青色のノスタルジア8
なんだ‥
目の前はどこまでも漆黒の闇。
自らに目があるのかさえも分からない。
思いなしか赤ちゃんの時の記憶が蘇ってくるような心地よさ。
水の中にいるのか?
いや、俺、死んだよな。
ここは下界なのだろうか
たった15年間の人間界での歩みだった。俺の名前は石田稲荷。高校受験を控えた平凡な毎日を送っていた中学生だ。
平凡過ぎたなー
こんな事ならもっとアグレッシブに生きていれば良かったぁー後悔は何してもするって言うしなもし生まれ変わったら人生を謳歌しよう。
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感覚的に少なくともあの地獄から3日は暗闇の中だろうか。空腹にならない、おまけに何も感じない。
生理現象は諸々こない。
ただ何も見えない、感じない中ゆっくりと時間が過ぎて行く。
はっ!
目の前に広がるのは今まで見たことのない景色。周りには木々が立ち並び、広さはサッカーコート程度、開けた原っぱだ。
丁度コートの中央に位置している。
「‥‥」
さっきまで盲目だった両目に光が刺さる。
その瞬間、自分の肉体が無傷な事を確認する。誰かが脳に訴えてくる。
言語では無い、テレパシーか、次元が違いすぎて分からない。
だが、しっかりと理解できる。
『ここはエデン始まりの場所』
脳に急激な負荷が掛かる。
『貴方の過去はどんな色』
「くっ、、」
不意に頭を押さえる。
眩い光と共に映し出された光景は
本能的ノスタルジアがあった。
「ここは‥」
懐かしさを感じるもののイマイチしっくりこない。だだっ広い田舎という感じだ。それもそのはず、ここは異国の地アメリカ。
稲荷が住んでいたのは日本である。
さっき、テレパシーで伝達された情報が正しければここは過去だよな。って事はこれは死後の世界にいく段階ってわけか。
彼は勝手にそう解釈した。
「始まりの場所、エデン」
あれが天国なのか。地獄なのか。
あの真っ暗なよく分からない空間は何なんだ。何も見えなかったし。
そう考えているうちに、稲荷の視界には2人の姿が映し出された。
ここは本当に過去。
無作為に草をむしる事、走ることも容易だ。肉体は復活している。
服は拷問をされる前の服であった。
心底ホッとした様だ。
誰だって久しぶりに肉親を見ればココロは温かくなる。
稲荷の父は稲荷が1歳前後の時に亡くなった。
母は3年前、病で倒れ救急搬送その後息を引き取った。
15歳となった姿を立派だと褒めてもらいたかった。
3年間孤児として、思春期真っ只中を生きたことがどれだけ辛かったか。
他人には分からない。
しかし、直ぐに一歩を踏み出す事は容易ではなかった。少しの恥じらい、自分を覚えているのかという不安、そして何よりも父と一度も会ったことの記憶が無い事実。
それが稲荷の一歩の足枷となる。
それは時間が経つと共に蘇る記憶が足を重くさせる。
気がつけば、立ち尽くしたまま頬に一粒の滴が顎にかけて流れる。
すぐさま出た涙を袖で拭く。
「よし!」
自らの頬を両手で覆う様にビンタをして心を決めた。
あの家まではそう遠くはない。
たかだか60メートルほど。
家の周りには木々が生い茂っていて、ほとんど森の中にいる様なものだ。
家の外見は一軒家で二階建て、2階の焦げ茶色のウッドテラスがとても主張してきている。
他のパーツはモノトーンで白と黒を基調としている。日本の家とは少しだけテイストが違う様だ。
日本は屋根が1つしかないところが多いのに対しアメリカの家は屋根がいくつかある。
もう一つ気付いた事がある。家に車庫があるものの車がないと言う事だ。
こんな森の中に住んでいるというのに。出かけているのだろうか。
さっき目撃したのは母であり、父は見かけていない。
『ピーンポン』
インターホンを鳴らすと不自然にドアが開く。まるで、ドアとインターホンがつながってるかのようだ。
「え、早」
思わずそう口にしてしまった。
ドアが開いた先に人の姿は見当たらない。
恐る恐る入ってみる。
「お邪魔します」
アメリカの家は玄関がないことは有名である。廊下が続いている。
家だとは思えない狭さに恐怖を感じさせる薄暗さ。加えて長い廊下を3分ほど歩いている。
これは怖い。
少し腰が引けた状態で猫が警戒している歩き方にも似てなくない。
引き返したくなったが、そこそこ奥まで来てしまったので手遅れだ。
「うぁっ!」
油断大敵
稲荷は右足を踏み外し、真っ逆さまに頭から穴へ落ちてゆく。
その間2秒
『頑張ったね』
テレパシーが再び脳にこびれ付いてくる。
目を開くと空中を真っ逆さまに落ちていっている。
家にいたはず。穴に落ちて、今空中?
何だこれ。
「くっ」
ジェットコースターに乗った時のような感覚を覚える。それをゆうに超えたものだった。それもそのはず自由落下しているのだから。
自分の意思では空中の中で身動きさえ取れない。
何とかして助かる方法を頭の中で試行する。しかし、人生の中で自由落下しながら考える機会はそうは無い。
もちろん、人間である以上助かる方法などない。重力に引き寄せられるままに身体は加速していく。
もし落ちるのであれば即死は必然。
もう稲荷の頭の中は軽度のパニック状態だ。放心。ただ一点を見つめぼーっとしている。
「あーもうダメだ。」
生きている心地がしない。
それもそのはず。不可思議なことばかり起こっている。
目の前に光が差し込んでから感覚的にはそこまで時間は経過していない。
それでも長く感じるのはとてつもない情報量とあり得ない出来事の連続のせい。
『君は何を望む』
『君と僕は一つになれる』
テレパシーと共に体がベールに包まれる。
地面に落ちるまであと数十メートル。
落ちるスピードは減速し始める。
なんとも不思議な力で無事着陸した。
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