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【レポート】場の発酵研究所:第1期#03 [ゲスト]鈴木美央さん
こんにちは、事務局の渡辺(わったん)です。
7月13日(火)は、場の発酵研究所・第3回でした。
資本主義が形にならなくなりつつある時代において、何を信じていくのか?という問いから始まった第1回。その「何を信じるのか?」について、第2回講師の竹本了悟さんからは仏教の思想に基づいた実践例について教えていただきました。(前回のレポートはこちら)
そして第3回の講師は、鈴木美央さん。「このまちにくらすよろこび」を感じられる空間づくりをテーマに、まちや建築に関わる活動に取り組まれています。
第3回ゲスト:鈴木美央さん
O+Architecture(オープラスアーキテクチャー合同会社)代表。博士(工学)。東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科講師。早稲田大学理工学部建築学科卒業後渡英、設計事務所で大規模プロジェクトを担当。帰国後、慶應義塾大学理工学研究科勤務を経て、同大学博士後期課程。「このまちにくらすよろこび」を感じられる空間づくりをテーマに建築意匠設計、商店街支援、公共施設企画、スクール事業、などまちや建築に関わる業務を多岐に行う。専門は公共空間、マーケット、親子の居場所、購買行動とまち、団地など。 著書「マーケットでまちを変える ~人が集まる公共空間のつくり方~」(学芸出版社)、第九回不動産協会賞受賞。
元々はイギリスの建築事務所で大きな建物をつくる仕事をされていたという鈴木さん。
しかし途上国で高層ビルを建築するような仕事に関わったときに、建築の存在意義を問い直したといいます。そこで大学に戻り、トップダウンではなく小さな集合体がまちを変えることに興味を持ち、マーケットやマルシェなどを博士論文として研究されました。そこから現在の仕事につながっていくことになります。
2018年には「マーケットでまちを変える〜人が集まる公共空間のつくり方〜」という本を出版されました。この本が重版されるたびに、小さな集合体がまちを変えていくということに興味のある人が多いことを実感されているそうです。
鈴木さんの問い:まちのことを考えるときに「ペルソナ設定」ってどうなの?
本題に入るにあたって、鈴木さんから早速投げかけられた問い。
まちのことを考えるときに「ペルソナ設定」ってどうなの?と。
ペルソナとは:
「ペルソナ」は、ラテン語の単語「persona」に由来する言葉で、そもそもは「仮面」という意味です。ギリシア劇で使われる「仮面」を指しましたが、そこから転じて、現在ではマーケティングにおいて、商品やサービスの対象となる具体的な人物像を描くといった意味でも使われています。
鈴木さんが仕事を進める時によく言われるのが、ペルソナはどうするのですか?ということ。
しかし今は、ペルソナを考えないようにしているとのことです。
具体的な事例とともに、話してくださいました。
事例1:冊子「このまちにくらすよろこび」
引用: https://kanko-shiki.com/archives/2620
埼玉県志木市の観光ガイドブックを作るプロジェクトですが、関係者から「ターゲットはどうするのですか?」と問われたそうです。
しかし鈴木さんは、ターゲットは「このまちにくらす人みんな」だとして、ペルソナのような具体的なターゲットを設定しなかったそうです。よろこびを感じてほしいのは、このまちに暮らすみんな。だからペルソナは設定しない。
だからこそ、冊子の制作は大変だったそうです。
それもそのはず。ターゲットを絞った方が、ペルソナを具体的に描いたほうが、ページのレイアウトもライティングも進めやすくなるはずです。不特定多数の人たちに書くメールよりも、友達や家族、仕事仲間など特定の誰かに書くメールの方が進めやすいように。
しかし鈴木さんは、ターゲットを決めない、ことを決めました。原稿を見直す過程で、ターゲットを絞っていることになっていないか、誰かを排除する内容になっていないか。何度も何度も見返したそうです。
