12シトライアル第六章 八百万の学園祭part27
第百九十二話 ストラックアウト・ピンポン
喫茶店でモーニングを満喫してエネルギーを十分にチャージしたところで学校に向かい、さあ、文化祭2日目の幕開けだ。今日は卓球部で催すアトラクションの球出し担当。もちろん休憩や交代は挟むが、昼食をとる時間にまとまった休憩をもらうことになっており、それ以外は基本的にずっと球を出していなければならない。卓球部員同士でやるときみたいな本気の球出しはしないとはいえ、軽く腱鞘炎になることも覚悟はしている。そして、今日俺と同じ立場のヤツが約一名いる。
「大変だけど頑張ろ!とーる!」
この部における俺の正相方、由香里がそのもう一人である。
現在は、台の高さ調整や防球ネット、的、ボールの破損の確認中だ。2日目開幕前の最終調整である。もちろん、俺たち二人以外にも受付係や得点記録係、アトラクション説明係などで何人か部員はいるので、その全員で協力・分担して作業を進める。それにしても、なぜ俺たち副部長コンビを同じ日のシフトに設定したのだろうか。まあ初日と3日目に部長二人が分散すると考えれば、副部長は一日にまとめていい、というのも納得といえば納得だが…まあ、これ以上気にしたら負けか。
そんな作業中、当然のように由香里は俺と同一の作業に回っている。いや、流石に…
「なあ、由香里さんや…」
「何だね、とーるくん?」
「俺ら副部長二人が同じ仕事に固まってていいのか?」
「えー、まあ良くない?みんな何かあればあたしたちに声かけてくれればいいわけだし。」
…そういうものだろうか。
「ところでさー、とーるー?」
「ん?」
「昨日さ…あたしと真凜の漫才観にきてたよね?」
「まあ、そうだな。」
「あんなに来ないでって言ったのに!」
急に昨日のことを蒸し返された。そんなこと言われたってな…
「逆の立場になって考えてみろ。お前だって来るなって言われたら行きたくなるだろ。」
俺がそう返すと、
「…まあ、ぐうの音も出ないよね。」
「だろうな。」
完全勝利。
「でもさ、別に観られて困るものでもないだろ?普通にウケてたし俺も面白いって思ったぞ?」
「え、そう?」
「ああ。てかウケてたのはわかっただろ。」
「いや、ちょっと緊張しすぎて自分じゃよくわかんなかった。」
コイツ、そんな緊張する口だっけ?
準備も終わり、時刻を9時を迎えた。開場の時間だ。チャイムが鳴り、放送でのアナウンスが入る。
「9時になりました。これより、東帆高校学園祭、2日目開幕です。」
遂に2日目が始まった。
とりあえずお客さんが来るまでは暇…というわけではなく、俺たちは場を離れるわけにはいかないので、練習場の前で呼び込みだ。何人かには校舎に宣伝に行ってもらっている。程なくして、最初のお客さんが来た。どこぞやで見覚えのある姉妹だ。もう合流してたのか。
「あっ!徹さん!お疲れ様です!」
「てっちゃーん!由香里ちゃーん!遊びに来たよー!」
まさかお客さん第一号がこの二人とは…別にダメってわけじゃないけど、いきなりよく見知った人物というのもやりづらいものがある。ともあれ、お客さんが来たことに変わりはないので、俺と由香里はそれぞれ台に入った。
二人が受付でサインを書き、説明も一通り聞き終えたところで、
「じゃあこっちにどうぞー!」
由香里が二人を招く。
「どうする?他のお客さんまだ誰も来てないから、二台で二人同時にやる?それとも一人ずつがいい?」
由香里が尋ねると、
「どうしよっか…お姉ちゃんどっちがいい?」
「そうだねー…まあわたしはちょっと杏奈がやってるとこの写真とか動画撮っておきたいし一人ずつがいいかなー。」
「あ、たしかに!私もお姉ちゃんの撮る!」
「それなら一人ずつにするか。」
「「お願いしまーす!」」
ということで、俺か由香里か片方は暇になるわけだが…
「ちなみに、どっちでもよかったら適当に入るけど、俺か由香里か、どっちが球出そうか?」
そう尋ねると、
「私はどちらでも大丈夫です!」
「わたしはー…できれば由香里ちゃんで。てっちゃんわたしにいつも容赦ないから、とんでもないテンポで球出ししてきそうで…」
(うわー…とーるならやりかねないんよね。)
「おいコラ…」
コイツの中で俺ってどんなイメージなんだよ…
