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12シトライアル第五章 狂瀾怒濤の9日間part16
第百四十三話 Rat-ish Player
俺たち男子団体メンバーが観覧席に戻ると、部員たちから口々に労いの言葉を掛けられた。そして俺たちより遅くコールされたはずの女子団体のメンバーもいる。
「お疲れ様!」
相棒の由香里が話しかけてくる。
「まあ、お互い様だけどな。そっちは勝った?」
「勝ったよ!しかも最初のシングル2本とダブルスでストレート勝ち!」
「すごっ!」
「まああたしは四番手だから出てないけどね。」
「そうか。でも、次頑張れよ。」
「ありがと!」
すると由香里が話題を変えた。
「とーるはとりあえず今日はもうシングルスに専念だよね?」
「だな。まあ、さっき試合した感じは悪くなかったから伸び伸びと…」
などと話していたところ、
「徹の試合…相手を完全に手玉に取ってた。相手が可哀想だったくらい。」
応援に来てくれていた桃子が割って入ってきた。
「桃子ちゃん、とーるそんな強かったの?」
「素人目線だから詳しいことはわからない。でも、徹がずっと主導権を握ってるように感じた。それに得点を見た感じ、相手は徹の半分も得点してなかった。」
「ねえ、とーる…これって県大会だよね?それととーる二年生だよね?」
俺は同級生の相棒に何を疑われているのだろう…
「大丈夫。紛うことなく徹は二年生にして県大会に勝ち進んだ猛者なだけ。」
「それはだけって言葉で済む?」
「済まそうと思えば。それにゆかちゃんも同じこと。二年生にして県大会に勝ち進んだ猛者に変わりはない。」
それは間違いない。それも、俺と同じ3部門で。
しばらく話し込んでいた折、
「女子団体二回戦のコールを行います。東帆高校、試合です。15番、16番、17番台に入ってください。」
女子にコールが入った。
「じゃあ、あたしたち行ってくるね!とーるも応援よろしく!」
「当たり前だろ。頑張れよ。」
そう言って差し出した拳に、
「おうよ!」
わんぱくに応えて由香里も拳を突き出してきた。
「徹、私たちも行こう。」
「だな。」
俺と桃子も15〜17コートが一望できる席に移動して応援することにした。
今度の試合は、一番手として由香里が出るようで、おそらく前の試合で番が回らなかった由香里への春田先輩の配慮だろう。そしてそんな由香里の相手だが…
「なんか、めっちゃ小さくね?」
「私と同じくらいかも。」
桃子と同じくらい背が低いように見える。
「あの高校、俺らが一年の時に練習試合しに行った相手校だけど、たしかあの人その時から女子のエースだったよ。」
一緒に観に来ている桜森先輩が補足してくれた。先輩たちが一年の頃からのエースということは、今は三年生のエースということ。由香里はとんでもない相手と当たってしまったようだ。
「となるといくらゆかちゃんでも…」
「厳しいかもしれないね。」
「先輩、相手はどんなプレースタイルなんです?」
「そうだね…簡単に言うと鼠みたいなプレースタイルかな。」
「鼠?どういうことです?」
「んー…まあもう始まるみたいだし、実際に見てもらうとわかるよ。」
2番シングルス、ダブルスと並行して由香里の試合も始まった。
(なんだろう…この人、思考が全く読めない!サーブ、コース、長さ、どれも何を張ってるのかわからない…こういう時はとりあえず奇襲!)