例えば、「ママが起業した」という言葉は、何もしないことに焦りを与える。「毎日食べたい」という言葉は、パン屋さんの食パンを毎日買える人ばかりではない・・・など、様々な視点から言葉を精査したそうです。表紙にも、誰もが見慣れた何気ないまちの風景を採用。大人も子どもも、まちのどんな人が読んでもよろこびを感じ取れる冊子を制作されました。
事例2:マーケット「Yanasegawa Market」
鈴木さんのバーチャル背景は、Yanasegawa Marketの写真でした
鈴木さんはマーケットを企画するときにも、ターゲットやペルソナは設定せずに、このまちにいるみんな、を大切にされています。
事例として紹介されたのが、志木市の館近隣公園で開催された「Yanasegawa Market」。
団地の中にある普通の公園で開催されたマーケット。おしゃれすぎず居心地のよさを大事にして、町内会の人たちや中高生など多様な人たちに登場してもらい、いろんな人がまざり合うマーケットとしたそうです。
そんな風景はたまたま起きたのではなく、鈴木さんたちは冊子の時のように細かく精査してつくらました。大切にされたのは「コミュニティをケアする」という視点。他の誰かが入りづらい強いコミュニティをつくるのではなく、誰が来てもいいと思えるパブリックなマーケットを目指すこと。
例えば、個としての出店のみ可能として負担の少ない出店料を設定することや、集合写真はSNSにアップしないといったことまで、鈴木さんたち独自の視点でルールを作られています。
事例3:マーケットの学校
鈴木さんは埼玉県北本市で、「マーケットの学校」の運営に関わられました。マーケットってなんだろう、ということを座学で学びながら実践する学校です。その最終回に、みんなで5つのステートメント(声明)をつくったそうです。
・小さなニーズに確実に答える
・もともとあるもの、いる人に目を向ける
・ボーダーを引かない
・生態系をつくりだす
・民話を共有するように、地域にファンタジーを作る
例えば屋外の公共空間でマーケットを実践した時に、通路に椅子を置いて座り始めたおじさんがいたそうです。
鈴木さんは、通路だし、どうなるかなあと思いながら見ていたそうですが、おじさんがレモネードを頼んで「おいしい」と盛り上がるなど、そこには心地よい場ができ始めたそうです。
・小さなニーズに確実に答える
→おじさん:座りたい、話したい
・もともとあるもの、いる人に目を向ける
→おじさん:近所の住民
・ボーダーを引かない
→周囲:おじさんの行動をジャッジしない
・生態系をつくりだす
→周囲:何となく対応。レモネードを買いに行ったり、おじさんをよけて通ったり。
・民話を共有するように、地域にファンタジーを作る
→おじさんと周囲:その場になぜか心地よさが生まれる
またマーケットを一緒に運営していた町内会長さんが、余った町内会費をマーケットで使える金券にして住民に配布されたそうです。
金券というと換金作業など苦労しそうなことが先に思い浮かびがちですが、町内会長さんは自信をもって町内会に提案されたそう。鈴木さんにとっては嬉しいできごとだったそうです。
鈴木さん:
まちにはいろんな人がいるし、いろんな人がいるのがまち。
ペルソナを設定するより、できるだけ排除しないことにトライしたいです。
あえて想定しないことで、不確実なことが起きます。
でも、不確実性を許容する方が可能性が広がると思います。
不確実性を許容する社会の方が、生きていて楽ではないでしょうか。
「ペルソナを設定しよう」と思考停止するのではなく、一つ一つの言葉や出来事に真摯に向き合うことは、簡単ではないかもしれないけど、できると思っています。
不確実性を受け入れ、ハプニングを楽しむこと
鈴木さんからの話題提供を受けて、発起人の坂本と藤本、鈴木さんによる話し合いに移りました。
坂本:
人類学者のレヴィ=ストロース氏は「野生の思考」という本の中で、ブリコラージュという考え方を示しました。
原住民が未開の地で狩りに出かける時に、道具を持たずにでかけていく。状況に合わせて、その場で必要な道具を作っていく、ものです。
