バスケ女子日本代表のトム元HCと恩塚HCから考える「コーチング指導」と「師弟指導」
東京五輪銀メダルという輝かしい結果を残したトムホーバス元HC。一方先のWCで予選敗退という結果に終わった恩塚HC。
結果を受けて批判にさらされている恩塚HCですが、恩塚HCの日本代表での取り組み(もっと言えば東京医療保健大学から継続した取り組み)は今WCでの勝ち負けのみで評価して良いものではなく、バスケ界、はたまたスポーツ指導に関わる全ての人に知っていただきたいものです。
恩塚HCの取り組みは、日本スポーツ指導界に革命を起こすものであり、「スポーツ指導のパラダイムシフト」を引き起こすものです。
この取り組みの意義はバスケにとどまるものではなく、たとえば企業経営などにも波及するものとなる可能性すらあると思っています。
この記事では、そんな恩塚さんの取組みを、多くの人に知ってもらうとともに、輝かしい成績を残したトムホーバスさんの指導と対比させながら、私が以前から考えていた「指導」における「コーチング」手法と「師弟」手法について書きたいと思います。
お付き合い頂けると幸いです。
両極端なトム元HCと恩塚HCの指導方法
恩塚さんはトム元HCの元でアシスタントコーチとして日本代表を共に指導されました。
トムさんの右腕としてチームに関わり、そのまま「昇格」する形でヘッドコーチになりチームを引き継ぎました。
このことだけ見ると、恩塚さんはトムさんが作り上げ結果を出した女子日本代表をいわば「延長」し「深化」させて銀から金へとグレードアップさせるイメージを持ってしまいますが、実は恩塚さんとトムさんの指導は真逆なのです。しかも両極端な。
まずこれからの女子日本代表を見ていく上で、このことはしっかり認識しておく必要があるでしょう。
誤解を恐れず言えば、恩塚さんはトムホーバスが作りあげた女子日本代表を「スクラップ&ビルド」しているのだと。
恩塚HCのコーチングフィロソフィー
さて両者の指導が両極端だと知っていただいた上で、ではそれぞれがどういう指導方法なのかを見ていきましょう。
まずは、恩塚HCですが、これについては私が稚拙な文章を書くよりも、このnumberの記事を読んでいただくのが一番かと思います。
この記事は本当にバスケの指導に関わる全ての人に読んでいただきたい記事です!
Twitterでも長々と紹介させていただきました。
本当に是非ご一読ください。
恩塚HC批判とトムホーバスの指導
さて、素晴らしいコーチングフィロソフィーをもって指導されている恩塚HCですが、先の敗戦で批判が噴出しました。
その批判に対する考察と、トムホーバスさんの指導方法の考察をされている面白い記事がありました。
それがこちらです。
こちらの2つに記事は非常に面白いので、是非読んでみてください。
これ以降、私の「コーチング」と「師弟」の考察を書きますが、それらはこの記事の内容にふれながら進めていきます。
「コーチング指導」と「師弟指導」
さて、先ほどの恩塚さんの記事には私同様、恩塚さんのコーチングは勝ち負け以上に「スポーツ指導界のパラダイムシフト」を起こすものであり、そのことに大きな価値があると書かれています。
一方でホーバスさんの指導を「ブラック企業の経営者」的手法として痛烈に批判されてます。
また同様の手法を用いていた日本のシンクロチームを「日本チームが強いのは、外国人よりも我慢強いから、ただそれだけです。」と評されていますが、私はこの「昭和の日本的指導」を100%否定することはできません。
ホーバスの指導の根底は「師弟関係」
トムホーバスさんや、シンクロの井村さんが行って結果を出した、いわるゆるスパルタによる「昭和の日本的指導」は「コーチ - プレイヤーの関係」ではないのです。
「師弟関係」なのです。
師弟関係で大切なのは、弟子は教えを乞い、師匠は弟子を選ぶということです。
記事で書かれているようにトムは「メンタルタフネス」によって弟子を選びました。
シンクロの井村コーチも指導についていけない選手が何人も代表辞退しました。
両者共に自分の指導法が「師弟関係」に基づくものだと自覚的だったのでしょう。
ついてこれないものは容赦無く切り捨てました。つまり「破門」です。
「破門」は師弟関係による指導では非常に重要で、単に適正のない者、師匠に合わない者をやめさせるということだけではなく、残った弟子との絆を深める効果があるからです。
師弟関係による指導では、その「絆の深さ」が成長や結果に非常に強く関わってくるのです。
師弟関係による指導方法の利点
先ほども書いたように、私はこの師弟関係による指導方法を100%否定しているわけではありません。
そこが、とまべっちーさんとの1番の違いと言えると思います。またこの記事の価値かと思います。
それは師弟関係による指導には明確な利点があるからです。それは弟子が「自分だけの能力ではいけないところまで引き上げられる」からです。