「まあいいや。じゃあとりあえず由香里、芹奈の相手頼む。」
「おっけ!」
先手は芹奈で球出し由香里、後手は杏奈ちゃんで球出しは俺、ということに落ち着いた。
「じゃあ芹奈ちゃん、準備おっけー?」
「うん!おっけー!」
準備が完了したことを確認して、
「それじゃあ前半の制限時間は100秒です!10枚以上抜ければ、後半に入れます!ではいきます!用意…スタート!」
時間計測係が開始を告げた。そして由香里は部活の時には見たことない程ゆっくりと球出しを始めた。テンポも球速もかなり抑えている。
開始10秒程で、芹奈は最初の一枚を撃ち抜いた。
「お!いいね!あと9枚頑張ろう!」
「お姉ちゃんナイス!」
由香里はプレイヤーに声をかけながら正確に球出しを続ける。俺にもそんなことはできるのだろうか。一方杏奈ちゃんは、応援しつつ姉の勇姿(?)を録画中。きっとホームビデオのワンカットにすることだろう。
さらに40秒。なかなか命中せず、既に芹奈はかなり疲弊していた。
「すごいね…卓球ってこんなハードなスポーツだったんだ…もっと軽いノリでいけると思ってた…!」
そんな中でも喋っている。体力に余裕があるんだかないんだか…
「お姉ちゃん!まだ半分あるよ!いけるいける!」
変わらず杏奈ちゃんは姉を励まし続ける。
「芹奈ちゃんファイト!」
由香里も依然正確に球を出しつつ芹奈に声をかける。そういえば何も気にしていなかったが、卓球未経験者相手に100秒も球を出し続けるって、我々かなり鬼のようなことをしているのでは?
結局その後、芹奈はもう2枚だけ抜くことはできたが、100秒で3枚しか抜けなかったため、前半で終わりとなった。ただ、案外計算高い芹奈のことだから、ノルマクリアできないと悟ってもう疲れないようにした結果、空振りを増やしたのかもしれない。単純に体力が尽きてきて照準が合わなくなっただけかもしれないが。
「お姉ちゃんお疲れ様!難しそうだね…」
「これ、当てるのも難しいけど…体力がもたないよ…こんなに運動したの何年ぶりかな…」
これは学園祭の催しであって、体育祭ではない。
閑話休題。続いて後手、杏奈ちゃん。
「杏奈ー!ふぁいとー!!」
少し休憩して芹奈も回復したようだ。
「杏奈ちゃん、芹奈見てればわかったと思うけど、無理はしないでな。」
「徹さんこそ、あまり無理はさせないでくれると嬉しいです。」
…流石に配慮します。
「ではいきます!用意…スタート!」
開始が告げられたので、俺は普段の二割くらいのスピード感と球の緩さで送球を始めた。すると…杏奈ちゃんは上手くそれを撃ち返している。
「ホントに未経験者?」
「未経験とは一言も言ってはないですけど…でも、実際小学校のクラブ活動でちょっとかじってました!案外まだできそうです!」
なるほど、まあそれに基礎体力ありそうだし、現に30秒程経った今なお、姿勢も崩れていない。
「徹さん!もうちょっと速くしてもらっていいですか?」
「いいけど大丈夫?」
「はい!お願いします!」
…ストイック?
その後結局普段の半分くらいまではスピードを上げたが、それでもなお杏奈ちゃんは正確に撃ち返し続けている。そして…
「はい!100秒です!一旦ストップ!」
前半の制限の100秒が経過したようだ。的を見ると…
「え、もう15枚…」
上手すぎだ。
「杏奈やるー!流石わたしの妹だよ!」
「姉を悠々と超えてるわけだがな。ちなみに杏奈ちゃん、あと5枚だけどね、後半の時間は1分ジャストなんだよ。行けそうじゃない?」
「そうですね…やってみます!」
そうして、杏奈ちゃんは後半に臨んだわけだが、残念ながら合計19枚、後半では4枚で終わった。無理もない。前半で多く倒した分、後半はしっかりと一箇所目掛けて打たねばならないのだから。その点、難しい条件の中で4枚撃ち抜いたのは流石だ。とはいえ本人は…
「悔しい!!あとちょっとだったのに…」
たいへん悔しがっている。
「ホントに惜しかったな。15枚以上撃ち抜いた人には景品用意してるからもらっておいで。こちらとしては楽しんでもらえて何よりだった。」
「はい!ものすごく楽しかったです!また来ます!」
学園祭中に果たしてここにもう一回来るかはわからないが、いつかここに競技のプレイヤーとして来てくれたら面白いだろうな、そう思った。