あの人が来店したらかけるレコード
映画『カサブランカ』で、ボギーがお店に現れたらピアニストが『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』を弾くというシーンがありますよね。
あれ、おそらく全世界のありとあらゆるバーで、同じようなことを真似していると思います。
はい。お店をやっている人間にとって、特別なお客さまが来店したら、その方が好きな曲を演奏するとか、あるいはその方が好きなレコードをかけるというの、すごくやってみたいものなんです。
あなたはそういうことをしてくれるバーやカフェはお持ちですか? めったにないですよね。
ちなみに僕はせっかくバーを経営していて、毎日そのバーに立っているのだから、そういう「あの方が来店したらこのレコードをかける」っていうのをずっとやってみたかったんですね。
でも、bar bossaの場合、「ボサノヴァをかける」って決まっているので、そんなに「みなさんの期待に応えられるレコード」っておいてないんです。
それで、そんなにはケースはないのですが、4枚かけるレコードがあります。
1枚はポール・ウインターwithカルロス・リラの『ザ・サウンド・オブ・イパネマ』です。
これは中野のジャズ喫茶ロンパーチッチの晶子さんが来店した時にかけます。
きっかけは彼女がカウンターで飲んでいたときに、たまたま僕がこのアルバムをかけていたら、すごく気に入っていただいて、「ああ、これお好きそうですね。差し上げましょうか」って言ったところ、「いえ、自分で探します」と言われました。
「このレコードはジャズのコーナーにはまず置いていなくて、ブラジルのコーナーに置いてるんですよねえ。ジャズのコーナーを中心にチェックしてる晶子さんが見つけるのには3年はかかると思いますよ。僕ならどっちのコーナーも見るから1年くらいで見つけられますからどうぞ」と言ったのですが、「いえ、自分で探します」とのことだったので、彼女が来店したら必ずこのレコードをかけています。
もう1枚は映画『男と女』のサントラのA面の2曲目のピエール・バルーが歌う『サンバ・サラヴァー』です。
これは今村さんが来店したときにかけます。
きっかけはカウンターで今村さんが「私、ボサノヴァですごく好きな曲があるんです」というお話をされたときに、この『男と女』の曲の話をされました。
実はこの『男と女』のレコード、茅ヶ崎のカフェ、オダーラの次郎さんに「林さん、パリのお土産です」って10年以上も前に頂いたことがあって、それ、自宅のレコード棚で眠らせたままだったんですね。
で、今村さんに「次回、来店していただいた時までにそのレコードを用意しておきます」ってお伝えして、それから今村さんが来店したら必ずその曲をかけることになりました。
もう1枚はエブリシング・バット・ザ・ガールの『ナイト・アンド・デイ』です。
これはカオリさんが来店したときにかけます。
きっかけはカオリさんがロンドンに留学してたことがあるという話をされていて、このエブリシング・バット・ザ・ガールのナイト・アンド・デイがすごく好きだと仰ってたんですね。
ちなみに僕もロンドンにいくきっかけは、エブリシング・バット・ザ・ガールの音楽が好きだったからなので、意気投合してしまいました。
さて、この曲が収録されているのは12インチのシングル盤なんです。
これがエブリシング・バット・ザ・ガールのデビュー盤で、これを聞いたエルヴィス・コステロとポール・ウエラーが驚愕したというイワクツキのレコードなんです。
ところで僕はこの「伝説」はもちろん知っていて、CDでは手に入れたのですが、オリジナルの12インチシングル盤がずっと手に入らなくて、「欲しいなあ」ってずっと言ってたんです。
そんな話を今は長崎の島原そうめん、島原そだち http://shimabara.cc/ を継いだ伊崎くんが覚えてくれていて、「シンさん、長崎のレコード屋でみつけたんで買っておきました」ってある日突然、渡されたんです。
そういう思い出いっぱいのレコードなので、カオリさんが来店したらこのレコードは必ずかけています。
あと、実はバート・バカラックの『アイ・セイ・ア・リトル・プレイヤー』をかける方がいたのですが、最近お見かけしません。とても素敵な方でした。どうされているのでしょうか。
この「あの人が来店したら、あのレコードをかける」っていろんなきっかけが重なって、かけることになるんですよね。
そういう「物語」が、まるで雪が積もるように、お店に増えていくのって「お店やっててよかった」と思うことのひとつです。
僕のcakesの連載をまとめた恋愛本でてます。「ワイングラスのむこう側」http://goo.gl/P2k1VA
この記事は投げ銭制です。この後、オマケで僕のちょっとした個人的なことをすごく短く書いています。今日は「飲食店で好きなBGMベスト3」です。
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