現実の「笑顔」をもとに-ゲームマーケット2022秋、参戦記-
0.最初に
番次郎書店、サークル主のバンちゃんと申します。
このnoteは私、バンちゃんこと番次郎が、ゲームマーケット2022秋の土日に渡り参加・体験した記録を、自分の気持ちの揺れ、経験、などを中心とし約10,000文字ほど綴ったものです。(書きすぎです)
また、この記事には、以下の記載はありません。
・ゲームマーケット会場内で人気だった作品
・私個人の具体的な販売個数、売上額
・「こうすれば絶対に売れる!」的なゲームマーケット必勝法(※「こんな努力をしました」、の記述はたくさんあります)
などの記載はありません。ご了承の上、お読みください。
1.~2022年10月28日(準備中)
開催前は憂鬱になるものだとわかっていた。
毎回大きなイベントの前になると、気持ちの落ち込みがさらにひどくなるのだ。
高校時代の教科書に「test anxiety(テスト不安)」の単元があったことをふと思い出す。
「ゲームマーケット」という日本最大級のアナログゲームの祭典に、6年ほど「ボードゲーム関連『書籍』」を頒布する当「番次郎書店」。
来場者のお目当てが人気作、話題作となったボードゲームの中、初出展となる2017年からからずっと「ボードゲームのクイズ本」を頒布する、我ながらなんとも数奇なサークルだ。
今年のゲームマーケット2022春は、出展費の高騰から「出展休み」を決めた僕だったが、前回2021秋から数え丸1年ぶりとなる東京ビッグサイトでのイベントに、心躍らせるどころか、不安ばかりを抱えての参加となった。
創作全般から広報、当日の計画・運営まで自分ひとりのサークルであるため、SNSでの前評判にオロオロするうちに、不安はさらに増していった。
今年は広報活動をSNS一辺倒で済ませないよう頑張ることにした。
手元に情報が入るSNSでの広報を維持しながら、なるべくなら実際の試遊イベントなどで作品をアピールするよう気を配った。
以前に比べ、相次ぐ感染症も幾分緩和された昨今(実測値ではなく、あくまで体感としての話です。)今年秋の広報は、各所の試遊イベントに足しげく通うことを中心に行うことを決めた。ザッと数えただけで、都内近隣の、のべ7ヶ所もの試遊会に出展・参加した。
また、頒布物となる新刊やポスター、名刺などは前の週にひと通りそろえ、ゲームマーケット当日に行われる試遊スタンプラリーや十華祭などの催し物にも積極的に手を挙げた。
例年以上に準備は整えたものの、やはり、というか、案の定と呼ぶべきか、気持ちの上での不安は前日まで拭いきれなかった。
他の有名サークルが新作発表のツイートで多くの反響を呼ぶ姿を横目に、僕はただひたすら、心配を振り払うかのように創作を続けるしかなかった。
当日に出題する予定の読み上げクイズや動画クイズなど、ギリギリまで創作に打ち込んだため、ことさら重要なSNSで広報する時間は削れていった。
2.10月29日土曜日 ゲームマーケット1日目
迎えた当日朝。
午前4時前に目の覚めた僕は、いつものように「軽いランニング」「出発前のイラスト執筆」などを軽く済ませた。
また一人でブース運営を切り盛りすることから、お手洗いに向かう時間を削るよう努めた。
具体的には、カフェインを二日前から断ち、web上で拾った知識をもとに朝ごはんは「餅」を食べた。運営中の水分補給は経口補水液を2本用意し、喉が渇く都度、ちょびちょびと口に運ぶことにした。
ここだけ抜き出すと、何かアスリートのようでもある。
キャスターが壊れたままのキャリーケースを寅さんのように抱え、僕は一路、りんかい線国際展示場駅「東京ビッグサイト」東ホールへと向かった。
朝8時から一般出展の設営ができると手引きにあり、持ち前の方向音痴を炸裂させながらも午前7時30分には出展者入場口へと到着した。
入口前で、関西から参加のコロンアークのたなやんさん、この日も笑顔の骸骨王ことハッピーゲームズのRYOさん、アメリカから来日された大きな黒猫舎のおかんさん、など、久方ぶりとなる多くの方との再会に、僕も思わず安堵の笑みがこぼれた。
実際に現地を目にすることでわかる、会場の広さ、そして、大きさ。
現実の数値としての大きさではなく、自分の体でしか捉えることのできない、独特の空気感。
ゲームマーケット出展の緊張がピークに達し、僕は震えが止まらなかった。