記事にある宮澤選手などはまさにその典型例なのでしょう。
宮澤選手はWCで大苦戦していましたが、これは恩塚さんの元では「力を発揮できない」のではなく、トム師匠のもとでは「自分の才能を超えた力を発揮していた」と考えた方が自然です。
なぜなら、宮澤選手は高校時代には恩師星澤先生から指導を受けているからです。
星澤先生は強豪校では師弟関係的指導が一般的であった時代では珍しく、練習中にギャグを連発し、練習がうまくいかないときは罰を課すのではなく、練習を切り上げて休みにするような「ブラック企業の経営者」とはかけ離れた指導をされている方です。(ただ確かに徹底具合はすごかったのでしょうが)
その両方の指導を受けた宮澤選手が「宮澤が代表チーム内で随一のホーバス理解者だった」わけですから。
よほどトムホーバスさんを師事していたことが伺えます。
宮澤選手は、トム師匠に入門し、教えを乞うて、「自分一人では辿り着くことができないような境地に達した」のでしょう。それが起こり得るのが「師弟関係」です。
時代の流れ的にはこの「師弟関係」的指導はどんどんみられなくなっていくのでしょう。
そしてそれは正しい方向だと思います。
自分一人では辿り着くことができないような境地に達することができ、圧倒的結果をもたらすことができる師弟指導。にも関わらず時代が進むべき道はトムホーバス式の師弟指導ではなく、恩塚式ワクワクコーチングなのです。
それはなぜか?
師弟指導は教育ではない
さて、ここからが私の考察の核心部分になります。
なぜ時代が進むべき道はトムホーバス式の師弟指導ではなく、恩塚式ワクワクコーチングなのか?
それは師弟関係をベースとした指導は、一般的に「教育」ではないからです。
師匠は弟子を教育する気はないのです。
師弟関係は技術の伝達、後継者育成がメインテーマであり、たとえば弟子の人間性には興味がないわけです。
師匠に技術を一番正しく受け継ぐ者(むしろ師匠の業を超えていくもの)が後継者です。
だから、トムは「注意すると舌打ちをしたり睨み返してきたりした」選手を好んで使ったのです。
※誤解の無いように、もちろんここでは林選手や宮澤選手の人間性が悪いと言っているのではありません。
しかし、「教育」という観点を除外すれば、個の育成に師弟指導が大きな成果をあげられることは、トムホーバスさんや井村さんの出した結果を見れば明らかでしょう。
その部分に関して、私は一概に否定できないのです。
記事の筆者である、とまべっちーさんはご自身が家庭教師であることもあり、記事の中では一貫して教育という観点から両者の指導方法を語っておられます。
その観点から見ると「ホーバスの指導法は私の価値観からはまったく受け入れられません。」となることは必然です。
師弟指導が教育でない以上、その指導法は一般のスポーツ指導にも企業経営にも使えません。
それなのに、そこに持ち込んでしまうと、「ブラック部活」や「ブラック企業」になってしまうわけです。
だから師弟関係による指導が成立するのは芸術やトップアスリートなど一部の狭いコミュニティだけです。
時代が求めている指導はコーチングによる「教育的指導」
ただ単に勝てばいい、という価値観が強かった時代(現在でもこの価値観で生きている人は多くいますが)は師弟指導でよかったのでしょう。
いや、むしろ師弟指導の方がよかったのでしょう。
しかし、現代に求められているのは「勝ち以上の価値」です。
それは、豊かな人生を送ることであったり、周りの人を幸せにすることです。
それらをスポーツを通じて獲得しようというのが、今求められていることです。
「豊かな人生を送ること」「周りの人を幸せにする人間になること」これはまさに教育です。
これがJBAが提唱する「バスケで日本を元気に」というスローガンにつながるわけです。
この「バスケで日本を元気に」というスローガンは最初、意味が全然わかりませんでしたが、最近になり、このようなことをずっと考えているうちに段々とわかるようになってきました。
バスケットボールでの経験が、豊かな人生につながる。
このような理念を考えた場合、その指導法は広く一般のスポーツ指導にも企業経営にも使えなければ意味がありません。
なぜなら、多くの人は競技バスケットボールを辞めた後も、様々なスポーツを楽しみ、一般企業で働いて生活するからです。
だから私は、師弟指導をある一定評価しながらも、人間の教育に最も重心を置いている恩塚さんの「コーチング」に心の底から賛同し期待しているのです。
失われるものへの哀愁
しかし一方で、師弟指導が廃れることによって「自分の才能以上に引き出される経験」をする人が少なくなるのかな、と思うと自分の経験を振り返って少しノスタルジックな感傷を覚えます。
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