死して屍拾う者無し -Witch of Funeral-
魔術を使う女を生かしておいてはならない
-出エジプト記 22章 18節-
†
俺はひとつ息を吸ってから、自らの左腕に短刀を突き立ててみた。ぞぶり、という肉を切る感触。
痛みはない。血も流れない。それどころか、確かに深々と切り裂いたはずの傷が、たちどころに塞がった。
どうやら俺は完全に、化物の仲間入りをしてしまったらしい。
『霧の森』はその名の通り、常に乳白色の淡い霧で満たされている、鬱蒼とした森だ。
木立の陰から、一人の少女が姿を現した。
「理解した? 君はもう、死んでいるんだって」
黒髪の少女は、愛らしく微笑んだ。
〈傀葬の魔女〉ダリア。
死の淵から俺を蘇らせた、屍霊術師。
俺は長剣を抜き、躊躇なく斬りかかる。
刃は、彼女の首元数センチのところで止まった。
否、俺が止めてしまっていた。
意思に反し、剣をそれ以上近づける事が出来ないのだ。
「『安全装置』ぐらいかけてるって」
魔女は哂う。俺は剣を降ろした。
「……魔女を狩るはずの異端審問騎士が、返り討ち。蘇生され、使い魔として使役させられる――か」思わず天を仰ぐ。「悪い冗談だな」
「誤解してるけど、君たちを殺したのはボクじゃないからね?」
「じゃあ、誰が」
――低い唸り声。
森の奥から、巨大な狼が現われた。
体毛は夜のように黒く、死肉に群がる蛆のように蠢いている。
騎士団を鏖殺した、超常の獣。
「〈影撫の魔女〉シェド。ボクの心臓を食べようと、狙ってる。あの狼は、シェドの使い魔」
「来るぞ」
「ねえ、ボクを守ってくれない?」
「断る」
狼が、ダリアに飛び掛かる。
今度は、動きが見えた。
俺は、反射的に、剣でその攻撃を防いでしまっていた。身体が軽い。力が漲る。
畜生。生きている時より、調子がいい。
「助けてくれたらお礼をするよ。誰か生き返らせたい人とかいないの?」
――魔女の甘言に耳を貸すな。
理性の声。
裏腹に、俺の脳裏には、先週この世を去った妹の笑顔が浮かんでいた。
【続く】
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