見出し画像

12シトライアル第六章       八百万の学園祭part25

第百九十話 特別編:お嬢様と執事、時々…
 これは、とあるお嬢様のちょっと変わった恋のお話。お嬢様の部屋の中では、男が一人、掃除をしている。彼は、そんなお嬢様に仕える執事。なんでも、幼くして両親を事故で亡くし、この家の家主に拾われて、結果的に今はお嬢様の執事として住み込みで働いている。ちなみに、お嬢様と同い年。高校三年生だ。
「ただいまー。あ、もう帰ってたのね。しかももう着替えてる…制服のままでもいいでしょうに…でも、掃除ありがとう!」
ドアが開いて出てきたのは、その部屋の主であるお嬢様だ。

「いえ、お嬢様がお帰りになるまでに掃除を済ませられなかったのは私の不徳の致すところでございます…」
「そんなに気にしなくてもいいわ。ただでさえあなたも高校生なんだから、友達と遊んだりしたいでしょうに。それを我慢してこうして私に尽くしてくれてるだけでありがたいわ。」
「私はお嬢様の従者ですから。自らの願望に忠実にいるわけにはいきませんよ。」
「…ずっと変わらないわね。それにしても、家ではやっぱりそんな感じになるのね…学校にいる時みたいに接してくれていいのに。」
お嬢様と執事は、同い年なだけではない。高校…なんならクラスまで同じなのだ。
「いえ…今の私があるのは、単ひとえにお嬢様や旦那様のおかげですので…それに、学校では幼馴染ということにさせていただいていますが、本来は従者たるもの、主を敬うべきですから。」
「幼馴染なのは間違いないのに…」
同級生にここまで遜られるのは些か居心地が悪いようだ。

 明くる日、学校にて。
「おはよう!」
「あ、おはようございます。」
クラスまで同じ…どころか、席すら隣の二人。これを運命と言わずして何と言うのだろう。
「ねえねえ春亮しゅんすけー、一限って古典だよね?」
「そうですが、まさか…」
「うん、教科書忘れた!見せて!」
「おじょ…桜良さくらさん、朝家出る前にあれほど確認しておくように言ったじゃないですか…」
学校ではお互い名前呼びのようだ。流石に「お嬢様」「執事」と呼び合うわけにはいかないから。
「あはは…ごめんなさーい。まあいいでしょ!幼馴染のよしみなんだから!」
「…これ、立場故にあまり強く言えないの、僕の弱みですね。」
「だからあまり気にしなくていいんだって…」

 再び、お嬢様の部屋にて。
「ねえ春亮ー、ちょっと意見ちょうだーい!」
「何でございましょう?」
「いや、来週末ね、パパから舞踏会に一緒に来いって言われたんだけどさー…」
これだけで執事は話を察したようだ。ちなみに、この頃はお嬢様は執事のことを家でも名前呼びしている。なんでも、学校でボロを出さないように家で慣らしておきたい、とのこと。
「お嬢様、あまり好きじゃないですもんね。」
「そうなのー!ホントになんで金持ちってやたらと踊りたがるのよ…」
「ただ交流を強めて同盟関係を確固たるものにしたい、或いは新たな同盟関係を結びたいから、といったところでしょうね。」
執事はこういった人の心理を考えることには長けている。両親を亡くして以降、他人の顔色を窺って生きてきたことがプラスに作用しているようだ。

「まあでも、パパの言いつけだからパスっていう選択肢はないし、甘んじて行くことにするんだけど…今回の衣装どうしようかなって…」
「お嬢様、すみません、もしかして私が思っていたより深刻な話じゃない感じですか?」
「逆に何だと思ってたの?」
「舞踏会参加を白紙にするよう旦那様に直談判して来いって言いたいのかと…」
「そんなこと春亮に頼るくらいなら私自分でやってるわ!」
意外と肝の座ったお嬢様だ。

