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12シトライアル第五章       狂瀾怒濤の9日間part20

第百四十七話 一か八かとその代償
 リラックスした表情と構えの由香里ゆかりが放ったサーブは短い…ナックルだろうか。好きなのを出していい、あとは俺が合わせる、とは言ったものの、サーブくらいは確認しとけばよかったな。しかし、やはり俺の予想は当たっていて、相手はサーブに対してツッツキでレシーブしたのだが、これが大きく浮いた。このチャンスを逃さずスマッシュを放ってもいいのだが、相手はカットマンという戦型ということもあって後ろに下がっているので、万が一ロビングで返されて、高いボールの処理がそこまで得意でない由香里がスマッシュをミスしたら本末転倒だ。俺は相手が十分下がったのを視認し、ボールのバウンド直後を狙って短く止めた。我ながらなかなかいい返しができ、相手はもはや返球することを諦めてくれた。
「とーるナイスー!」
「由香里こそナイスサーブ!」
「一本同点です!追いつきましょう!」
アドバイザーの下北しもきたも力の限り後押ししてくれている。

続く由香里の二本目のサーブはバックサーブの逆横下だろうか。相手はまたしてもツッツキで返そうとしたが、想像以上にサーブの下回転が強かったのか、ボールはネットを超えなかった。
「ナイスサーブ!!」
由香里こんなにもえげつない回転のサーブ出せたんだな…少なくとも由香里がここまでの回転量のサーブを放つのは初めて見た。ともあれ、これで10-10デュースだ。
「二人とも勝ちきれー!!」
「まだまだがんがんいきましょー!」
「由香里ー!とおるくーん!一か八かだよー!」
観覧席からも俺たちへの声援が聞こえる。明らかに賭けをしろと言っている真凜まりんの声は有事以外は無視するとして、芹奈せりなが言うように、ここまできたらもう勝ちきるしかない。この2点で決める!

 まずは相手サーブ。レシーバーの俺は短く止まった下回転サーブをフリックで返す。すると相手はそこにカウンターを合わせてきた。なんで相手が一か八かの賭けに出てるんだよ!だが、その賭けは上手くいったようで、俺の方目掛けて速球が飛んできた。これはちょっと避けれそうにないぞ…万事休すか?と思っていると、
「とーるごめん!」
由香里が叫びながら俺の方に飛びついてきた。そして俺の体の前にラケットを持った右腕を差し出してきて、バックスイングをとった。ラケットを俺の体の前で後ろに引いているので、ラケットはもれなく俺の鳩尾の辺りに直撃した。俺は後ろによろける。なるほど、ごめんってそういうことか。由香里は一瞬俺を気にする様子だったが、すぐに目の前のボールに意識を向け、相手のカウンターにさらにカウンターを合わせた。あ、これ俺以外みんな一か八かに賭けてる感じ?となるとこれでもまだボールが返ってくる可能性があるので、俺も備えなければならないのだが、ちょっと動けない。痛い。しかし、以降ボールが返ってくることはなかった。

「とーるごめんね!大丈夫?!立てる?」
由香里はそう言いながら俺に手を差し伸べる。
「それより、今の一本は?」
俺は答え、尋ねながらその手を掴んで起き上がった。
「ちゃんと入ったよ!今はあたしたちがマッチポイント!真凜の声援に応えてよかったよ!」
「そりゃよかった。まあ、俺という代償があるわけだが。」
「それは…ほんとごめん。でも、地区大会の時、とーるだってプレー中にあたしに抱きついてきたじゃん?」
「言い方!まあ…言い訳はできないけど…」
「じゃあこれで貸し借りなしね!」
「お…おう?」
「あのー、由香里センパイ、きしセンパイ、そろそろゲーム再開したいんですけど…」
審判の金本かねもとに言われてそういえばまだ試合が終わっていないことを思い出した。
「「すみません!!」」
とりあえず金本、相手方の審判、そして相手に謝り、ゲームを再開する。

11-10。俺たちのマッチポイント。そしてサーブは俺。まだ腹の辺りがやや痛むので早々に終わりにしたい。
「由香里、サーブなんだけど…」
「ここもとーるが好きなようにやっちゃって!正直もう試合長引かせたくないでしょ?」
相方にはやはりお見通しか。まあ、ダメージ加えた張本人だし、流石にわからないというのは無理があるし当然と言えば当然か。
「わかった。ありがとな。じゃあ決めさせてもらうよ。」
「任せた!」
そして俺は、この試合でここまで温めておいた俺の最大のエースサーブ、横下回転の王子サーブを放ち、
「12-10。ゲームセット。」
見事にサービスエース。このゲームで勝ちきることに成功した。
「とーるナイスサーブ!!」
とりあえず県大会の初戦を突破したことを喜びたかったが、腹の痛みもあって喜びきれなかった。
「「ありがとうございました。」」
相手と握手を交わし、本部に結果報告だけ済ませ、俺たちは早々に観覧席へと戻った。早く休みたい。

