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12シトライアル第六章       八百万の学園祭part8

第百七十三話 言語表現の宝石箱
 9月7日金曜日。あれからクラスの方も部活の方も順調に準備は進み、文化祭までちょうど残り二週間となった。しかしそれでもなお、昼休みにやることは変わらない。図書委員の仕事だ。いつもよりやや遅れて図書室に入ると、
「ここは多分もう少し凄みのあるセリフの方がいいんじゃないですかね。例えば…」
「ふむふむ…」
もう既に相方の田辺たなべさんは来ていて、そしてなぜか委員長の大城おおしろ先輩もいた。二人で何をしているのか…

「お疲れ様です。」
「あ、きしさん!お疲れ様です!」
「岸くん、お疲れ様!」
「二人で何やってたんです?」
「あー、岸くん、月曜日のこと覚えてる?」
月曜日というと…先輩が喫茶うなばらに来た時のことだろうか。
「まあ覚えてはいますよ。」
「その時、私本当はクラスの演劇の脚本を書くのに集中しようと思って、静かな喫茶店だと思ってたからお邪魔したの。」
なるほど…ということは、環境を変えて集中して臨むつもりが、マスターのエゴ…とでも言うべきだろうか。モニター調査に付き合うことになり、それどころではなくなってしまって今やるしかない、ということか。ていうか大丈夫だろうか。もう二週間前なのに…

「で、私現役時代は演劇部だったから演技は経験があるけれど、一人で脚本なんて書いたことなかったからどうしたらよいものかと…ね?」
俺の懸念は腹の中に留めておくことにした。
「そうしたら、ちょうどそういうの得意そうな子を見つけたの!それが早苗さなえちゃん!」
「普段から小説をよく読んでいる田辺さんなら、そういったセンスも磨かれていると見込んで…ということですか。」
「流石、理解が速いわね。」
「それで私が選ばれたというのはものすごく恐縮ですけどね。」
まあたしかに、普段から小説をよく読む田辺さんには、人並み以上の文才があると考えるのは妥当といえば妥当だ。
「それに早苗ちゃん、普段から何かのSNSで創作小説やってるみたいだから期待大!」
「あ!先輩言わないでくださいそれ!!」
…残念ながらもう遅く、田辺さんの秘密は一つ俺にも知れてしまった。なぜか俺が居た堪れない。そして同時に、田辺さんの小説読んでみたいなと思えてしまった。

 閑話休題。
「で、実際田辺さんにアシストしてもらってその効果はどうなんです?」
「それが早苗ちゃん本当にすごいの!物語の大筋を伝えたら、それに見合う表現が出てくるの!もう言語表現の宝石箱!」
大城先輩から食リポで聞くことの多い表現が飛び出してきたのは置いておいて…
「やっぱり普段から本をよく読むって大事なんですね…」
「みんな、読書はちゃんとしようね。」
この人は誰に向けて言っているんだ?それはそうと、

「ちなみにまだ続けますよね?」
「ええ、まあそうね。」
「じゃあとりあえず仕事は俺がやっておくので、二人はそれ終わらせちゃってください。」
「岸さん…なんかすみません。」
「いいよ、どうせ仕事は暇だし、それに…」
「「それに?」」
「文化祭まであと二週間しかないのに脚本できてないのは流石にまずいでしょ?」
「……」
約一名黙り込んでしまった。
「だってこれからリハーサルとかも、それに演劇部だった先輩のことだから演技指導とかもやるだろうし、ホントに焦った方がいいかと…」
「…空が、綺麗だね。」
先輩は何かを誤魔化すようにか、悟るようにかはわからないが上を向いてそう呟いた。先輩の視線の先にあるのは虚空ではなく図書室の天井だというのに。

 そういった次第で、俺は図書室のカウンターに、田辺さんと大城先輩は図書室の中でも隅の方のテーブルに並んで座ることにした。それにしても、このカウンターに座る時間、暇の極みである。だって今時の高校生はあまり本を借りないから…いや、そもそも図書室にほぼ来ないから。おかしい。俺は楽そうだから図書委員になったはずなのに、楽すぎるは楽すぎるでむしろ辛い!いいな、あの二人は楽しそうだ。切羽詰まっているのは大変そうだが、暇よりはいいだろうなと思う…お互い様か。ないものねだりだよな。