近代は先に設計図を作ってしまうことが多かったと思います。設計図通りに仕事を進めることが評価される社会になりました。
一方で、目の前のハプニングに対応していく能力は失われつつあるのかもしれません。それを取り戻していく作業が、マーケットのステートメントに書かれていたようなことだろうと思いました。
自分たちの手で臨機応変に何かをつくっていくことは面倒くさいかもしれません。しかしそれがなるべく人を排除しない方法なのであれば、そこには未来を感じます。
また藤本から、不確実性を許容するといった考え方は、鈴木さんの中で思考が転換するきっかけがあったのか?という質問がありました。
鈴木さん:
小学校3年生のころから疾患を抱えていました。
学校のみんなが元気な中で、自分だけが取り残されるような気持ちになっていました。そんな経験は人を強くすることもあるかもしれませんが、やっぱり辛いし、できれば感じてほしくないと思っています。
また建築を仕事に選んだのは、小学生の頃に入院していた病院が薄暗くて怖かったということがありました。病気になって元気がなくなっているのに、建物の雰囲気がさらに元気をなくしてしまうことが疑問でした。
建築には人を幸せにする力があるはずだと思っています。
何かに地道に向き合い続けること。
そんな話を受けて、藤本は畑の取り組む経験から語ります
藤本:
武庫之のうえんという畑を始めて3ヶ月が経ち、ナスやキュウリやゴーヤなどをが収穫でき始めています。
自分はもちろん、いろんな人たちが毎日、水やりや脇芽を摘むなどの手入れをしているのですが、究極的には、自分たちが作っているのではないというか。土や微生物に畏怖の念を感じ始めています。
この研究所も「場の発酵」と言っているが、人間が能動的に取り組むけど、そうじゃない何かが作用する。
場がおもしろくなったり、関わる人が能動的になったりするということは、人の気持や関係性のケアも大事だけど、人間にはコントロールできない要素も大事なのだろうと思います。
コントロールできない何かを楽しむこと、目の前で起きるハプニングを楽しむ、そんなあり方が大事だねと腑に落ちる3人。
ところで、坂本は元々はデザイナーなのでペルソナの設定など大事にされてきたはずでは?という疑問が・・。
坂本:
プロダクトデザインを担当することが多いですが、商品を売るターゲットの話をする前に、つくり手として、チームとして、自分たちがそれをつくりたいと思っているのか、必要だと思っているのかどうか、ほしいと思うかどうかを問います。
もちろん、マーケティングやペルソナなどはしのぎを削ってやってきました。しかしもう、それだけではわからない世界になってきていると感じています。
というよりはまず、つくっている自分たちが欲しいと思うものをつくることを大事にしていて、そうするとチームとして100%以上の力が出ることあると実感しています。
▼坂本がデザインに携わっている奈良生まれのスニーカーブランド「TOUN」
ジャッジしないこと、逃げないこと、向き合うこと。
ここまでの3人の話を受けて、研究員からも鈴木さんへたくさんの質問が投げられました。そこから見えてきた鈴木さんが大切にしている考えを紹介していきます。
ジャッジしない、ということ
研究員にも様々な場を運営している人たちがいますが、居心地の良さや参加しやすさなどを大事にしていくと、「何の場所なのかわからない」と言われることがあるそうです。たしかに、対象を多様にすればするほど、曖昧になることもありそうです。
しかし鈴木さんは、「わからない」は褒め言葉だと思う、と言います。
鈴木さん:
自分の思考パターンでジャッジしようとするから、わからないと言うことになると思います。
つまりそれは、既存の思考パターンでは判断できない何かをつくることができているということ。曖昧なものを曖昧なままにしておくことに意味があるのではないかと。
自己紹介もそう。私は建築家と名乗るほうが認識されやすいが、やっていることは企画や広報など多岐に渡っています。色々とやっていて、色々とできそうだから、声をかけてもらえていると思います。
自分自身は、ジャッジしない、と決めています。そう決めておかないとジャッジしようとする自分がいて。自分に言い聞かせるようにしています。
