12シトライアル第六章 八百万の学園祭part14
第百七十九話 産まれたての仔牛
9月20日木曜日。遂に学園祭前日ということで、今日は丸一日授業がなく、それぞれのクラスの前日準備…と言ってもほとんど準備は完了しているので、破損がないか、足りないものがないかなど、最終の確認や調整をする一日となっている。
「じゃあとりあえず確認!小道具の人たち、足りないものとか壊れちゃったものとかある?」
学級委員長の芹奈が仕切り、それぞれの係に問いかける。
「小道具は大丈夫!予備もこの前岸くんが買ってきてくれてたやつがあるし!」
「うん、おっけー!てっちゃんもありがとね!助かってるよー!」
クラスのお役に立てて光栄である。
クラス内での擦り合わせが一頻り終わったところで、
「それじゃあ、明日からの本番に備えて、予行演習といこう!まあ、予行演習って言っても、前日にみんなで楽しんでみよう!っていうだけだけどね!」
芹奈発案の予行演習が行われることになった。
「多分みんなそれぞれの部分部分では脅かす練習とかしてたと思うけど、実際本番想定の暗さでとか、本番と同じ流れでとか、通しでとか、そういった本格的な練習はできてないと思うんだよね。だから、一人ひとりの立ち回りを確認する意味で、シフト毎に分けて本番さながらの通し練習をしたいなって。で、シフト以外の人はお客さんとして入って楽しむ!だから、予行演習と超先行公開みたいな感じでやりたいんだけどどう?」
芹奈がここまで長々と経緯を説明するのは珍しいな。だが、間違いなく芹奈の言うことには筋が通っている。思いつきのそれではない。綿密に考え抜いたうえでの発案であるように感じられる。それを皆も感じ取ったのか、はたまた単純に楽しみたいだけなのか、それはわからないものの、クラス全体から歓声が上がる。
「ありがとう!じゃあ決まり!それじゃあ明日のシフトの人たち準備よろしくー!」
土曜日と日曜日のシフトの面々は一旦教室の外へと退避した。
「なあ徹ー…」
話しかけてきたのは同じ日曜シフトの哲哉だった。
「ん?どうした?」
「いや、どうしたって…お前色々予備の小物とか買ってきたんだよな?」
「え?まあそうだけど。それがどうかした?」
「いやいやいや、お前まさかと思うけど、自費で買ってるわけじゃないだろうな…」
「何を当たり前のこと訊いてんだよ。自費に決まってるだろ。みんなの負担増やすわけにはいかないだろ。」
「「はぁ?!」」
なぜか哲哉が、そしてさらに近くにいた信岡も声を上げた。
「いや徹、お前それは流石にないって…経費で落とせよ!」
「そうよ!なんであんた一人で全部背負い込もうとしてんのよ!」
なんかめっちゃ怒るじゃん…普通逆だろ。勝手に必要かどうかもわからないようなものを買い込んでそれを経費にしてみんなで折半ということにして、それがみんなの怒りに触れるならわかる。俺一人が犠牲になって怒られることある?
「いいかしら?このクラスはあんた一人で回してるんじゃないの!」
「徹、お前一年の頃からずっとそうだよな。他人に期待しなさすぎなんだよ。もっとお前は自分を大事にしていい…いや、するべきだと思うよ。」
「それに、ちょっとくらい経費増えたところでみんなで分ければ些末なもんよ。ねえ、委員長?クラスの費用ってあとどのくらい使えるの?コイツが買い込んだものの諸費用精算したいんだけど。」
何やら勝手に話が進んでいる。まあでも、たしかにコイツらの言う通りかもしれない。俺だって、全く頼られないというのは嫌だ。それはきっと、自分のことを信頼してもらえていないと思ってしまうから。今回の件は、立場が逆だっただけ。俺が少しは頼られたいと思うように、きっと哲哉も信岡も、そして他のみんなもまたそうなのだ。今回は俺が反省しなきゃだな。
「あー、それなんだけどね、てっちゃんとは限らなかったけど、誰かしらは何か足りなくなったらどうしようとかって思って色々予備買ってくるんじゃないかって予想してたので…結構お金は余裕あるんだよね!」
…全ては芹奈の手の平の上だったようだ。俺は最近、芹奈の潜在能力が恐ろしいです。
閑話休題。こうして、俺が買ったものの精算は速やかに行われ、俺の財布には日曜日に使ったお金が帰ってきた。そしてそうこうしているうちに、教室内でも準備が整ったようだ。