 一方その頃、早苗と流唯るいは…
「大筋はこれでよしかな。早苗ちゃん、ちょっとチェックお願い!」
「了解です!」
順調進んでおり、なんとか一通り物語のシナリオは完成したようで、早苗の検閲中。その結果…
「うん、私からしたらシナリオに関してはこれでいいんじゃないかと。あとは少し細かい表現を訂正していくだけですね!」
ゴーサインが出たようだ。
「ありがとう!じゃあ、具体的にどの辺りを修正すればいいのかしら?」
「そうですね…例えばですけど、ここの表現とかはもっと、こう…」

 しばらく経った頃、
「これで私から見た感じでですけど、違和感とか盛り上がりの欠如とかは除けたと思います!」
「本当にありがとう!ものすごく助かったわ!でも…早苗ちゃん、なんかごめんなさい。」
なぜか流唯が唐突に早苗に謝った。
「え?!なんで謝るんですか?!」
これには流石の早苗も困惑したようだ。
「いや、だって早苗ちゃんだって、文化祭で色んなクラスの演劇は観たいだろうに、私のクラスのストーリーはわかっちゃってるじゃない?だからもし私のクラスを観に来てくれても、真っさらな気持ちで楽しんでもらえないんじゃないかって思ってね。」
なるほど、流唯が気にしていたのは、早苗が脚本を手伝ったが故に、流唯のクラスの演劇の内容を皆まで知ってしまったことだったのだ。たしかにこれは、演劇部だった流唯からすると、観客を素直に楽しませることができないことを意味しており、それは流唯にとって望まれぬものだろう。しかし…

「何言ってるんですか。私は依然楽しみなままですよ!」
そんな流唯の心配は杞憂だった。
「だって、自分が脚本に携わった演技を見ることができるって、これほど光栄なことはないって感じます!きっと色んな小説家の方も同じように思うはずですよ!」
早苗が熱弁する。とおると初めて喋った時のように。そしてさらに続ける。
「それに、演劇部だった先輩だからこそわかってると思うんですけど、何が起きるかわからないのが、リアルタイムの演劇の怖いところであり、同時に面白いところじゃないですか。アドリブが入ったりとか、ちょっと計算外のことが起きたりとか…それも含めて面白いです!」
「それは…たしかにそうね。」

「映画やドラマは、何回も同じものを流すだけ。でも演劇は、毎回演技やタイミングに多少なりとも違いが出る。寸分狂わず同じ劇なんてあり得ないんです。だから、1公演1公演が全く違ったものだと思えば、劇の構成を知っていても、劇の内容を知ることにはならないし、演者さんによってもまた内容は変わるんですから!」
初めて徹と喋った時を超える捲し立てだった。しかし、やはりこうした意見を言う場においても早苗は、流唯の評するように言語表現の宝石箱というのが言い得て妙ということがよくわかった。
「そういうことなら…私たちの劇、楽しみにしててちょうだいね!楽しんでもらえるように、キャスト一同、全力で演じるわ!」
「…はい!楽しみにしてます!」
早苗の言葉に納得した様子で、流唯が誓いを立てると、早苗もそれに呼応した。


 なんか、さっきからずっとあの二人…特に田辺さんだけど、楽しそうだな。と思ってしまい、ちょっと二人の方に出向くことにした。
「どうです?いい感じですか?」
俺が尋ねると、
「ええ、早苗ちゃんのおかげでちょうど今終わったところ。改めてありがとうね。」
「いえ、こちらこそ携われて光栄でした!」
まさかの書き終わっていた。このスピードで終わったのは、田辺さんの文才もそうだろうが、同様に大城先輩自身の力というのも相当大きく作用してのことだろう。とはいえ…
「そうですか、お疲れ様です。間に合ってよかったですね。」
何にせよ無事脚本が仕上がったのは喜ぶべきことなので、俺も一応労いの言葉を送った。
「そうね。それに、早苗ちゃんのおかげで大事なことも思い出せたし、今日は上々ね!」
「大事なこと?」
「まあ…こっちの話よ。」
…むしろ気になる。

「岸くんもありがとうね。相方貸してもらっちゃって。」
先輩は、今度は俺にお礼を言った。
「いえ、どうせ誰も来なかったので…」
「それも考えものよね…どうしたら利用者増えるのかしら…」
「じゃあ大城先輩、次の委員会集合の議題それにしませんか?」
「あ、いいじゃない!早苗ちゃん、それ採用!」
こんな具合で、図書委員としての仕事は何もなかったけれど、先輩の脚本の仕上げと次回の委員会集合の議題決定がまさかの同時に達成された昼休みになったのであった。

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