「徹くんお疲れー!」
出迎えたのは相変わらずの元気さの同級生である真凜まりんだった。そして後ろから、
「徹くんにしては少し来るの遅かったね。いつもは業務開始の15分前には着いてるのに。」
マスターに声をかけられた。
「マスター、仕方ないですよ。文化祭近いし、徹くんもその準備だったんだよね!」
「まあそうだな、よくご存じで。」
由香里ゆかりから聞いてたからね!」
なるほど、納得。

「真凜は…いや、由香里が卓球部の方に来てたってことはクラスでの準備はなかったか。」
「正解!だから今日もいつも通り来れた!」
「文化祭か…懐かしいね。」
「マスターは学生の頃、文化祭の思い出とかあります?」
真凜がマスターに問いかける。
「そうだね…クラスで演劇をやったんだけどね、教室にステージを用意したんだ。そして私が主演をやらせてもらったんだけど、情けないことにセリフを飛ばしてしまってね。」
マスターにもそんなことが…
「挙げ句の果てに、焦り散らかして転倒して、ステージ上のセットをいくつか破壊して…」
「それは…」
「苦い過去ですね…」
「まあ、今となっては最高の笑い話だよ。若い頃の失敗なんて、結局は未来の成功に繋がるか、未来に笑える話になるかだからね。」
そういうとマスターは、マスターから聞いたこともないような豪快な笑い声を上げた。一応お客様いるんだけどな…

 閑話休題。4時になり、今日の業務がスタートしたのだが、
「今日は…閑古鳥ですかね。」
「ランチタイムは結構な数のお客様がいらしたんだけどね…」
正直言って暇である。客のいない飲食店ほど暇なものはこの世にないと思う。
「マスター…どうします?」
「そうだね…んー…」
マスターは厨房と席を見回した。しかしどこにも必要性のある仕事など存在しなかった。そして最終的にマスターの視線はオーブンで焼いている、お持ち帰り用のクッキーへと向いた。
「あ、そうだ…」
マスターが何か閃いたような顔をした。
「ということで、三人で新メニュー考案大会でもしようか。」
…どういうわけで?

そんな俺(おそらく真凜も)の疑問など気にかけずマスターが説明を畳み掛ける。
「この際だから正直に言おう。この店には…」
「「この店には?」」
「この店には…若年層のお客様が少ない!」
若年層か…たしかにちょくちょく学生のお客様が足を運ぶことはあっても、客全体を見ると、余生をゆったりと過ごすご高齢の方が多い印象だ。特に土曜日は、学校が休みの学生がもっと来てもいいはずなのに、昼も夕方もご高齢の方の方が圧倒的に多い。
「そこで、私は常々考えているんだけどね…若者が興味を持つような、そんなインパクトのある商品を作りたいんだよ!」

なるほど…熱意はよくわかる。たが、
「マスター、この店をどうしたいんですか?」
俺はこの小規模で落ち着いた空気こそ、うなばらの魅力だと思うし、だからこそゆったり過ごしたいご高齢の方が特に多いのだと感じている。若者を取り込むこと、それは店に活気を与えることになり、延いては店の規模を拡大することになる。それは俺にとって、この店についての解釈違いだ。そしてそんな俺の考え、疑問は…
「まあ、そういうわけだから色々考えてみようか。」
完全にスルーされたのであった。まあ、マスターがそれを望むのなら1非正規雇用従業員が口を出すことではないか。

 一通り説明…というかマスターのゴリ押しが終わり、マスターは材料を並べた。そして、
「それじゃあ私も含めて、一人一品ずつ作ろうか。全員で味見して採用か不採用か決めたいから、三人分作るということで…それを今日の賄いとしようか。じゃあ始めよう。」
マスターの言葉で新メニュー考案大会の火蓋は切られた。それにしても、若者にとってインパクトのあるメニューってなんだろう。

 1時間経過した午後5時頃。チラホラやってくるお客様の接客はちゃんとやりつつ、暇な時間はメニュー開発に費やしたのだが、俺は何とか完成させることができた。ホントにわからなかった。何を以て若者ウケする商品と言えるのか。俺がホントに若者なのか疑わしくなった。そして、
「私も完成!!」
真凜も仕上がったようだ。程なくして、
「私もこれでいこうかな。」
マスターも完成したらしい。それぞれが考える若者ウケするメニュー。果たしてどんなものが出揃うのだろうか。

