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12シトライアル第六章       八百万の学園祭part21

第百八十六話 恥ずか死メイド
 みなさん、こんにちは。東帆とうはん高校1年H組、卓球部の下北しもきた心愛ここあです!今日は学園祭初日。私のクラスはメイド喫茶をやることになりました。ちなみにそのことは由香里ゆかり先輩にもとおる先輩にも、さらには他の卓球部の先輩にも教えていない。見られたら余裕で恥ずか死できるから。

 それにしても、まさか私がメイド服を着ることが人生で一度でもあろうとは思ってもいなかった。そんなものとは無縁なキャラだと自覚していたから。こういうのに縁がありそうなのはどちらかと言うとれいだ。社長令嬢だし、家に執事とかメイドとかがいても不思議じゃない。実際どうなんだろう。とりあえず、私が今祈るのは一つ。卓球部の先輩にこの姿を見られないこと。


 金本かねもとがいる1年A組を出て、金本に勧められたままに、下北がいてA組の真反対にあるH組の教室に向かう。そして人並みに揉まれながらも辿り着いたわけだが…
「なあ、桃子とうこさんや…」
「何だね、とおるさんよ。」
「これ、メイド喫茶だよな?」
「そうだね。他に何だと?」
だよなぁ…勧められたとはいえ、入りづらい。
「入りづらい気持ちはわかる。」
腹の中を見透かされた。
「でも大丈夫。徹は一人じゃない。私がいる。」
これほどまでに桃子が頼もしく思えたことが未だかつてあっただろうか、いや、ない。

「すみません、二人で入れますか?」
桃子が受付の子に尋ねる。教室外の受付の子ですらメイド服だ。
「今、1組待ちですので、数分待てば入れますよ!」
「じゃあ、待つ。徹、いいよね?」
「…わかった。」
腹を括って、人生初メイド喫茶に突入することにした。


 心身ともに疲れる…オムライスにハートマーク書いたり、そこに羞恥心に悶えながら呪文を唱えたりで心労が途轍もないし、そもそも結構お客さんが多くて忙しいから体も休まらない。あと、意外とメイド服って動きづらい…
「心愛ちゃーん!次お客さん入るから案内よろしくー!」
「あ、はーい!」
何気にお客さんを席にお通しする係は、今日ここまで3時間強やっていて初めてかもしれない。
「それでは、二名様ご来店でーす!」
よし、まずは笑顔でハキハキと…
「おかえりなさいませ!ご主人さ…ま…あ…」
私は流石に地面に倒れ込んだ。
下北心愛。享年16。死因:恥ずか死

 徹先輩の独り言を借りるなら、閑話休題。なんとか蘇生しました。
「下北、お前もメイドだったんだな。」
「心愛ちゃん、似合ってる。可愛い。」
「あ…ありがとうございます。」
最悪だ。よりによって一番見られたくなかった人に見られてしまった。これから部活行く時どんな顔すればいいの…まだ、徹先輩が他の部員と一緒じゃないだけ救いだけど…
「今日は桃子先輩と一緒なんですね。」
「ああ、さっきばったり会ってな。で、ここ来る前に金本のところ行って…」
「そしたらここで心愛ちゃんがシフトに入ってるって聞いた。だからメイド姿を拝みに来た。」
「俺はメイド喫茶だなんて聞いてなかったけどな。」
…なるほど?

「心愛ちゃん?お客さん席に通して!」
あ、知っている先輩二人だったからつい話し込んでしまった。早く案内しないとね。
「それじゃあ、こちらで…」
「心愛ちゃん、ストップ。」
「はい?」
「役になりきって。」
桃子先輩意外とこういうところこだわるんだな…
「やらなきゃダメですか?」
「無論。お客…じゃないね、ご主人様とお嬢様が帰って来たんだよ?」
いや、ゲストの役に入るの早いな…前に徹先輩が言っていた通り、読めない人だな。
「それでは…」
深呼吸をする。そして、
「おかえりなさいませ!ご主人様!お嬢様!こちらにおかけになってお待ちください!」
できるだけの笑顔で、できる限りハキハキと演じたつもりだ。桃子先輩を見ると…無言でサムズアップしている。お気に召したようだ。

二人に席についてもらい、私はお冷、おしぼり、メニューなどを持っていく…たしかお給仕、だっけ?の準備のため、一旦二人から離れようとした。その離れ際、
「下北…なんかすまんな。やりづらいだろ。」
徹先輩が私を気遣ってかそんなことを言ってくれた。けれど、
「いや、それ言われちゃうと尚更やりづらいんですけど…」
ボソッとそう返しておいた。気まずさを覚えているところにそれを指摘なり配慮なりする発言をもらうと、却って気まずさが増してしまうから。


