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12シトライアル第六章       八百万の学園祭part28

第百九十三話 午後のティータイム
 岩井いわい姉妹が去った後、少しずつ客足が伸び始め、12時現在、30組は迎え入れることができた。ほとんど休まる間もなく、緩やかな球しか出さないとはいえ、もう既に軽く手首がキツい。とりあえず俺と由香里ゆかりが今日もらっている休憩は1時からとなっているので、あと一時間手首をぶっ壊すくらいの覚悟で臨もう。
「いやいや、そんな全力でやってるわけじゃないでしょーが。」
…相方に思考を盗聴された。怖い。

 閑話休題。なんとか休憩前最後の一時間をやり遂げた。その最中になんだかんだ手首がぶっ壊れることはなかったので一安心。
「じゃあ先輩たちは休憩行ってきてください!かなりここまで忙しかったから、多少ゆっくりしてきても大丈夫ですよ!」
「そうですよ!少しくらい学園祭満喫してきてください!」
今日同じくシフトに入っている後輩たちが口々に言う。みんな特に由香里を見てニヤニヤしながら言っているのはなんだか気味が悪いが、その申し出はありがたい。
「それじゃあお言葉に甘えよっかな!ね、とーるもいいよね?」
「休憩ゆっくりくれるって言ってくれてるのにそれを断る理由はないしな。行くか。」
俺と由香里は気持ちゆっくり休憩をもらうことにした。

 とりあえずお昼を回っているので何かは食べたいところだ。
「由香里、何か食べたいものあるか?」
一先ず由香里に希望を訊いてみた。
「えっと…何があるんだっけ?」
「ほら、これパンフレット。」
「ありがと!」
由香里はパンフレットに目を通す。
「和服喫茶、お祭り飯、メイド喫茶…結構去年なかったやつもあるんだね…あ!これがいい!」
そう言って由香里が指差したクラスに行くことにした。

 その結果、
「こちらがアフタヌーンティーのセットになります。ごゆっくりなさってくださいね。」
そのクラスではかなり本格的な英国式のアフタヌーンティーが提供された。無論、イギリスなど行ったことがないので、本格的かどうかは判断できないが、パッと見本格派っぽい!
「由香里、こういうの興味あったんだな。」
「あれ?言ってなかったっけ?あたしさ、従姉がいるんだけどね、イギリスの大学に通ってるんだよね。だからちょくちょくイギリスの写真とか紅茶とかうちに送ってくれるんだけど、ちょっと自分でも経験したくてさ。」
なんか以前そんなことを言っていたような気もする。ちょっと記憶が曖昧だが。

「まあ、とりあえずいただこうか。」
「そだね!」
そして由香里はまず紅茶をひと啜り。
「普段あまり飲まないけど、結構美味しいね。」
「従姉から送られてくるんじゃないのか?」
「大体ママが飲んじゃうんだよね。ママ紅茶好きだから。」
なるほど。たしかに俺も父さんからお土産が届いた時とか、大抵歩実あゆみに半分くらい…いや、それ以上持っていかれるもんな。家族にとられるのはどの家庭でもあるあるなのかもしれない。

「ちなみにとーる…あのー、こういうアフタヌーンティーってマナーとかってある?」
由香里が俺に尋ねる。
「まあ…なくはないけど、学園祭の出し物でそこまで気にするか?」
「気にしなくてもいいくらいカジュアルなのはわかるけど、気になっちゃうの!」
ホントにコイツはいつも、変なところで真面目なんだよな…
「ならわかったよ。とりあえず守るべきなのは下の段のやつから食べていくことだったはず。」
俺もちゃんとやったことないからあまり詳しくはわかってないが。
「今回の最下層はサンドウィッチだから、サンドウィッチから食べるのが妥当かな。」

「え、今回はってことは順番違うことあるの?」
「いや、基本的には同じだったはずだけど、従姉から送られた写真だとサンドウィッチの層の下にサラダとかピクルスとか置いてあることなかったか?」
「あー…なんか野菜みたいなのはあったかも!」
「そういうのをアミューズって言うんだけど、ある場合とない場合があるんだよ。で、あればアミューズから食べるってだけ。」
「なるほど、完全に理解!」
多分こんな感じだと思うんだけど、どうだろうか。有識者の方、教えてください。