「で、どんなのがよさそう?」
お嬢様が開けたクローゼットには、おびただしい量のドレスの数々。流石はお嬢様である。
「そうですね…私なら…」
「おーい、春亮くん!いるかね?」
こう呼びかけて部屋に入ってきた彼が、お嬢様の父。執事の言う旦那様だ。
「はい、旦那様。何のご用でしょうか?」
「ああ、ちょっと君に話があってね。来てくれるかい?」
「ちょっと!パパ!せっかく今春亮にドレス選んでもらおうとしてたのに!」
「ああ、邪魔してしまったのか。すまないね。でも一瞬だけ春亮くんは借りるよ。」
「あー!パパに春亮盗られたー!!」

 時は流れ、舞踏会当日。
「…相変わらず暇ね、舞踏会って。誰と踊っても何も楽しくない…来る人来る人みんなうちの財産狙いなの見え見えだし、うんざりよ。」
「あの…今、お暇ですか?」
お嬢様がかなりうんざりしていたところに、ある男が声をかけた。お嬢様は切り捨てると思いきや、
「えっ…あ、はい。暇です…」
「では、よろしければ私と踊っていただけませんか?」
「はいっ!喜んで!」
受け入れた。

 舞踏会が終わり、三度みたびお嬢様の部屋にて。
「あの人、カッコよかったな…それに…」
「お嬢様、少しよろしいでしょうか?」
「ひゃいっ?!」
「どうされましたか?!」
「い…いや、大丈夫。急だったからびっくりしただけ。」
「驚かせてしまい申し訳ございません。」
お嬢様はどうやら、何かにドギマギしているよう。一体どうしたのかな?

「それでは、一旦失礼しますね。」
「え…ええ。」
執事が部屋を去る。そして…
「あの人…すごく執事に似てたのよね…って、ダメダメ!あーっ!もう!気持ち揺らいじゃうじゃんっ!!」
何を隠そう、お嬢様は昔からずっと一緒にいる執事に惹かれていたりする。それなのに、執事に似た舞踏会の殿しんがりの登場に心揺れてしまっているのだ。
「一回この気持ちに向き合わなきゃ…だよね。」

 一方、執事側。
「今回ばかりはよくわからない。お嬢様が舞踏会の殿が僕だと気づいているのか。はたまた薄々勘づいて入るものの、確証がなくて…というパターン。僕だって流石にわかっている。お嬢様が僕に慈しみを向けていること。あんな顔されれば嫌でも気づく。でも、だからこそ僕は…どういう立場としてこれからお嬢様に接するべきだろうか。」

「春亮くん、大丈夫かい?顔色悪いよ。」
「あ、旦那様。大丈夫です。のっぴきならない悩みがあって考え込んでいただけですので。」
「そうかい。まあ、おおかた桜良のことだろう。」
「流石旦那様。勘が冴えておられますね。」
「まあね。何年桜良と君のことを見てきたと思ってるんだい。」
かれこれ15年くらいの付き合いである。

「私は…たしかにお嬢様のことを敬愛しております。それに…抱いてはいけない感情を抱いているのも確かです。」
「それは一体何だね?」
「わかっていてお聞きですよね。」
「まあね。でも、真っ向から向き合ってほしいからね。言ってごらん。」
「私は…お嬢様を…桜良さんを愛しております。」

「うん、よく言った。」
「やはりご存じでしたか。」
「流石にね。だから君にもこっそり舞踏会への招待状を渡したんだよ。あくまで執事でない、さらに着飾って武装した君であれば、桜良とも対等でいられると思ってね。」
「実際、あの機会を戴けたのは嬉しかったです。」
「それは何より。それに、どうせ君も気づいているだろう。桜良だって君に…」
「それは…流石に察しております。」
「我が娘ながらわかりやすいからね。私に似たのかな。はっはっは…」