午前8時、出展者入場開始。いざ設営に取り掛かる。
イベント出展そのものは、今年6月に大阪で開催された盤祭4th以来だったが、ポスターを組み、テーブルに布を敷き、段ボール製の書架の組み上げ、と、一連の動作を手が覚えていたらしく、設営完了に思ったほどの時間はとられなかった。とはいえ、それでも丸1時間半はかかっただろうか。
ひと通り形を整えると、次はテーブル越しに配布するヤブウチリョウコさんの#ボドゲフリペ、そして、次回出展予定となる12月ホッカイドウシュピールフェストのパンフレットの山を準備した。
作業の空いた時間を見計らい、他のブースへとご挨拶に回りつつ、会場の隅から隅までを歩いてみる。
感染症禍で出展の勝手もガラリと変わる中、それでも創作の手を止めず、この日を迎えた面々だ。
「面構えが違う」と、ネットで見かける漫画の一コマで見かけるが、今回お会いした方々は皆さんが本当に笑顔だ。
この日を待ち兼ねたとばかりに、企業サークルの作品と並べても遜色のない数々の創作ボードゲームが並ぶ。
改めて全体を見渡す。
エリアブースと一般出展ブースの区画が直線上に分けられ、各スペースも縦横で整理された、従来の「コの字型」よりも現在の場所がわかりやすい配置のように思える。
午前11時
いそいそと支度をするうちに、いよいよ早期購入者が入場する時間となった。
ゲームマーケットの幕が開くのだ。
1年間寝食を共にした創作の成果が、この二日間に集約される。
開場のアナウンスとともに湧き上がる、盛大な拍手喝采。
僕のサークルは毎回スロースターターだ。特に限定品などを設けず、欲しい方がいつブースを訪れてもお渡しできる体制を整えたこともその一因だ。
だから開幕当初の1時間は、限定品を中心とした目的の買い物を済ませる来場者からすると「いつ行っても作品が手に入る安心感」を得られる反面、立ち寄る順序も当然ながら後回しとなる。
だから僕は、毎回開始30分くらいまで、先に受領した#ボドゲフリペやパンフレットなどを配る時間に従事する。
回を経るごとにページ数や読み物としての豪華さを維持する#ボドゲフリペを、テーブル越しにどんどん手渡していく。併せて配ったホッカイドウシュピールフェストのチラシも、時間とともに手に取る方が増える。
50部も用意したフリーペーパーとチラシは、ものの30分足らずで手元から消え失せた。
開場から30分もたたないうちに、場内は多くの来場者でひしめいた。
会場内の入場者数に厳しい制限のあった頃、それはほんの少し前の話のはずだったが、そのときの風景があたかも昔話であったかのように、大きな荷物を抱えた来場者があちこちに向かう様を僕は眺めていた。僕の記憶の隅に残る、感染症禍の前年2019年のゲームマーケット秋を彷彿とさせた。
時間が経つにつれ、僕のブースにも新刊を求める来場者が訪れる。
「新刊をください!」
「今回の新刊はどれですか?」
「4コマの3~6巻をください!」
ウキウキした笑顔の来場者から飛び出す、そんな暖かい会話を耳にしながら、僕も笑顔を返すかのように新作を手渡した。
3~6巻とというのは、前回参加したゲームマーケット2021秋での4コマが1~2巻だったからであり、ゲームマーケットが初頒布となる巻数をまとめて購入される方が大勢いらっしゃった。少なくとも、僕の想像を遥かに上回る数だった。
創作者が、そして、来場者が、誰もが皆、待ち望んだ「ゲームマーケット」。
決して感染症の脅威が減殺されたわけではなく、制限された中での整頓された各種のやりとりに、僕はマスクの下で口元が緩みっぱなしだった。
午前12時を回り、2度目の拍手喝采とともに、いよいよ一般来場者が会場へと入る。
「暑かった!炎天下の中で待たされた!」と愚痴をこぼしながらも、笑顔で拙著を求める来場者。
ありがとうございます!お疲れ様です!と声を弾ませる僕。
ごく単純に、体感の上での来場者の多さも嬉しかったが、何より、前日までの心配が払拭されたこと、ことさら、オンラインでの反応ではなく、「口で、耳で、直接の応援をもらう」ことそのものが何よりも嬉しかった。
購入される方との他愛もないやり取りも、少し前まで御法度とされただけに喜びを感じた瞬間だ。
我が子のように愛しんだ自分の作品が、それを求める他の方の手に渡ることの喜びは、まさしく「創作して良かった!」と思えるひとときだ。