 由香里はサンドウィッチに手を伸ばした。そして一口齧る。
「ん!これ結構美味しい!とーるも食べてみなよ!」
そう言うと、サンドウィッチを持った手を俺に向けて伸ばした。
「いやいや、なんでもう一個同じやつあるのにわざわざ食べかけ食べさせようとするんだよ。」
「つれないなー。」
由香里はなぜか不満そうだ。ただ由香里が美味しいと絶賛していたので、俺ももう一つのサンドウィッチに手を伸ばし、一口。
「お、たしかにこれ美味しい。」
味付けも程よく、具材のバランスが取れたBLTサンドだ。

 続いてはスコーンだ。あ、そういえば…
「由香里、忘れてた。スコーン食べるのもマナーがあるんだよ。」
「そうなの?!」
「ああ、スコーンはナイフで切るのもそのままのサイズで齧るのもNG。手で割って食べないといけない。」
たしかスコットランド王の椅子の礎石がモチーフだから、そんな神聖なものにナイフを入れるな、みたいなことじゃなかったかな。そのままのサイズで齧るのNGは…そりゃそうか。ってあれ?となるとサンドウィッチも切り分けて食べるべきだったかな。やらかしたかもしれない。

 閑話休題。そして最後はケーキ…いわゆるペストリー…だったかな。様々な種類の小さなケーキが並んでいる。とりあえず一つ、チョコのケーキと思しきものを摘む。口に運ぶと、思っていたよりビターな味わいにやあや驚きつつも、その美味しさに舌鼓を打つ。
「とーる、美味しいって顔してる。あたしも食ーべよっと!」
由香里はピンクのケーキを口にする。いちごのクリームのケーキだろう。
「ん!これも美味しい!」
このアフタヌーンティー中ずっと、由香里は楽しそうで満足そうである。

 しばらくして、あらかたケーキを食べ終え、お互いポットから最後の一杯を注ぎ、会話しながらゆっくり飲んでいる。
「そういえばとーるさー、昨日はあたしたちの漫才以外にどこ行ってたの?」
話題は昨日のことになった。
「とりあえず漫才観た後は芹奈せりなと和服喫茶行ったよ。歩実のクラスだしな。」
「出たよシスコン…」
聞き捨てならねえ…

「で、その後は桃子とうこと出会したから一緒に回ったな。金本かねもとのクラスのお祭り飯と、下北しもきたのクラスのメイド喫茶に…あ、そうだ。いい写真があるんだ、見るか?」
「え、何なに、見たい!」
俺はスマホを取り出し、昨日桃子から送られた写真を探し、見つけた。

「これこれ。」
そう言って見せようとしたところ、由香里に向かって伸ばそうとした右腕に何かが喰い込む…いや、食いつく感覚と鋭い痛みを感じた。その腕を見ると、よく見知った顔が俺の腕を実際に噛んでいた。
「痛い痛い痛い!!おい下北何すんだ!」
まさかの噂をすればご本人登場であった。
「偶然れいとこの教室に来たんです。で、とおる先輩、由香里先輩に何見せようとしてるんですか…」
あー、これ自分の黒歴史抹消しようとはせずとも、余計に広めたくないんだろうな。

「ちょっと見せてください。消します。」
(私のスマホには残ってるけど)
「俺のスマホから消したところでまた桃子から送ってもらうだけだが?」
「ぐぬぬ…」
現実でぐぬぬ…とか言うヤツを初めて見た。
「とりあえず由香里先輩の目には入れさせません!!」
「させるか!」
ここまで意地を張られたら、こちらだって意地でも由香里に見せびらかしてやる。そう思ってしまうほどに、俺は性格が悪いことを自覚する。

こうして下北とスマホを奪い合って半ば取っ組み合いになったのだが、体力はある下北だが、生憎力は弱く、さながらまだ懐いていない飼い主に噛みつこうとする子犬のようで割と愛くるしい…のだが、またいつ物理的に噛みつかれるかわからないので気は抜けない。それにしてもこの取っ組み合い…絶対アフタヌーンティーを提供しているクラスでやるべきものじゃない…!もっと部室とか練習場とか外とかでやるべきものだ、と今更ながら思う。もう手遅れだが。
「由香里センパイ、あの二人、やっぱ仲良いですね。恋敵…」
「ほんとに、全く油断も隙もないよね、心愛ここあちゃん…そういえばとーるが見せようとしてた写真って何だろう。」
「あー、多分それなら…あたしも見たいし、どさくさに紛れてこっそりきしセンパイのスマホ抜き取りません?」
「乗った!」

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