上に戻ると、
「二人とも突破おめでとう!」
「徹、大丈夫か?めっちゃ痛そうだけど…」
同じくミックスに出場している春田はるた先輩と桜森さくらもり先輩が先陣を切って出迎えてくれた。
「ありがとうございます!」
「まあ…なんとか。一旦さっさと休みたいですけどね。」
「先輩たちはこれからですか?」
「多分もうすぐ呼ばれると思う!」
「だから、俺たちの応援も頼むよ!あー…でも徹はとりあえず休んでて?」
「ほんとにとーるはいつも無茶しますからね!」
「今回に至っては由香里に喰らったダメージだけどな。」
「ほんとごめんて…」
正直会話の内容はそんなに覚えていない。痛いんだもん。その後先輩たちはコールを受ける前にアリーナへと向かった。

 席に戻ったところで、
「岸くん!」
「一回戦突破…」
「おめでとう!」
親友三銃士がなぜか分担して労ってくれた。そして、
「二人ともお疲れ様!!」
「ナイスゲームでした!」
「由香里、いい賭けだったね!」
岩井いわい姉妹と真凜も元気に出迎えてくれた…のはいいが、
「真凜…一か八かいけなんて言うから…」
「ちょっとあたし一か八かやりすぎてとーるに甚大なダメージ与えたっぽい…」
「え…また私のせいにされてる感じ?えっと…なんかごめん…でも、そんな日もあるよね☆」
「ちょっ、真凜ちゃんそれわたしの持ちネタ!」
ちょっと騒がしくて休まらないな。

「そうだ、杏奈あんなちゃん、地区大会の時もだけど、先陣切って応援してくれて助かったよ。」
「ほんとだよね!ありがとね!」
「お二人の力になれたならよかったです!」
ほんとにできた子だ。
「本当に杏奈ちゃんの応援よかったですよね!」
後ろからひょっこり下北が顔を出して告げる。
「ほんとに。正式にチームにほしいくらい!」
金本かねもともそれに続く。
「ねえ、杏奈ちゃん、東帆とうはんに入る気ない?」
由香里まで続く。しかし、以前塾で教室長の濱口はまぐちさんも交えて話したことを思い出した。
「杏奈ちゃん元から東帆志望だぞ?」
そう告げると由香里たちの目が輝いた。

「これは期待のホープだね!」
「由香里、それほぼ同じ意味だぞ。」
「もう新入部員一人ゲットですね!」
「ほんとですね!」
「金本も下北もまだ入部して半年も経ってないだろ?」
コイツら、後輩ができることを知った時の先輩の図を体現しすぎだろ。というかそもそも、
「んー、わたしの妹の人権どこ行った?!」
芹奈が声を上げた。珍しく芹奈が正しい。
「そうだよ、まだ東帆志望というだけで、東帆に入ることが決まったわけじゃないだろ。落ちるかもとかそんなこと言ってるんじゃなくて。」
「受験まで半年くらいあるし、志望校も変わるかもだしね。」
真凜も加勢してくれた。

「そう。それに、もしホントに東帆に来ても、卓球部とは限らないだろ。」
「それは…」
「「たしかに…」」
「物事を憶測で断定するのはやめような。」
「「「はい、すみません。」」」
「杏奈ちゃん、悪いな。面倒なことに巻き込んで。」
「いえ、大丈夫ですよ!」
「ていうかさ、てっちゃんが杏奈が東帆志望って言わなきゃよかったんじゃない?」
…芹奈に指摘されて気づいた。戦犯は俺じゃね?そしてやっぱり芹奈実は鋭すぎじゃね?

 閑話休題。
「とりあえず、次の試合までしばらくあるだろうし、ちょっと休ませてくれ。まだダメージが癒えてなくてな。」
「そうだった!とーる!今はしっかり休んで!」
「この後に支障来たしたら大変だからね!」
直接要因の由香里と間接要因の真凜が言う。全くどの口が言ってるんだか。兎も角、この時間でしっかり休まないといけないのは事実なので、俺は束の間の休息を謳歌することとしたのだった。

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