妖魔開闢 -蜘蛛と殺し屋/竜の魔眼-
「先輩、なんか超でっかいダイヤがあるんですけど、さすがに偽物ですよね」
整理整頓が行き届いた書斎。
壁際のキャビネットに顔を突っ込みながら、ユズが呑気な声を上げた。
高校の制服のスカートが揺れる。
「換金目的じゃない。物取りの犯行に見せるためにやってるんだ。手当たり次第、鞄に詰め込めばいいんだよ」
俺は、マホガニーの机の抽斗を抜き、中身をぶちまけながら答える。
「捨てるんでしたっけ。勿体なくないですか?」
「盗品は高価なほど足が付く。教わらなかったか?」
「何も。基礎は全部OJTで習えと言われました」
溜息を吐いた。
殺しの実地研修。何の冗談かと疑いたくなるが、灰澤からも言われている。
俺の任務は二つ。
一、ユズに、殺しの基礎を教える事。
二、ユズが、この世界でやっていけるかどうか見極める事。
正直に言って、気が進まない。
腕時計を確認する。
標的が帰宅するまで、あと三十分。
その時――。
書斎の窓ガラスが割れた。
何者かが飛び込んでくる。
反応が遅れたのは、そいつがあまりにもふざけた見た目をしていたからだ。
侵入者は、まるで蜥蜴と人間を掛け合わせたような姿をしていた。
全身がびっしりと鱗に覆われている。
手には、大振りの柳葉刀を握っていた。
蜥蜴人間は突きを放った。
鉄が肉を貫く音。
切先がユズの豊かな胸の間――心臓のある位置へ、深々と突き刺さる。
ユズが血を吐いた。
即死だ。
俺は、懐から銃を取り出すと、蜥蜴人間へ向かって撃った。
鳴り響く銃声。
蜥蜴人間は、頭に銃弾を喰らっても、平気な顔をしていた。
銃が、効かない。
「鉛玉じゃダメですよ、先輩――」
声が聞こえた。
「私達みたいな化け物には、『銀』で出来た武器じゃないと通用しません」
胸を貫かれて死んだはずのユズが、笑みを浮かべている。
「言ったじゃないですか。OJTです。もっとも、教えるのは、私ですが」
彼女の背中が裂け、そこから巨大な蜘蛛の脚が生えてきた。
【続く】