初っ端由香里は高速のバックサーブをバックに繰り出した。いきなりこれを出されて完璧に対応できる程の選手はなかなかいないので、初手としては最高の一本だと思った。しかし、刹那乾いた音が響き、気がつくとボールは由香里の背後まで駆け抜けていた。
「え?!」
俺は思わず声を上げてしまった。
「こういうこと。相手はバックで返せばよかったところを、わざわざあの短時間で回り込んで弾き返してる。相手の機動力がよくわかるでしょ。」
なるほど。小柄だからこそのこの機動力が鼠のようなプレースタイルと言われる所以か。完全に卓球版の桃子みたいな人なんだな。
「ちなみに、それだけじゃないよ。」
桜森先輩に言われて再び15番台を観る。得点は由香里から0-3となっており、相手サーブ。ここまで由香里がスタートダッシュに失敗するのは珍しい。それだけに強敵だということは言うまでもないのだが。相手のサーブはフォア前に極めて短く入った。由香里はそれをストップで返すが、今度はそれをバックに深く鋭くツッツキで返してきた。それをギリギリの体制で辛うじて返球した由香里だが、やはり球は甘く、フォアに思い切り相手が叩く。流石の由香里もそれには対応できなかった。
「コースの振り分けえげつないな…」
「そう、そこなんだよ。まるで追いかける猫を機動力を以て錯乱させる鼠のように、コースを激しく振り分けることで相手を錯乱、疲労させる。そして自身はさっきみたいに機敏に動き回る。それがあの人の強さなんだ。」
つくづく恐ろしい相手だということがよくわかった。
(何この人…何考えてるかもわからないし、機動力もコース振り分けの正確性も異次元…これはほんとにまずいかも…)
由香里はその後、なんとか喰らいつき、4点はなんとかもぎ取ったものの、敢なく4-11で第1ゲームを落とした。
「莉桜先輩ごめんなさい、何もできなかったですー…」
「あの相手強すぎるよね…私も勝ったことないもん。嫌な相手に当てちゃったね、ごめんね。」
「いえ、あたしが一回戦で試合できなかったからわざわざ早い順番に入れてくれたんですよね。だったらただただあたしが頑張らなきゃ!」
「由香里ちゃんはやっぱり頼もしいね。でも、責任とかは感じなくていいからね!万が一由香里ちゃんが負けることがあっても、私たち他のメンバーで獲りきるから!」
「こちらこそ頼もしい限りですね。じゃあ、当たって砕けろ精神で行ってきます!」
「うん、ファイト!!」
側についている春田先輩と何か話していたが、由香里の表情は明るく見える。引き摺ってないようだ。よかった。
「由香里ー!!気負わずいけよー!!」
俺も上から声をかける。この声が届くかは知らないが。すると、
「とーる!ありがとう!」
どうやら聞こえていたようだ。ただ応援に対して堂々と返されるとどこか気恥ずかしい。
「ゆかちゃん、さっき結構やられてた。でも、あんまり気にしてない。メンタル強い。」
「ホントだよな。勝ち負けがどうなるかはわからないけど、アイツらしく行けるところまで行ってほしいな。」
「そうだね。」
そこから由香里の2ゲーム目が始まったのだが、さっきまでと見違えるくらい動きがいい。もちろんそれで完璧に相手に対応できているわけではないが、さっきより格段に善戦している。
(ライオンはウサギを捕えるのにも全力を尽くす…そして実際に猫もきっと鼠を捕まえるために全力で追いかける。ならあたしは、虎のように獰猛に相手のボールも、結果も捕えるべくひたすら喰らいつくんだ!)
どこか肩の荷が降りたように、物理的にフットワークが軽い。相手のコース振り分けに翻弄されながらも加速したフットワークで喰らいつき、いい返球もできている。
(とーるも莉桜先輩も応援してくれてる…だからこそ、それに甘えて簡単に負けるわけにはいかないんだから!!)
不意に相手がフォアに深く送ってきたボールに飛びつきながら、由香里はスマッシュを振り抜く。
「うわ、すっごい徹がやりそうなプレーだな。」
「言われてみるとたしかに…」
「ゆかちゃん、ずっと近くで徹見てるから。自然とって感じっぽい。」
「いいぞー!由香里ー!!まだまだいけー!」
その後、由香里は2ゲーム目をとても善戦したが、残念ながら9-11で落とし、そのまま3ゲーム目も8-11で落とした。結果だけ見ればストレート負けだが、あそこまでの強敵相手にとても善戦していた、というのは間違いない。そしてさらにその後、ダブルス、シングルスの2番も敗れ、一回戦をストレート勝ちした東帆女子は、二回戦ストレート負けという結果に終わった。
「ゆかちゃん、残念だった。でも、すごく強かった。相手運が悪かっただけ。」
「俺も同意。ただ、由香里はあれで終わるヤツじゃないからな。まだまだ強くなるんだよ。相手へのリベンジ精神と、負けた自分への克己心が強いから。」
「そうだね。これでゆかちゃんも徹もあとはシングルス…」
「まあ、明日はアイツとのミックスもあるけどな。」
「…明日来ればよかった。地区大会の時も初日しか行けなかったからミックス見れてない。」
「なんか、悪いな…」
「大丈夫。その分今日個人戦観るの満喫する。」
さて、いよいよシングルスだ…勝つぞ!