 ホントに下北がメイドとは驚いたものだ。あまりそういうのをやりそうなイメージはなかった。ただ、結構似合ってはいたな。
「心愛ちゃん、めっちゃ可愛かった。後でチェキ撮りたい。」
「そういうシステム学園祭のメイド喫茶でもあるのかね…」
「課金すれば大丈夫。」
「あれって課金制なの?」
「知らないの?」
「知らねえよ?!行ったことないし。」
「徹は何でも知ってると思ってた。」
なんで未知のことまで既知だと言える?俺はゼウスか何かだったのか?

「ご主人様、お嬢様、お冷とおしぼりです。そしてこちら、本日提供できるメニューでございます!」
下北が水とおしぼりとメニュー表を引っ提げて帰ってきた。
「桃子、何にする?」
「私、チーズハンバーグプレートとミルクティー。」
ホントにコイツチーズ好きだな…

「徹はどうする?」
「俺は…どうしよう。桃子、メイド喫茶の定番って何?」
「あ、そのレベルか…」
「オムライスとかじゃない?」
「なるほど、そうしようか。あとコーヒー。」
「ほんと好きだね、コーヒー。」
「それでは、お嬢様はチーズハンバーグプレートとミルクティー、ご主人様はオムライスとコーヒーでよろしいですね?」
「うん、よろしく。」
「それで頼む。」
「かしこまりました!しばしお待ちください!」
そう言って下北は再び去って行った。


 数分後、裏方のみんな…じゃないね、妖精さんたちが飲み物を淹れて、フードも温めてくれた。フードは全部冷食だけど。深呼吸して、先輩たち…ご主人様とお嬢様の元へと向かう。
「お待たせいたしました!こちら、まずドリンクのコーヒーとお紅茶です!そしてチーズハンバーグプレートとオムライスです!」
二人の前にご注文いただいた品を置く。そして、
「お嬢様、このお紅茶をミルクティーにするに当たりまして、美味しくするためにいくつかお尋ねしますね。」
「待ってました…!」
すごい食いつくな、この人…

「ではお嬢様、お砂糖は入れますか?」
「うん、たっぷり。」
たっぷりの匙加減はわからないけれど、できるだけたくさん入れた。
「ミルクはどのくらいお入れしましょうか?」
「うん、たっぷり。」
再びそう言われたので溢れるギリギリまで注いだ。
「では最後に…愛情はどのくらい注ぎますか?」
「うん…たーっぷりで。」
この人メイド喫茶玄人だな…しかしそう言われた以上やるしかないので、徹先輩もいる前で恥ずかしかったけれど、全力の投げキッスをして見せた。
「…心愛ちゃん、可愛すぎ。後でチェキお願い。」
「あっ…は、はい。」
桃子先輩はご満悦のようでよかった。ああ…完っ全に燃え尽きた。でも本番はここから…徹先輩のが残っている。

「続いてご主人様!オムライスにケチャップで書いてほしいものなどございますか?」
「え、いや、特には…」
「徹、こういう時はお任せでいい。」
「そうか?じゃあ、お任せで。」
「か…かしこまりました。では…」
私は手の震えを抑えながら文字を書いた。バランスとか難しいな…でも、ご主人様に…一筆奏上!そして書いた字は…
「えっと…『女子』?」
「『好』きですっ!あっ…」
ついツッコんでしまったし、語気のせいで告白したみたいになってしまった。鈍感な徹先輩のことだから、ただのツッコミとして受け取ってくれそうだけど…
「心愛ちゃんの本音?」
「っ!違いますっ!!」
まあ桃子先輩には気持ちを知られているから間違いではないけど…って、すっかり忘れてた!

「それでは最後に美味しくする呪文を唱えさせていただいてもよろしいですか?」
「どうぞ。」
徹先輩に訊いたのに桃子先輩が答えた。多分これ、桃子先輩が聞きたいだけだな。まあ、いっか。ここまでやったんだから…ええい、ままよ!
「それでは…美味しくな〜れ!萌え萌えきゅん!」
こうして、私の人生の1ページにとんでもない黒歴史が追加されたのだった。

ちなみに、桃子先輩が私とチェキを撮りたがっていたので、食後にツーショットを撮った。そして、桃子先輩が徹先輩を説き伏せたことで、徹先輩ともツーショットを撮るという副産物を得ることができた。ツーショットの服装がメイド服でなければ完璧だったけど、それでも、メイドも案外悪いことばかりではないなと思った。

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