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祖父と紫陽花 #シロクマ文芸部

「紫陽花を見つけたら、そこを左に曲がるんだよ」
 幼い僕に祖父はそう教えてくれた。

 もう亡くなった祖父との思い出はそう多くはないけれど、この日のことはよく思い出す。
 おばあちゃんは僕が生まれて少しして病気で亡くなっていたので、僕がたまに遊びに行く祖父の家には、父の兄である叔父さん夫婦と祖父が住んでいた。
 これは祖父が亡くなって、僕も大人になってから聞いた話なのだが、祖父は昔からギャンブルとお酒が好きで祖母をよく困らせていたらしい。だから、僕の父を含む子供たちはあまり祖父のことを好きではなかったと。
 祖母が亡くなり、祖父もだいぶおとなしくなったようだが、それでも基本的には不機嫌な人だったという話を聞いた。

 僕からしたら祖父にそんなイメージはなかった。というのも、祖父は僕に優しかった。いや、僕にだけ優しかった。
 僕の他にも孫は何人かいるのに、僕にだけ小遣いをくれることもあった。子供ながらに特別扱いをされている実感はあった。その理由は分からなかったが、理由はなんであれ無条件に可愛がられることに不満などなかった。
 父もこのことに気がついていたはずだが、何かを言及することはなかった。いくら好きではない祖父とはいえ、自分の息子を可愛がっていることに不満はなかったんだと思う。

 ある日、僕たちだけの家族が祖父の家に遊びに行くと祖父は僕にお小遣いをくれた。
 お小遣いをもらったことを母に報告すると「あら、よかったわねぇ」と母は言ったが、その言い方が妙によそよそしかったのを覚えている。今考えると、母も父から祖父のことを聞いていてあまり好きではなかったのかもしれない。確かに母が祖父と楽しく話している姿を見たことがなかった。

 お小遣いをもらった僕は、このお金でお菓子が買いたいと祖父に言った。祖父は駄菓子屋までの道順を説明してくれた。
「家の前の道を駅の方向に進むと、二つ目の信号を越えたら左手に紫陽花が咲いている場所があるから、そこを左に曲がって真っすぐ行くと駄菓子屋があるよ」と。
 僕は言われた通りに一人で駄菓子屋へと向かった。紫陽花の花だけ見失わないように注意深く歩いた。駄菓子屋に着くとお菓子を好きなだけ買って、帰り道も紫陽花を目印に戻った。
 その紫陽花はとても綺麗な色だった。青と紫の中間のような色で、見ていると心が落ち着くような、それでいてワクワクするような、そんな色だった。

 今日はパチンコ屋に行くと決めていた。
 昨日の負けを取り返したい。寝る前からそんなことばかり考えていた。スロットのジャグラーという機種が打ちたくて仕方がないのだ。
 ジャグラーというのはシンプルな機種で、当たりが確定すると画面左下の『GOGOランプ』というのが光る(僕らはこれをペカると呼ぶのだが)
 このペカったGOGOランプの色というのが、色気があるというか何とも綺麗な色をしている。言われてみれば、あの日の紫陽花の色に似ているかもしれない。
 とにかくGOGOランプをペカらせたい。その一心で僕はパチンコ屋へと向かった。

 なるほど、僕と祖父は似ているのだろう。


(了)





久しぶりにこちらの企画に参加させていただきます。
お題があると、制限になるようでいて逆にアイデアが湧いてくる感覚があるので書いていて楽しかったです。
紫陽花は僕も個人的に大好きな花のひとつです。

宜しくお願いします。

最後まで読んでくださりありがとうございます。サポートいただいたお気持ちは、今後の創作活動の糧にさせていただきます。