居心地の良い空間にこだわること
鈴木さんたちが企画するマーケットでは、ノボリを出さないこと、チラシなどを貼らないことなど、いくつかのルールがあるそうです。いずれも、マルシェなどではよく見かけるもの。なぜなのでしょうか。
鈴木さん:
空間の設計については、感性を大事にしています。
例えば「yanasegawa market」では、公園の真ん中の芝生広場がきれいなので、マーケットは広場の真ん中には置かず、広場の周囲に配置されるようにしました。
同様に、ノボリがあることで商品や人の顔が見えないなど。感性的な理由が大きいかなと思います。
引用: https://www.facebook.com/yanasegawaink/
一人ひとりと向き合うことから逃げないこと
研究員から、ペルソナを設定せずにみんなに向き合うということは、このターゲットを優先するのでその人たちのことは考えませんという「逃げ場」をつくらないことではないか、という意見がありました。
これは鈴木さんにとっても大きな発見だったそうです。
鈴木さん:
冊子をつくる時に、誰かを排除しかねない文言になっていないかどうかを徹底的に精査するように、すごく地道なことをやっていると思います。
小さなモヤッと、を置き去りしにないこと。小さなニーズに向き合っているので、それは必ず誰かに届いているのだけど、それを一言で明文化することはすごく難しいです。
決めないことで逃げ場をつくることは、何も考えずにやる時の方法。
ターゲットを決めると他の人から不満が来るから絞らないだけ。
そうではなく、ターゲットを決めないことを「決める」ことで、一人ひとりと向き合うことから逃げない状況をつくっているのが、私がやっていることです。
一方で鈴木さんは、無意識のうちに自分の基準で考えてしまっていることも自覚しているそうです。
鈴木さん:
いろんな人の話を聞くようにしています。
例えば先日も冊子を作っていた時に、第二子という言葉を使うと、子どもが生まれなくて苦労している人は敏感になってしまうかもしれない、と言ってもらいました。私の視点だけでは気づけなかったと思います。第二子でも第一子でもどちらでもよく、子どもでいいじゃないか、という。
全員に配慮しきることは難しいかもしれませんが、いろんな人から意見をもらえるようにすることで、少なくとも自分が気づくことができる範囲は広げておきたいと思っています。
継続していくには収益性が大切
ここまでマーケットのあり方や空間的な設計について話されてきましたが、出店者の収益性は実際のところどう考えているのか?という質問も研究員から挙がりました。
鈴木さん:
マーケットは単純に、出店料以外の支出を抑えることができれば収益が出ます。マーケットの出店ルールを考えるときも、出店者にちゃんと収益があがることを大切にしています。
例えば家族のいる人が、土日にボランティア同然でマーケットに出店していると、参加しづらくなっていくかもしれませんが、少しでも収益があがるなら参加しやすくなると思います。そのような意味でも、収益性は大切です。
事例として、鈴木さんたちが制作に関わった埼玉県の事例集を紹介してくださいました。
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/129149/jireisyuu.pdf
ペルソナの設定って必要なの?という問いかけから始まった、今回の研究所。
私たちが何気なく手に取る商品もはやり、誰かがペルソナを設定したものなのかもしれません。
お店をやっているという研究員もいて、日々ペルソナのことを考えてきたと言っていました。
この商売の根底を問うような話題提供から、研究員からも様々な問い返しがあり、鈴木さんもまた新しい発見があったと言ってくださいました。
お互いの気づきの積み重ねから、この研究所はもちろん、各自が向き合う現場もまた発酵されていくはず。
次回は【7月27日(火)】です。
どんな問いかけから発酵が始まるのか、とても楽しみですね。
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