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忙しいのにアンニュイ #青ブラ文学部


久しぶりにこちらの企画に参加させていただきます。
宜しくお願いします!





 壁に叩きつけられたピザを眺めるような死んだ目で時計を確認すると、あれからニ時間も経っていた。
 相変わらず白紙のままの原稿。その前で途方に暮れていたら電話が鳴った。
「お疲れ様です。先生、ネームの方は順調ですか?」
 担当編集の山口さんだ。
「ええ、今日中には終わると思います」終わる見込みはないけれど、いつものように返した。今までだってこんな綱渡りを続けてきたのだから。
「先生、あと三週で終わってしまいますが、最後まで頑張りましょう。待っている読者のために」
「……そうですね、頑張ります」

 憧れだった週刊誌の連載が決まった時、私は天にも昇る心地だった。だが、得てして夢というのは叶えてからの方が困難が待っているもので、漫画家というのも例外ではなかった。
 想像はしていたが、まず週刊連載というのは思った以上にキツかった。単純に描く速度が遅いというのもある。これは私の技術不足であろう。この点はアシスタントの川田さんに助けられた部分は大きい。

 川田さんは私より一回り年上で、その分キャリアも長い。背景なんかをお願いすると私なんかの倍の速度で仕上げてしまう手の速さがあった。
 一度そんな川田さんの作品を見せてもらったことがある。正直、よく出来ていた。コマ割りなんかも上手いし、キャラクターも立っていてキャラ同士の対比も上手に描かれている。ストーリーも『起承転結』を意識してるんだなというのが伝わった。だが、個性というものを感じられなかった。上手いのだけど心に残るものがない。
 後半の部分は伏せて、上記の感想を好意的に伝えた。おそらく、最後に感じた本音の部分は編集者に何度も言われたことがあるだろうから。
 普段無口な川田さんも、自分の作品が褒められると謙遜しながらも笑顔になった。目尻の皺が魅力的だった。この人も私と同じでただ漫画が好きなんだと分かった。

 他人のことなど言ってられない。
 先日突然の打ち切りを告げられ、あと三回で連載が終了してしまうのが今の私の現実だ。
 ギャグ漫画で新人賞をいただき、それが担当山口さんの目にとまり、あれよあれよと連載が決まった。
 評価されたのはギャグというより画力だったらしい。特にヒロインの女の子が魅力的だったと話を聞いた。連載はもちろんギャグ漫画かと思っていたがそうではなかった。今、誌面でギャグ漫画の枠は埋まっているらしい。恋愛学園ものを描いてみないかと打診があった。描いたことがないジャンルだったので自信がないと素直に告げたが、コメディ要素を入れ込んでストーリーの方は一緒に練っていきましょうと口説かれた。それならばとお願いした。それに、こんなビッグチャンスを逃す手はなかった。

 打ち合わせを何回か重ね、最初のネームを見せた時も手直しが入った。
「この辺のギャグは削っちゃって、もっとヒロインを出していきましょうよ」
「このセリフに対してヒロインが照れた表情のコマを入れません?」
 こんなやりとりで自分に求められているものが薄々分かった。だが、自分としてはコメディ要素はどうしても外せなかったしやりたかった。

 結果として第一話は、お互いの言い分が半々ぐらいのバランスで世に放った。
 出だしの評判はまずまずだったらしい。アンケート市場主義。人気のない作品は容赦なく打ち切る雑誌だということは私も承知していたし、山口さんはもっと身に染みていた。だからこそ、人気が出る作品にしようという二人の目標は合致していた。

 美少女とエロこそが人気を伸ばすという信念のもと、山口さんの要求はエスカレートしていった。その情熱は伝わっていたのだが、振り切れずにいた自分もあった。
 間をとってヒロインのライバルとなる女の子を三人ほど増やした頃、打ち切りの知らせが入った。

「先生、今回は残念ではありますがこれで終わりではありません。次の作品に繋がるよう、悔いを残さず最後まで走り抜けましょう」と。
 しかし、あと三回でどのように物語を終わらせようか。女の子のキャラを増やしすぎてストーリーも散らかっている状態だ。山口さんは王道のヒロインと結ばれるハッピーエンドを勧めていたが、最後なので先生の好きなように締めてくださいとも言っていた。
 無難にハッピーエンドで終わらせようか。この連載が終わったら、次のチャンスがいつ回ってくるかは分からない。だからせめて爪痕を残したいというのはある。
 山口さんの言うことが本当に読者の求めていることなら、最後に思い切り振りきってみようか。パンチラどころではない、紙面で表現できる限りのエロティシズムで埋めつくしてみようか。それとも、やりたかったコメディやギャグ満載にして最後の花火としようか。

 そんなことを考えながらも、いまだに原稿は白紙のままだ。
 もうすぐ川田さんもやってくる時間だ。締め切りの時間は今週も迫って来ている。
 この連載が終わっても自分は漫画を描き続けるのだろうか。なんにせよ、こんな日のことをいつか懐かしがったりするのだろう。この忙しいのにアンニュイな日々を。


(了)


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