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タイトルいるんやって

無職になった。
そう、僕は職を失ったのである。
アルバイト時代から数えたら10年近く働いてきた職を手放した。手放した、というと語弊が生まれる。事実上のクビである。そこに関しては込み入った事情があるし、手続きがまだ途中なので詳しくは伏せておこう。
この10年近く、僕の生活の中心は仕事であった。というか、仕事に合わせて生活をしなければいけないような労働環境であったのだ。日が変わる前に起床し仕事を始め、お昼すぎに仕事を終え帰宅し、また日が変わる前に起きる生活。昼夜逆転かつ、誰ともほとんど会えるような生活ではなかった。それでも若さ故に会いに行ったり遊びに行っていたりしたが。家に風呂、ご飯、寝るためだけに帰る日々。ぶっちゃけ、他のことをするような余裕はなかった。たまに、余裕がある期間があって、noteを書いていたり、バンドしていたりしたが長くは続かなかった。
そんな生活だったのだが、突然生活の中心である仕事をしなくてよくなった。


開放感よ。

ここまで次の日起きる時間、寝る時間を気にせず、仕事のことも考えず、したいことをし、気になることを調べたり、勉強したりする時間。なんと幸せであることか。自分の時間を取ることができる、自由を数年ぶりに噛み締めた。とても日々が心地よく、楽しく過ごせている。

振り返るとよほど余裕がなかったのだな、と思う。家に帰れば服は脱ぎ捨て、風呂に入ったあとは飯を食べて片付けもせず、死んだように眠ることが日常であった。もちろん家族には申し訳無さも感謝の念も感じてはいた。しかしながら、体が動かないのである。10数時間働いてきた身体は一刻も早く睡眠を欲していた。それ以外出来ない日もあった。今思い返すととても酷い生活だったと思う。
今はどうだろうか。家事を手伝える余裕も生まれ、家族とのコミュニケーションもとれる。数年ぶりに母親と買い物しながら談笑もできた。出来なかったことができるようになったのだ。生活が一変した。

無職になった。この話をすると何人かはやはり心配の声をかけてくれる。友人として当たり前であろう。この先の不安は拭えないのも事実だ。だが、悪いことばかりではないと僕は言いたい。見えなかった、出来なかったことをするいい機会だと思って、なんでも挑戦する期間であれるよう過ごしていこうとおもうのだ。それに、なるようになると思っている。これからどうあがいても、生きていくしかないのだから。

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