 さて、誰からお披露目にするのだろうか。
「徹くんと真凜ちゃんはどういうものを作ったのかな?」
「俺はメインメニューともオードブル的なものとも捉えられるやつです。」
「私はドリンクメニューです!」
「そういうマスターは?」
「私はスイーツにしたよ。」
偶然にもみんな系統が分かれたようだ。それはよかったが、初めから何系を作るかくらいは擦り合わせておいてもよかったかもしれない。
「じゃあ、真凜ちゃんはドリンクって言っていたし、真凜ちゃんからいこうか。」
「わかりましたー!」

 真凜が冷蔵庫で冷やしていたグラスを持ってきた。何やら赤と白のコントラストが綺麗な仕上がりである。
「こちら!私考案のレイヤースタイルのいちごミルクです!」
赤が下、白が上になっており、その上にちょこんとミントが乗っている。
「きっと私たちの世代の人って、写真映えするものが好きだと思うんです!だから、写真映えするとしたらどういうものかって考えたら、こんな風に色彩豊かなものなんじゃないかなっておもって作りました!」
若者の好みについては、俺も真凜も読みは同じだったようだ。

「二人とも、ぜひ飲んでみてください!」
真凜に促されて飲んでみたのだが、二層に分かれているおかげで、いちごのフレッシュさがミルクに邪魔されずにしっかり伝わってくる。そしてミルクだが、何か違和感を覚える。
「真凜、これいちごミルクって言っても、ミルクじゃないだろ?」
「お!やっぱりバレましたかー!そう、今回はヨーグルトを使ってみました!」
そう来たか。違和感の正体はそれだったのか。
「昔、いちごサンドを食べた時に、クリームとして生クリームじゃなくてサワークリームが使われててね!それで、牛乳よりは酸味が効いてる方がいちごには合うかと思ってヨーグルトを採用したんだけど、正解だった!」
これはいちごとヨーグルトの相性もよく、真凜の狙いの通りで、ホントに美味しいと思う。
「これは…見た目もいいし、味もいい。商品化しても申し分ないだろうね。徹くんはどう思う?」
「俺もすごくいいと思います!」
「ということで、あとは実際にモニター調査みたいな感じでお客様にも出してみようか。それ次第では本採用だね。」
「やったー!」

 続いては…
「それじゃあ次はメインにもなり得ると言っていた徹くんだね。」
俺にご指名が入った。ということで、日陰に置いておいた品を持ってきた。
「俺も真凜と同じで写真映え狙いなんですけど、結構ボリューミーな食パンサラダです。」
ざっくり言うとBLTサンドを数倍スケールアップしたようなサイズ感のメニューだ。サンドというよりは、くり抜いた食パンに色彩豊かな食材を埋め込んだようなものだが。
「このボリュームであれば、一人でがっつりランチとしてもよし、同伴者とシェアもよしってことで、お客様も頼みやすいかなと。見ての通りのインパクトもありますし。」
俺は説明しながら食パンサラダを切り分けた。
「しかもこれ、いろんなバリエーション作れそうじゃない?」
「それは俺も作ってる時に感じた。フルーツとかホイップ詰めてスイーツ系にもできるよな。」

という具合で、我ながらいいものを作れたとは思うのだが、
「一つ懸念点があって、食べづらい。」
これは結構大事なことだと思っている。
「いや、大丈夫じゃないかな。美味しいし、それにアメリカのハンバーガーだって食べづらいけど人気あるからね。」
マスターがスポーツ強豪校の学生のような勢いで、切り分けた食パンサラダにかぶりつきながらフォローしてくれた。相変わらずマスターも掴みきれない人だな…でもたしかにマスターの言う通りだな。この世には不合理なまでに食べづらくとも人気の食べ物というのは一定数存在している。そう考えると俺の懸念など些細なことだ。

「そうだよ!これ見た目のインパクトすごいのに敷き詰め方も綺麗だからみんな写真撮りたくもなる!それからちゃんと美味しい!」
真凜もフォローしてくれた。
「というわけで、徹くんのもお客様のモニター調査次第で本採用!」
「ありがとうございます!」
こうして真凜も俺もマスターの審査を突破でき、次はマスターの番となった。

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