直接手渡す際に「ぜひ楽しんでください!」「ありがとうございました!」と添える言葉に、僕はおのずと力がこもった。
以前からSNS上でお世話になっている方も続々と僕のブースを訪れる。
決して自慢できることではないが、僕はなるべくあけすけな批判や攻撃的な言葉をSNSでは投げかけないよう努めてはいる。がしかし、どうしてもひとりでの創作が続く中で、不安や焦燥感から、下向きな言葉が続く日も多かった。
頑張りの指標を、いいねやRTの「目に見える数値」だけで判断することはいけないことだと、頭では割り切っていたつもりでも、心の面では簡単にいかなかった。
「応援する人はいるから、頑張って!」
フォロワーの内外を問わず、多くの方からそんな応援の言葉をもらい、たくさんの差し入れを頂戴した。
SNSの数値だけでは測ることのできない、「現実としての」応援の声だ。
小洒落た言い方をすると、数値が見せる真実ではなく「事実」としての、応援の声だ。
真実とは似て非なる。
真実には得てして「まやかし」の部分も生まれるからだ。
「応援だけでは元気にならない」との声もあるが、単純な僕は、実にそんな応援の言葉「だけ」で気力を奮い立たせることができた。実にお得な性格である。
疲労も感じながらの運営は、土曜日の閉会時間ギリギリまで続いた。
人の波は絶えることを知らず、午後16時を回っても、いまだ会場内の賑わいは続いた。
僕自身も翌日のことなど考えず、焦りながらも、来場者に向けて問題を読み、本を手渡していった。
喉元に針金を通したような痛みが走り、その都度、差し入れののど飴をぽいぽいと口に放り込んだ。
お子さん連れの来場者も本当に多かった。
早押しボタンを常設する僕のブースには、小学校の低学年らしきお子さんも、物珍しそうにボタンに手をかけた。
「桃太郎がお腰につけたお菓子は何でしょう?」
お子さん向けに用意したそんな問題やなぞなぞも、最初はおずおずと、次第に元気な声で答えてくれた。
先日読んだnoteの中で、お子さん向けにボードゲームを制作される「ぶれけけゲームズ」のうりおさんは、そんな彼らの表情の変わる様を間近に眺めたのかと納得した。
とうとう閉会の時間まで、賑わいはとどまることがなかった。
閉幕のアナウンスと、拍手喝采が、会場一杯に響く。
すっかり汗にまみれた僕、しわがれた声。喉のスプレーはまるまる一本を使い切ってしまった。
閉幕と同時に押し寄せる疲労は、脳内のアドレナリンが切れたせいでもあるのだろうか。
体がこわばり、うまく歩けない。
運営中はずっと立ちっぱなしだったこともあり、ドーンと押しつぶされるような圧迫感が体を襲った。
重い体を引きずるように、僕は出口へと向かう。
途中にお見かけした珠工房の皆さんにご挨拶を済ませると、台湾から来日されたマサさんもそこに駆けつけた。
マサさんは今回、急遽台湾を代表してのスピーチや運営などを任され、それぞれの方面で八面六臂の大活躍ぶりを見せた。
才能のある方はどこかで活躍の場があるのですね、と伝えると、マサさんは流暢な日本語で「運です」と答えた。
そうだそうだ、周りの成功者は、成功の秘訣を問われたときに決まって「運」と答える。
珠さん、マサさんらの成功者と相対するように、6年も頑張った自分は、と、疲労した頭からかネガティブな言葉が口をついたので、いそいそとその場から離れた。
荷物を抱えてビッグサイトを後にする。時刻は夕方の17時30分。
日はとっぷりと暮れ、眼前にそびえるビッグサイトが、見下ろすかのように妖しい光をたたえていた。
帰宅後は軽く感想をまとめよう、準備も入念に、などと計画だけは立派だった僕だったが、帰宅するなり倒れ込んでしまい動けなくなった。
ほうほうの体で入浴の蛇口をひねり、差し入れで頂戴した入浴剤をドボンと投げ入れた。
簡素な食事を済ませ、その日も夜の9時には熟睡した。合間に15分だけツイキャスライブでの報告を済ませたが、何をしゃべったのかとんと思い出せない。
3.10月30日、日曜日 ゲームマーケット2日目
翌朝。午前5時。
目覚ましがわりのスマホをのぞくと、Twitterの通知が2桁を回っていた。
体は相変わらず重い。朝のランニングもカタツムリと同じくらいの速さでゆっくりと走った。電車の中もアップビートの音楽を流し、何とか体を上がらせようと試みる。