「…旦那様。ここまで背中を押していただき、誠にありがとうございます。私、精一杯向き合って参ります。執事としては不埒かもしれませんが、一人の紳士として、桜良さんを悲しませることだけはしないよう努めます。ですから、旦那様…いえ、お父様。桜良さんと僕の関係、認めていただけないでしょうか。」
「春亮くん…その言葉、ずっと待っていた。やっと安心して娘を預けられる相手が見つかったよ。これまで幾度となく桜良を舞踏会に連れて行った甲斐があったよ。尤も、連れ始めた頃はまさかこんな近くにその相手がいるとは思わなかったがね。もちろん、認めようとも。こちらこそ桜良のこと、よろしく頼む。」
「ありがとうございます…!」
「ただ、その言葉を待っていたとはいえ、ちゃんと二人がくっついてから聞きたかったよ。」

 そして物語はクライマックス。執事はお嬢様の部屋のドアをノックする。
「お嬢様、入ってよろしいでしょうか。」
「ええ、どうぞ。」
「失礼します。」
執事が入った時、お嬢様は机に向かっており、執事の姿は視界に入っていない。
「どうしたの?」
「いえ、少しお嬢様とお話がしたく…」
「何それ。春亮から話がしたいって言うなんて珍しいじゃない。もちろんいいけど。」
お嬢様はここで椅子を回して執事の方を見る。そして目を見開いた。そこには…
「あっ…あなた…似てるとは思ってたけど、本人だったの?!」
舞踏会の殿が立っていた。執事はあの日の武装したなりにもう一度なっていたのだった。

「お気づきではなかったんですね。」
「いや、流石に執事本人が来てるなんて思わないじゃない…」
「そうですよね…ところで、本題はそれではなくてですね…率直に申し上げます。お嬢様…いえ、桜良さん!」
「は…はいっ…!」
「僕はあなたを愛しています。」
「えっ…」
「わかっています。執事でありながら、使えている方に好意を抱くなど、本来あってはならない。だからずっと封じ込めてきました。ですが…もうそんな必要はない。旦那様からの後押しがあったというのもそうですが、あくまで僕はあなたの幼馴染として…執事の私としてではなく、あなたと親しくしてきた一人の人間としてあなたに、そしてあなたへの感情に向き合うことに決めたんです。」

「あの…さ、春亮…もうこの際だから言う!私も春亮が好き!ずっと!ずっと!昔からずっと!」
「お嬢様…」
「あなたは気づいてなかったかもしれないけど、ずっとこの想いを募らせてた。ただ、あなたはあくまで執事として私に接してくるから、そんな気持ち向けてたら迷惑かと思って、私の方こそできるだけ封じ込めてた。でも、あなたがこうして覚悟を決めて私を愛するって決めてくれたから…私も一歩踏み出したい!」
「…ありがとう…ございます。」
「なんでお礼言うのよ!まあ、そういうわけだから、これからも私たちはお嬢様と執事、幼馴染。それは変わらないけど、もう一個追加ね!」
「…そうですね。改めてよろしくお願いします。桜良さん。」
「ええ、春亮!」

 後日談。こうして無事に結ばれた二人はその後も仲睦まじくお嬢様と執事として、幼馴染同士として、そして恋人同士として暮らしていくのだった。
「それにしても春亮、私のこと好きだったんなら、もっと早く言ってくれてれば私がもやもやすることなかったのに。」
「と、言いますと?」
「舞踏会の時、武装したあなたがカッコ良すぎてさ。あの時はホントにあなただとは思ってなかったから、気持ちが揺らいだかと思ってどうしようかと思ったんだから…」
「そんなにでしたか?」
「そんなにだよー!」
「それはそれで…なんか、自分に嫉妬します。」
「ふふっ…何それ。変なの!」

以上で、東帆とうはん高校3年E組、『お嬢様と執事、時々…』の上演は終了となります。最後までのご観覧、誠にありがとうございました!

いいなと思ったら応援しよう!