A.M 5:00 やよい軒
どんなものでも「はじめて」には価値がある。
カツオ、松茸、ホームラン、サンマ、おつかい、セックス・・・
とにかく私たちは「はじめて」の物事を特別視してしまう。
それならば、毎朝、開店と同時にやよい軒に入る私も、その日「はじめての客」として特別扱いされるのだろうか。
やよい軒
リーズナブルな価格、豊富なメニュー、ご飯お代わり無料。
定食屋三種の神器をそろえた有名チェーン店だ。
私の家から徒歩5分ほど行くと、やよい軒がある。
その店舗は、朝5時から営業している。
これは他の店舗に比べても早い方だと思う。
私はこの店に朝5時ちょうどに入店する。
なんとなく眠れなくて昼夜逆転生活が始まった。
一度逆転した生活リズムを戻すには気合が必要だ。
一日だけ無理やり起きる、みたいにしてどうにか眠気を通常の時間帯に持ってくる必要があるのだ。
しかし、私はそんなことしたくない。
生活リズムなんぞのために苦しみたくはないし、頑張りたくもない。
そうして出来上がったのが7時寝14時起の生活だ。
朝4時40分、もう何周目かもわからない『金色のガッシュ!!』を読み終えると、なんだかお腹が減っていることに気が付く。
開店まではもう少しある。押し慣れたYouTubeのアイコンをタップし、おすすめ欄を適当にスワイプしていく。
特段興味があるわけでもないが、「宇宙の不思議」みたいな動画を倍速試聴する。
何も考えず、と言ってもマインドフルネス的な「考えない」とも違う、空っぽの時間。
時計を見ると4時44分。なんて不吉な文字列!
もう5年は着ているよれよれのTシャツに、ポリエステル100%の半ズボンで部屋を出る。
空はうっすらと明るい。しかし、まだ夜が優勢だ。
適度に風が吹き、空気はちょうど心地よいくらいの涼しさ。酷暑だのなんだの言われているのが嘘みたいだ。
配送のトラックが一台だけ通る道路を、カラスがステップを踏むように飛び跳ねながら横切っていく。
この時間の空気は、緩やかな下り坂のように気持ちよく足を運ばせてくれる。
一切の抵抗なく体がなめらかに進み、気づけば、目の前にやよい軒があった。
スマホを取りだし、5:00の表示を確認する。
「路上喫煙禁止」と書かれた看板の下でタバコを吸う金髪の大学生たちを横目に、扉を開いた。
入口に設置された食券機で、手早く「朝食メニュー」のボタンを押す。
切り替わった画面にノータイムで反応し「しらすおろし定食」をすると、自分も機械になったような気分になる。
ペイペイで支払いを済ませると「発券中です」の声。
吐き出された食券を持ち、いつもの席へ向かう。
おかわりコーナーの真横の席に座り、セルフの水を入れながら店員が来るのを待つ。
誰もいない店内、ちぎられる食券、あとは配膳を待つだけ。
やよい軒アプリを開き、食券についていたコードを入力する。
すると、米粒レースとかいうしょうもないミニゲームが始まる。結構な回数やっているが一度も勝ったことがない。
八百長レースを終えると、スタンプが溜まる。そして、定食もやってくる。
白米、みそ汁、パックの味海苔、豆腐、生卵、大根おろしwithしらす。
大根おろし、豆腐、生卵にそれぞれしょうゆをかけ、準備は完了。
白米以外の要素につき1杯米を食べる。
味は、まあ美味しい。
食べている間のことはあまり覚えていない。
何も考えず、米と合わせて食べるだけ。簡単な作業だ。
気が付くとお皿が空になり、お腹は満たされる。
店内には、私一人。
誰も入ってこなかった。
店を出る。
外はだいぶ明るくなっていて、もう朝という感じ。
道路にはトラックに加えてゴミ収集車が顔を出している。
交通量の増加に伴いカラスは歩道側を歩いている。良い心がけだ。
寄り道することもなく、まっすぐ家に帰る。
不思議なことに、5時の空気は帰りも下り坂を提供してくれる。
段々と明るくなっていく空を背に、自宅へと歩を進める。
また一日がはじまる。
微かな満足感を胸に、郵便受けを開いた。
朝刊はまだこない。