再度、東京ビッグサイトへと到着。今日も好天気だ。
前日にポールなどの不安定な設営物を横に倒し、最低限の貴重品を持ち出し、配送物全体に布をかぶせた状態で後にした。
復興までにそう時間はかからず、空いた準備時間はまた周辺を散策することにした。
中央の広い通りをふらふらと歩く。
周りを見渡すと、面白そうなボードゲームのポスター、タペストリーが軒を連ねる。
これらが全部ボードゲームだなんて本当に信じられるだろうか。
浮き立つ気持ちを抑え、疲労回復の梅タブレットを口にしながら、僕は二日目の開幕を待った。
この日はボードゲーム会などでもご一緒させていただいた「まぐろ」氏が応援に駆けつけてくれた。
簡単な予定の確認と、日曜の予約品を回収する時間だけ代理をお願いしたのだが、几帳面なまぐろ氏は早朝の時間から駆けつけてくれ、遅い時間まで来場者の対応などを助けていただいた。この場を借りて感謝申し上げます。
午前11時、二日目開場の拍手が鳴り響く。
基本の体制は土曜と変わらず、最初の30分は来場者を観察しつつ、手持ちのフリーペーパーやチラシなどを配布する。
30分も経った頃に、一人目の購入者が訪れた。
楽しみにしてましたと笑顔で話す方に、僕も笑顔で新作を手渡す。
同時に、自分の作品を頒布する方のギアへ「カチリ」と切り替えた。
例年通り、そしてことさら本ゲームマーケットに限った話ではないが、土曜日に比べ、日曜日の人出は多少緩和される。
そう頭にはあったが、それでも僕の予想を超えた人出を見せていた。体感の話ばかりで申し訳ないが、感染症禍前年の1日目と同じくらいの来場者だっただろうか。
応援も合わせ、二人での運営は本当に楽だ。
役割を特に分担することはなかったが、まぐろ氏の敏腕ぶりも相まって運営はとてもスムーズだった。
ビジネス的な言葉を使うと、役割を決めなかった分、お互いが自分の役割としての目線で動き、時には分担し、時には相手の動きを相互にチェックする場面もあった。
具体的には、クイズを説明するのに必死でお金のやり取りをおそろかにしている側で「まずはお釣り!お釣り!」と助言が飛ぶ場面にも何度か遭遇した。
何度となく反省する内容ではあるが、今後は複数人での運営も考えなければならない。
午後12時を回る頃には、人通りもさらに多くなる。昨日の様子だと、この時間くらいから「目当ての買い物」から「試遊へと回る」来場者も多くなるはずだ。
クイズのボタンを珍しそうに眺める方、ポスターから本へと目を落とし「ボードゲームのクイズ?」と不思議そうな表情を浮かべる方、カップル連れ、友達連れ、ボードゲームの知識の有無を問わず、iPadも絡めたたくさんの問題を読み、周りとは毛色の違う「ボードゲームのクイズの楽しさ」を、僕はテーブルを隔てた上で積極的にアピールした。
14時前くらいに、まぐろ氏に店番を任せ、30分ほど予約品の買い物と、時間の許す限りのご挨拶まわりに出かけた。
わずかばかりの資金の中、3000円を超えるボードゲームすら手が出せない僕だったが、購入したボードゲームの多くが「長く出展・販売の経験を持つサークルの新作」「サークルの人の対応が良かった作品」「ゲムマ秋試遊イベントで感触の良かった作品」と並んだ。
出展側の参加が多かった試遊イベントも、当日の試遊がかなわない僕としては大変貴重な機会だったことを後になって学んだ。それはおそらく、自分だけのトピックではないはずだ。
30分ほどの買い物を済ませ、ブースに戻る。
今回ゲームマーケット秋に用意した新刊のクイズ本は、ありがたいことに、閉館1時間前にちょうど完売となった。
その後もクイズ本を求めていらっしゃる方も多かった。そのいずれもが当日の出展者で、時間の合間を見計らっての購入だと察した。
せめてもの気持ちで、当日見本誌として書架に並べた新刊本を手渡した。お金を取るのも忍びなく、プレゼントという形でお渡しするに至った。
出展6年目の知見として、たしかに完売も嬉しいが、何より「自分の作品を、求める方全員に手渡せること」が一番だ。
4コマも同じく、いつものSNSの反応を単純に数として読み込んだ持ち込み数と、実際に発売した数とでは大きな隔たりがあった。
予想を超える頒布数の多さに、二日目に至っては、家から追加で補充分を持参したほどだ。それらも瞬く間に多くの求める方の手へと行き渡っていく。
