『鬼滅の刃と母の呼吸』
モール街に赤ん坊の泣き叫ぶ声が響いていた。運悪くその泣き声は映画館を出たばかりの半沢の進行方向からだった。
二人の若い女がイライラしながらギャン泣きする赤ん坊を懸命にあやしていた。大声で怒鳴りつけたいのを堪えているかのようだったが、幼児虐待について何かとやかましく言われるこの御時世、下手な事は出来ない。
通行人は何人もそれを遠巻きに見ながら歩き去っていった。
一人が母親で、もう一人は母親の姉妹か何かなのだろう。どちらも派手めの服を着ていた。別に地味でも派手でも好きな服を着て構わないのだが、世間はそんな風には判断しない。外見と中身は密接に関係しているのだから。
半沢はいつまでも赤ん坊を静かにさせられない女達に、もどかしさやイライラをつのらせていった。あんまりうるさくて見苦しいので、半沢は柄にもなく赤ん坊の方に近づいていった。
「ちょっといいですか?」
そう言うと半沢は女の手から子供を取り上げ、タカイタカイをした。するとあんなに泣き叫んでいた子供が1分もしないうちに笑い出した。
「すいません。ありがとうございます」
女達は丁寧に半沢に頭を下げた。まるで神様でも見ているかのように感動的な表情をして、その奇跡を堪能しようとしているかのようだった。
そんな健気な二人の年若い女に対して、半沢は柔和な顔をしながらこう言い放った。
「あんたたちは臭い。ヤニ臭い。酒臭い。体臭も口臭もキツイ。だからこんなに子供が泣き叫ぶんだ!ギャン泣きする親は昔から臭いと決まってるんだ!」
女達は半沢のその柔和な表情とは裏腹のあまりの傍若無人な発言に、自分達が何を言われているのかさえもよく理解出来ていないようだった。
赤ん坊をベビーカーに戻しながら半沢はこう言い添えた。
「あんた方はもう子供には近付かないで!臭いから!」
たじろぐ女達を尻目に半沢はその場をサッサと立ち去った。
「俺は今日から人を喰って生きていってやる!俺は鬼として今日こそ覚醒するのだ!」
半沢は公開されたばかりの『鬼滅の刃』を見て、映画館から出てきたばかりだったのだ。
おしまい