12シトライアル第六章 八百万の学園祭part23
第百八十八話 怪盗執事とお嬢様探偵
前回のあらすじ。一緒に演劇を観ることになった田辺さんと、写真部と服飾部の共同出店のフォトショップにやって来た。そしてそこには、俺の数少ない親友の二人である、写真部の上原と服飾部の佐々木がいて、コスプレをして田辺さんと写真を撮ることになった。
「じゃあ、岸はこっちね。剛ちゃん、撮影ブースのセッティングよろしく。」
「あいよ!」
俺は佐々木に誘われて、『殿方』と書かれた掛け札のあるドアの向こうに連れて行かれた。ちなみに、剛というのは上原の下の名前だ。いつの間にか名前呼びになるほど仲良くなっているとは…まあ、クラスでも部活でも同じ日にシフトに入るともなれば納得だな。
「では、えっと…田辺さんって言ってたかな?あなたはこっちにどうぞ!」
俺が連れて行かれるのとほぼ時を同じくして、服飾部と見られる女子により、田辺さんも『姫君』と書かれた掛け札のある部屋へ連れて行かれた。というか、掛け札の時代感よ…
閑話休題。
「さて岸、どういったコンセプトのコスチュームがいい?」
佐々木が尋ねる。
「ちなみにどんなのがあるんだ?」
「並大抵のものは揃ってるよ。ほら。」
そう言って佐々木は幕を開いた。すると、夥しい数のコスチュームがズラッと並んでいるのが目に入った。
「侍みたいなやつもあれば、西洋貴族みたいなのも…あとは神話に出てきそうなやつとか、アニメとか特撮のコピーみたいなやつとかも。基本的には何でもある。」
いや、こうも何でもあると却って決められん…十択くらいまでならまだ決めやすいが、実質択一問題とは言えない。どうしようかと考えていたところ、ドアをノックする音が聞こえた。そして、
「おーい、りょーくん!ちょっと来てー!」
りょーくん…あ、佐々木か。言い忘れていた。佐々木の下の名前は亮助という。声からして、さっき田辺さんを連れて行った服飾部員が佐々木を呼んでいる、ということだろう。
「あ、今行くよ!」
佐々木も答える。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。自由に見といてくれていいから、なんとなく目星つけといて。」
それだけ告げて、佐々木は俺を残して外に出た。
数分後、
「ごめん、お待たせ。」
佐々木が戻ってきた。ヤバい、結局何も決まらなかった…
「佐々木…悪い、全然決まらなかった。」
目星つけといてくれって言われてたのにな、とても申し訳なさを覚える。
「お、じゃあちょうどよかったよ。こっちから目星つけといてって言ってた手前、もし岸が決めてたら申し訳ないって思ってたから。」
「…どういうことだ?」
「ああ、さっき田辺さんの着替え担当の部員と話してきたんだけど、多分ツーショットなら二人でコンセプト合わせた方がいいんじゃないかって話になってさ。」
まあ、それはそうか。
「で、特に田辺さんが岸と合わせたいって希望が強いみたいでさ、だから田辺さんのコンセプトに合うやつを岸にも着てもらおうってことになったんだ。岸、正直拘りとかなさそうな感じだったし。」
なるほど、そのための話し合いだったと…
「俺はそれで構わないよ。」
「よかった、助かる。」
助かるのは正直俺の方だ。
「で、俺は何を着ることになったんだ?」
「ああ、それなんだけどね…これを着てもらおうかと思ってる。どう?」
そう言って佐々木が渡してきたのは、黒いシルクハットに諸々が詰まったもの。
「これ、コンセプトは?」
「これはね…まあ、着てみてからのお楽しみかな。多分、岸なら似合うと思うんだ。」
現時点で俺には一つ予想はある。あの田辺さんのことだ。シルクハット込みで、田辺さんがコンセプトとして指定しそうなもの…あれじゃないかな?そんな予想をしつつ、俺は手渡された衣装を着てみることにした。
結果から言えば、俺の予想は概ね当たっていた。黒いシルクハットやタキシード、モノクルを身につけて、杖を持っていて、且つ田辺さんが好きそうなもの。そう…
「これ、もしかしてアルセーヌ・ルパン?」
「お、察しがいいね。大正解!それによく似合ってるよ。」
やはり、モーリス・ルブランの推理・冒険小説の主人公である、怪盗紳士アルセーヌ・ルパンだ。たしかに田辺さん、こういうの好きそうだな。
