7つの星が降ってきた日の話
「『好きなことしていいよ』って言われたら、何をする?」
「うーん、何もしたいことが無いですね」
「『好き』って言えるものとか、人は?」
「ないですねぇ……」
2021年9月、会社の福利厚生サービスを使って初めて受けた、メンタルカウンセラーとの会話である。
元々は「好き」に囲まれた人生だった。
人間関係は良好。仕事も好き。
趣味もそこそこに多い方で、比較的『推し』という存在がいる期間も長く、ファンコミュニティ的な場所への参加も積極的に行っていた。
そのバランスが一気に崩れたのが一昨年から去年にかけて。
新型コロナウイルスの影響で、当時の仕事が業界的にモロに打撃を受け、苦渋の判断で転職をすることにした。
新卒からずっと潰しの効かない職で、かつ疫病の影響を受けやすい業界だと身をもって知った結果、思い切って未経験業種・未経験職種・フルリモート、という環境に身を投じてみることにした。
その環境があまりにも水が合わず、分かりやすく病んでしまった。
本筋とは逸れるので割愛するが、泣いてもいないのに勤務時間が近づくと顔中がつーんと痛くなり、仕事に集中できないのだ。
休職という言葉が脳裏をよぎるも、元来の優等生気質で「会社や家族、周囲の人に迷惑をかけるわけにはいかない」と、こっそり申し込んだのが、会社の福利厚生で受けられるカウンセリングサービス。会社の事で病んでるのに、会社の福利厚生に助けを縋るのもなんだかなぁ、という気持ちでいっぱいだった。
話を戻すと、冒頭の会話がそのカウンセリングサービスの第一回目を受けた時の会話である。 正直この会話はしっかりと覚えていて、脳直で言葉が出たことに自分でも絶句した。
が、自分の人生のテーマだと思っていた自分にとって、相当インパクトの強い出来事で、「このまま自分の『好き』が消えてしまったら、それこそ生きていく意味すらも見失ってしまうのではないか」という恐怖心から、自分の「好き」探しに躍起になっていった。
「生活に余白を生み出せば、案外簡単に自分の好きな物が見つかるんじゃないか」などと思ったりして、自分と向き合うような行動に手を出し始めた。
突然断捨離をして、花瓶を買って花を買って飾ってみた。YouTubeで素敵な生活をしている人のライフログを覗き、自分の気持ちを万年筆でノートに綴った。「HSP」という性質を知ったのも、この頃だ。
誰かの「好き」に触れたくて、それがいつかは自分の「好き」になるかもしれないと、人の誘いにもなるべく応じるようにした。
イベント、舞台、コンサート。時には友人の推しに対する熱い思いを聴きながらDVDの鑑賞会をしたりした。
でもそもそも『好き』って、錬成するようなものじゃないし。乾いた土からは芽が出ないのと同じように、これらの行動は『好き』を見つける、気持ち作りの一環だったのかなと今となっては思う。
そして、そんな『好き』を普通に見つけられて、楽しんでいる友人たちのことを、心底羨ましいと思っていた。
そうして半年ほど、自分の心に向き合いつつ、人から勧められたり、気になったコンテンツを積極的に摂取しながら定期的にカウンセリングに通う状況が続く。
その日も、知人であるYさんと、テラス席のあるカフェに行く約束をしていたのに、生憎の雨降り模様。 テラス席はまた今度に、という事でYさん宅にお邪魔させてもらう事になり、ホイホイと遊びに行ったら、Yさんは何やら嬉しそうな様子。 「パン粉さんに布教したいものがあるの」と、テレビから流れてきたのが
『なにわ男子 First Arena Tour 2021 #なにわ男子しか勝たん』
だった。
正直、特段集中して見ていたわけでもない。
持参したお菓子の品評をしたり、英国展で購入した美味しい紅茶の情報交換をし合ったりしている空間に、BGMとしてフレッシュなジャニーズの映像が流れている。
「あ、この曲聞いたことあります〜」
「XXのカバーだよ。Jr.は先輩の曲が多いからね」
「なるほど〜(Jr.の割にはずいぶん大きい会場でやってるんだなぁ)」
Yさんは、お店に予約しているものを引き取りに行く事になっており、30分ほど家を開けるというので、留守を任される事にした。