「サインください!」の声も、ありがたいことに頂戴した。
今もまだ資料を見ながらでしか描けないキャラクターを、なんとか手先の記憶だけで描いていった。それでもやっぱりどこかしら不恰好となった。
(平謝りでごめんなさい)
午後17時、ちょうど最後の本を手渡した瞬間に、ゲームマーケット2022秋、閉幕のアナウンスと、一際大きな拍手喝采が会場を包んだ。
この日もずっと立ちっぱなしだった僕。途中で抜けたまぐろ氏のパイプ椅子にしばしへたり込み、飲みかけだった麦茶を一口含んだ。
シチュエーションは昨日と変わらない。むしろ撤収に従事した分、今日の過労が俄然増していたはずだ。
しかしながら、体はとても軽かった。
本当に、このまま、あと何時間でもブースに立ち続けたい、そう思えるほどだった。
大きな段ボールで3箱分の搬入物は、手持ちの荷物を増やすことでどうにか一箱にまとめることができた。
フルアーマーガンダムのような出立ちのまま出口へと向かう僕。家路に着くまでの我慢だと必死に言い聞かせた。
この日もさながら「SASUKE」のセットを彷彿とさせる鋼鉄の牙城こと東京ビッグサイトは、昨日と変わらずギラギラとした光をたたえたまま、こちらを見下ろしていた。
しばらく歩くと、ビッグサイト近傍の有明ワシントンホテルが「スマイルマーク」にライトアップされていた。
あとで調べると、翌々日の11月1日から、コロナ療養施設から通常のホテル営業へと戻るとのことで、その一環だとあった。
スマイルマークを背に、僕はそのままの足取りで家路についた。
ツイキャスライブでの報告も軽い口調だった。
無事に売れたことの嬉しさ、だけではなかった。
前々日までの憂鬱が払拭されたことの嬉しさ、だったのだろうか。
外での打ち上げご飯も考えたが、これまでの簡素な食生活から急にご馳走となると思いつくものでもなく、結局この日は、スーパーで値引きされたお惣菜を適当にカゴに入れ、祝杯のビールを一杯だけあおった。
4.翌日以降の話
久しぶりのアルコールを口にした翌朝。
幸い悪酔いはせず、頭はすこぶるクリアだった。
僕はまたいつものように4コマの執筆へと取り掛かった。ものの2日しか間を開けていなかったが、ネタをひねり出す感覚は完全に抜け切っていた。3時間ほどうんうんと唸り、なんとかこの日も4コマを更新することができた。
その後は、今まさにこの記事を書きながら、個人通販サイトの準備に取りかかることにした。
「創作した作品を、求める方全員の手に届けること」は、何もゲームマーケットの会場に限った話ではない。遠方に住まわれる方や、都合上、当日にどうしても参加できなかった方の元へ、と、届けてこその作品だ。
何度も書くけれど、一概に「完売」が良いものとは僕は思っていない。
昼過ぎに用意できた通販サイトは、2時間ほどで予定数のクイズ本の在庫がなくなった。次回のイベントまでに、また第二版を用意せねば。
SNSでは「◯◯部売れた」「予約即完売!」などの話題がタイムラインを賑わせていた。
気持ちの落ち着いた今は、それらツイートを、多少なりの余裕を持って眺めることができた。
行き着くところ、相手は相手、自分は自分なのだ。
別のツイートでは、早速次回ゲームマーケット2023春に向けた新作や、来年春からの各種イベントの話題で盛り上がりを見せていた。
すでに来年に向けて、創作者の手は動き始めているのだ。
僕は、というと、正直なところ、数日経った今もまだ、次回に向けて何をするかなんて考えに及ばない。
そういえば土日に渡りお隣のブースだった「ヤポンブランド」様に、日曜の去り際、ご挨拶をしたときのこと。
健部先生から
「来年も作るんでしょ」
と問われた僕は、とっさに
「もう無理ですー!」
と答えた。
「11という数字は中途半端だよ」
と健部先生は笑顔で返された。
僕はそのやりとりをぼんやり思い返しながら、ふと「運です。」の、あの時のマサさんの言葉をぼんやりと思い浮かべた。
そしてまたしばらくは、いつもの4コマと、クイズ制作に打ち込むことにした。
頑張った先に評価される、それもやっぱり「運」に過ぎない、のかな。
だから僕は、これからも運をしっかりつかめるよう力を蓄えよう。
まだ見ぬ先の自分へ、また、イチから種を蒔くことにしたのだった。
(了)
お読みいただきありがとうございました。