「じゃあ…今回は日曜シフトのメンバーで順番に入ろうか!」
芹奈の目論見は、金曜日の人が中で動いている間、土曜日のメンバーをフリーな状態にすることで、シフトの交代をよりスムーズにできるように…ということだろう。もはや俺は、芹奈が何も考えていないという可能性など、かなぐり捨てた。
「じゃあ俺最初行きまーす!」
特攻隊長は哲哉だった。威勢は良かったのだが、突入していき僅か4秒後…
「ぎゃあーーー!!」
ご覧の通りの結果である。
閑話休題。こうして同じ日曜シフトの面々が次々と入っていき、内容を知っているにも関わらず、みんな悲鳴を上げている。いや、楽しんでいるだけだろうか。そうして最後に残ったのは俺と芹奈だった。
「どっちが先に行く?」
俺が尋ねると、
「んー、今のところみんな一人で入ってるし、複数人想定の練習できてないだろうから、いっそのこと一緒に行かない?」
との返答。理に適っていると感じたので、二人で入ってみることにした。すると芹奈が小声で、
「まあわたし、暗所恐怖症なだけだけどね。」
と囁いた。これは提案したはいいけど暗闇が怖くて、委員長という立場ゆえという建前で最後まで残り、絶対に俺も納得するであろう理由をその間に考えて確実に俺と入るよう仕向けた…といったところか。
「お前、策士だな。」
「え?何のこと?」
俺の考えすぎだっかのかもしれない。
そんな次第で、金曜シフトの面々プレゼンツのお化け屋敷を芹奈と回ったわけだが、
「怖かった…闇が…」
芹奈は終始暗闇に怯えており、ずつと俺の腕にしがみついていた。あそこまで怯えた芹奈を見るのは初めてだったので些か驚いた。そしてお化け屋敷から出てきた今も、脚がガクガク震えており、俺の肩に両手で掴まっている。
「もう脚が産まれたての仔牛みたいだよ…」
それを言うなら仔鹿だと思うが、同じ偶蹄目なので良しとしてスルー。
「ツッコんでよぉ…」
ツッコミ待ちだったようです。ともあれ、俺たちが最後だったので、シフトが入れ替わり、俺たちは待機、土曜シフトが教室に入り、今中にいた金曜シフトが今度は客になった。この間に芹奈には一旦落ち着いてもらおう。炭酸ジュースでも買ってきてやるか…
その後、俺が買ったコーラを飲んだ芹奈は徐々に落ち着きを取り戻し、日曜シフトに交代となるちょっと前には、普段通りの弾けた芹奈に戻っていた。
「いやー、てっちゃん迷惑かけてごめんねー!」
「いいよ。にしてもホントに暗闇苦手だったんだな。」
「そうだね、こればかりは…ちっちゃい頃のトラウマがね…」
「お前にもそういうのあるんだな。」
「うん…まだ保育園の頃なんだけど、ママが迎えに来るのが遅くなる時とか、お残り保育ってのがあってね。で、ある雨の日にそのお残り保育に参加してて、ちょっと一人でトイレ行った時に停電が起きて、トイレの電気が全部消えてもう真っ暗で…あれがトラウマで…」
それはトラウマになるのも無理はないよな。
「先生は近くにいなかったのか?」
「そうだね、お残り保育は毎日先生が交代でやってたっぽいから、あの時間にいた先生は限られてたし、基本的には部屋にいる子たちを見るのでいっぱいいっぱいだったろうから。」
頼れる人が近くにいない。その事実ほど、恐怖を感じた時によりそれを掻き立てるものはないだろう。
「でもね、わたし自身がそういう思いをしてわかったの。そういう怖い思いをする子がいなくなればいいなって。だからね、わたし将来は保育士になりたいんだ!」
なんかトラウマの話から急に将来の夢の話になった。しかも学園祭前日準備中に。
「なんで今その話になったのかは置いとくとして、大丈夫だろ。お前はちゃんと周りのことを見えている。そして、何が必要になるかを予測して準備を怠らない。今合点がいったよ。なんで芹奈が色々と用意周到なのか。そういった背景があったんだなって。」
芹奈の考え方、生き方の意外なルーツが見えた。なんか、すごく応援したくなるな。こういう夢に向かって真っ直ぐなヤツって。
「おーい!委員長!徹!早く準備しようぜー!」
「「あ…」」
哲哉に呼びかけられて、もう俺たちのシフトなのだと知る。
「ま、お互い頑張ろうな。」
「何がお互いなのさー。ま、そだね!」