しかし、ここで二つ疑問が生じた。一つは、コンセプトを合わせるなら、田辺さんは何のコスプレになるのかということ。そしてもう一つは…
「なあ佐々木、この余ったジレってどうするんだ?」
着替えていてモノクルを発見した時にはルパンだとほぼ確信したので、ルパンのイメージには合わない紺色のジレは着ないことにして残しておいたのだが、ではなぜジレが入っていたのかがわからない。
「ああ、それね。後でわかるから、とりあえず持って行ってよ。」
「?まあ、わかった。」
佐々木に促され、一先ずこのジレも手に持ち、俺は更衣室を後にした。
外に出たが、まだ田辺さんは出てきていないようだった。
「おお!岸!めっちゃ似合ってんじゃん!!これは…あれか!ルパンモチーフ?」
上原から想像以上の絶賛を受けた。
「ご名答。田辺さんのご所望でな。ただ、肝心の田辺さんがどんなので出てくるか全く読めない。」
「どうだろうな。そういえば岸、手にかけてるそれは着なくていいのか?」
「え?ああ、なんか佐々木から持って行ってくれって言われたけど、これの用途はよくわからない。」
そんな会話を上原としながら待っていると…
「お待たせしました!」
田辺さんの声がしたので、後ろを振り返る。するとそこには、茶色い帽子とロングコートに身を包み、葉巻きを手にした田辺さんがいた。これは…そういうことか。
「田辺さんのそれはホームズ?」
「お!流石よくわかりますね!ご名答です!どうです?似合ってますか?」
「ああ、なかなか似合ってるよ。これ、コンセプトは推理・冒険小説ってところかな?」
「はい!その通りです!」
なるほど、そこで揃えてきたわけか。ホームズにしてはコートが長い気はするが…まあいいだろう。
「それにしても岸さん、想像以上にルパンコスチューム決まってますね!カッコいいです!」
「そう?恐れ入ります…」
さっきから意外とこのコスチューム評価高いな。
「じゃあ、岸!田辺さん!そろそろ撮影しよう!」
上原に言われ、俺たちは撮影ブースへと移る。
「じゃあ撮るよ…じゃあ二人とも、何かポーズ!」
ポーズか…どうしよう。
「岸さん、ちょっと私の理想に付き合ってください!」
ちょうどいい助け舟だ。
「まず私と背中合わせになって、岸さんは左手を右肘に添えて、右手に杖を持って、その先端をシルクハットの鍔に当ててください!」
俺は言われた通りにポーズをとった。そして田辺さんも俺と同様に、左手を右肘に添え、右手に葉巻きを持っている。
「じゃあ行くぞー。」
そう言って上原は撮影ボタンを連打した。
「こんな感じに撮れたけどどう?」
上原が写真を見せてくれた。
「おお、すごいそれっぽいポーズ!」
「いい感じですね!」
「上原、撮影ありがとな。」
「おう!後で写真はデータにして送るから、田辺さんにも送ってあげてな!」
「ああ。」
こうして撮影を終えて俺は更衣室に戻ろうとした。が、田辺さんに腕を掴まれて止められた。
「田辺さん?」
「岸さん、本番はここからです!」
そう言うと田辺さんは帽子とコートを脱いだ。そして中に着ていた服を整え…
「えっと…これは?」
「お嬢様スタイルです!最近、お嬢様の恋愛小説にもハマっていまして…」
なるほど、中に着ていたそれを隠すためのロングコートだったのか。
「というわけで、岸もハットとジャケット脱いでこのジレ着てくれ。」
佐々木に言われるままにコスチュームチェンジ。結果…
「何これ…執事?」
「正解です!お嬢様と言ったら、相手は執事です!まあ、今私が読んでる小説のコンセプトがそうってだけですけど。」
なるほど…これで探偵と怪盗は第一ラウンドに過ぎず、これからお嬢様と執事で撮影第二ラウンドってか。田辺さんは椅子に座り、俺は執事として、先程田辺さんが脱いだコートを腕にかけ、お嬢様の椅子の斜め後ろに立ち、そして撮影した。
まさか二種類のコスチューム、コンセプトで撮るとは思わなかったが、怪盗役、執事役なんて普段やることもなかったので、なかなか新鮮な気分になれて、楽しかった。それにしても、メイドのご主人様、怪盗、執事と…まさか今日1日でこんなにもいろんな役をやるとは…とんでもなく濃密な1日だった。さあ、この後は今日の締め括り!演劇をゆったり観覧しに行こう。