西村賢太と挫・人間
これはある編集者の人が書いた、私のことだ(『本の雑誌 特集 結句、西村賢太』2022年6月号)。
2015年頃だかに「西村賢太」でエゴサをしていたら、ファンの人が、挫・人間も好きだと書いていた。
知らないバンドだったが、西村ファンの好きなバンドならば、と思ってYouTubeで見てみたところ、歌詞があまりにも私小説すぎて、ビックリしてしまった。
何しろ作詞者の名前がタイトルや歌詞に出てきて、しかもそれが1曲ではすまない。
ボーカルの下川リオの自画像が、全曲に亘ってちりばめられていて、まるで私小説の短編集を読むようだった。
当時の数曲をダイジェストして紹介すると、下川リオとはいじめられっ子で学校では同級生を殺すマンガを書き、いつもトイレ掃除をさせられていて、付いた渾名はキモ川りょう。引きこもりで友達もいないので週末だけ全能感に満ち溢れるものの、大学ではサブカル王子と呼ばれても成人式には呼ばれず、卒業できずいつまでも親のすねかじりで「バンドマンは10代までだよねー?」とギャルに嘲られ、「収入はどのくらいですか?彼女いるんですか?」と蔑まれる。今は、売れたくて音楽で食いたくて、人生を続けたいのに、雑誌のレビューに売れないと書かれたりして、セルアウトして流行りのJポップの曲を作るべきか禅問答しつつ、「あの頃はポケモン言えれば天才だったね…」と子供の頃のことを思ったり「こ、こ、こ、こんな人生嫌だーーーー!!!」と絶叫したりしている。
…こういう曲しか、ない。
他には、裏声で美少女に成り代わって兄への愛を高らかに歌い上げる歌、とか、裏声で美少女に成り代わって大人の女性に変身する歌、など。
ここまで晒して大丈夫なのか?!と思った。
何んか解らんけど、いや、確実にすごいんだけど、いいのこれ?
どうしよう?
何をどうしよう、なのかは自分でも謎なのだが、兎に角、どうしよう?と思ったのだ。
最近ある人に、西村賢太も田中英光を初めて読んでそう思ったんですよね?と指摘をもらって、ああ、そうだったと思い出したのだが、確かに多少は、似ていた。
それで、ある日フェイタスを貼るお風呂上りに、相談をしてみたのだ。いや、なんかちょっとすごいんだよね、と。「裏声で美少女に成り代わって兄への愛を歌い上げる歌」があるんだけど、この下川リオって、実際に小学生の妹いるみたいなんだよね、いいんかな?と。
「えぇ? どれ。見せてみろよ」
うつ伏せのまま私のiPhoneで動画を見始めたけんけんは、数時間後、仕事部屋から出てくるなり、正体見たり、とでも言うかのようにパタリとiPhoneを置いた。
「…下川。馬鹿だな」と御沙汰が下った。
それは、「うむ、気に入った」に聞こえた。
(…いや、仕事してなかったんかい!!!)
これ以来、下川リオは「下川」呼ばわりされることとなった…どころかけんけんは、金をやるからCD買えだ、東京持って帰るからそのCDコピーしろだ、歌詞カード老眼で見えねえから拡大コピーしろだの言って、早い話が、私よりもずっと、挫・人間にハマってしまったのである。
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