「パン粉さん、その間なにわ男子見ててくださいよ」
そういって私にBlu-rayリモコンを預け、Yさんは家を出た。
ちょうどその頃、テレビではMCコーナーが流れていた。Jr.と聞いていたが、随分と会話のテンポ感の良さや回しが上手だと感じる。やっぱり関西の子たちだから口が立つんだろうか、などと思っていた。
しかし、それから数分。 気付いたときにはテレビの中の彼らは嗚咽を漏らしながら全員で肩を組んでいた。思わぬ展開に何が起きたのかよくわからず、もう一度巻き戻した。
何度かその行動を繰り返したと思う。正直誰が誰だか、名前も顔も一致していない。なんなら全員で何人なのかすらもわかっていない。
なのに、何も知らない彼らの努力が報われたその瞬間を、網膜に焼き付けようとしていたのだと思う。
コロナ禍で声を出せないコンサート。でも、そのデビューの瞬間だけは、あの場にいたファンの子たちの大きな歓声がしっかりと残っていて。そして同時に、この瞬間を共に過ごした人たちの事を「羨ましい」とさえ思った。
「いや、ちょっとすごくないですか。この、なにわ男子さんって」
「でしょう!」
帰ってきたYさんに率直は気持ちを報告したところ、興奮気味に色々とプレゼンをしてくれた。
関西の7人組で、数年前に結成されたということ。新生ジャニーズで勢いがあるということ。
メンバー全員が個性豊かな特技を持っているということなど。
その後、Yさんとは閉館間際の江戸東京博物館に行って、串カツを食べて帰ってきた。なにわ男子の話はそこでは出なかった。
その数日後、日本テレビ系の特別音楽番組「Premium Music」に、なにわ男子が出演するとの事で、興味本位で見てみる事にした。
その結果がこの通り。
そこから、日々少しずつ彼らの歴史を遡る活動を始めた。
この話はまた別の機会にしたいが、元々猪突猛進タイプなので、3月末から5月にかけて、現存している動画や、残っていた過去雑誌の取材記事等はあらかた制覇した。
知れば知るほど興味深く、面白い人間性の7人が奇跡的に集まってアイドルをやっているんだな、などと思った。
実はこの頃、定期カウンセリングの回数券を上限いっぱい使い切ってしまい、次回カウンセリングの日を決め兼ねていた。
申込年から1年後に新たな回数券がもらえる仕組みなので、次の申込可能時期は8月。
「有料でよければおいで」と先生も声をかけてくださったものの、「お金を使ってまで聞いてもらう自分の悩みって何?」と逆に思い悩む結果になってしまい、8月に券が届くまでに自分の好きなものを探してみます、と自助努力の方向を探る事にした。
幸いにも、仕事の環境や体制なども少しずつ変わり始めている頃で、「組織的にも過渡期だから、大変な思いをさせてると思う」と、上司から労りの言葉をもらった事で、コミュニケーション不全に陥り、ちくちくしていた自分の心の棘が少しだけ抜けたのも一つ、カウンセリングを中断できた大きな要因となった。
こうして、「好きな人や物が多過ぎて見放されて」しまった私の何もない空に、7つの星が降ってきた。
その先に見える、眩く光る彼らの未来を見てみたい。たったそれだけの小さな芽生えが、自分自身の気持ちを大きく動かす事になったという事実を、少しだけ記しておきたくなった。
他の方のnoteを見ると、皆さん「なにわ男子のここが良くて」とか「XXくんのこういう性格が」と、言語化できている事がすごいなぁと思う。
私は、人からの布教で足を滑らせ、そのまま直滑降したまま、何もわからずに追いかけているような人間なので、彼らのこれまでの取り組みや血の滲むような努力を、うまく人に伝えることができないのが本当に歯痒い。
何が好きなのかを言語化するのはとても難しいですが、次回は勝たんコンのあのデビュー発表の何がそんなに響いたのかを、客観的に捉えてみようと思います。
(noteを見てるとなにわ男子さんへの沼落ちのタイミングが、心が苦しい時に落ちている方が多い気が……確かに『世界の特効薬』ではあるものの、なにふぁむの皆さんがとても心配になってしまった。人のことは言えませんが)