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緋色の白刃/スカーレット・ホワイトブレード

 通学中の電車で痴漢を目撃した。侍だった。
 白髪雑じりの中年男が、若いOLの身体を無遠慮にまさぐっている。
 その行為を咎める者はいない。理由は、男が腰に佩いている刀だ。平民が侍の行為に口を挟めば、無礼討ちにされても文句は言えない。女性もそれが分かっているから、助けを呼ぶ事もできないのだ。

「やめなよ、おじさん」

 凛とした声が車両の中に響く。
 俺の隣にいた紅緒が、いつの間にか男の後ろに立っていた。止める間もなかった。

「なんだ、お前は──」

 お楽しみを邪魔された男は躊躇なく抜刀する。
 禍々しい妖刀だった。刀身は赤く輝き、炎を纏っている。
 妖刀から放たれた熱波が、紅緒の長く美しい黒髪を靡かせる。乗客たちは慌てて二人から距離を取った。

「無礼討ちとする」
 男が妖刀の切っ先を紅緒に向ける。
「無理だよ」
 彼女は怯む事無く、自らの腰の刀を鞘ごと眼前に掲げた。

「お疲れ」
 俺は、自動販売機で購入したポカリを紅緒に渡す。彼女は礼を言って受け取った。
 紅緒は、駅のホームのベンチに力なく腰かけていた。二人で遅刻確定だ。
 あの後、男は恥をかかされたとして〈六波羅〉に紅緒との果たし合いを申請した。侍同士の正式な殺し合いだ。申請は十五分で受理された。期日は来月一日。二週間後である。
 紅緒は自身の妖刀を抜く。
 全く輝きを持たない、くすんだ金属光沢──〈灰刀〉だ。
 男の妖刀は〈赫刀〉にまで育成され、刃技覚醒も済ませているようだった。
 勝ち目は、ない。

「後悔してる?」
「まさか」紅緒は首を振る。

 弱みを見せまいとする姿。
 彼女の横顔を見て決意する。
 死なせてたまるか。
 平民の──只の鍛冶師の倅である俺と『友人』でいてくれる彼女を。

 その時。
 スマホから、けたたましい警報音が鳴り出した。
 妖魔出現アラート。

 好都合だ。妖魔を狩り、少しでも彼女の刀を育てなければ。
 スマホを確認する。出現座標は──

「ここだ」

 悲鳴。
 駅のホームに、電車並みのデカさの大百足が滑り込んできた。

【続く】



 

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