笑顔のお返し -千葉ボドゲーン万博参加備忘録-
1.延期を受けて
(参考:千葉ボドゲーン万博公式ブログ:https://playnaritomi.wixsite.com/bodogeenbanpaku)
あくまで僕の確認する限りだと、千葉ボドゲーン万博は、今回の開催に先立ち、日程の延期や会場の変更などが数度行われている。
当初は2021年12月だった。その後すぐに延期と会場変更が発表され、次の開催は1月29日に予定とアナウンスされた。
がしかし、ちょうどその時期は、多くの国民がワクチン接種を2度済ませた時期と入れ替わるように、新たな感染株となるオミクロン株がまさに猛威を振るった時期でもあった。
同時期に開催予定だったゲームマーケット2022大阪や第二回アナログゲームフェスタなどが相次いで開催自粛、延期を発表する中、運営スタッフは開催日の直前まで運用の意向を固めていた。
「本イベントは開催します!」と宣言されたツイートが今も記憶の片隅に残っている。
結局、開催直前となる8日前に開催延期を発表となり、当初から出展予定だった自分は、この時に「残念」より「仕方ないね」の気持ちが先に立った。
もっと具体的には「仕方ない」の言葉で、やるせない気持ちを抑えようとしたのかもしれない。
出展料の返金も提案されたのだが、ここまで尽力された運営スタッフの気持ちと出入金の労力を考え、全額を寄付する旨のメールを返信した。
そして次回の開催を信じながら、それまでまとめたnoteの紹介記事を削除したり、手元に残った頒布物を別のイベントに再分配したり、などの雑事に追われるうちに、あれよあれよと数ヶ月の期間が過ぎた。
3度目となる再募集の案内は1ヶ月後の3月だった。
「三度目の正直!」とばかりに、僕は喜び勇んで応募フォームを打ち込んだ。
今度の予定日は5月28日土曜。
ゲームマーケット2022春(以下「ゲムマ春」)から約1ヶ月ほど間を開けての開催だ。
2.当日
2.1 出発
当日の朝は、前日の冷たい雨がウソのように晴わたる1日だった。
傘の心配をすることもなく、早朝に荷支度を整えた僕は、手早く出展当日のイラストを描き終えたのち、朝6時に横浜を出発した。
会場の都合から前日までの郵送搬入ができないため、持ち込める数は手荷物の限界で決まる。
頒布物の他に、設営用の布やスタンド、書架やサンプル品などを考えると、とても人間一人の持てる量を超えてしまう。
当日のテーブル配置を紙に起こし、ボールペンの殴り書きで「いる」「いらない」とまるばつをつけながら、書架やiPadなど最小限必要のものだけを持参した。それでもキャリーケースに大きなトートバッグ4つ分ほどの荷物になった。
重い荷物を担ぐ姿は、さながら富山の薬売りだった。
会場となるサンプラザ市原に到着。駅からアーケードをつたい、そのまま中へと入ることができる。
今回の主催となるPLAY!成田富里店の店長さんをはじめ、千葉県のボードゲームカフェ・プレイスペースの方を中心に運営スタッフが集う。人員整理はテキパキと、まとめ方は要点のみを簡潔に、運営中は笑顔を絶やさない、など、普段の業務で熟練されている印象を持った。
今回の会場は9階と11階。多少テーブル等や内装等は違えども、どちらも会場内は広々とした空間で、ことさら、我が番次郎書店が陣取る11階奥側は、市内一円を望めるスペースで、すぐ後ろの窓からは最高の見晴らしが堪能できた。僕が高所恐怖症でなかったならばもっと楽しめたに違いない。
午前9時半。名古屋ボードゲーム楽市で覚えた感触を元に設営を開始する。
テーブル半分スペースの運営は、3年前のゲームマーケット大阪で体験して以来だ。
サークル布はコミックマーケットのスペースである「幅900mm」を基準に作られているため、今回のスペース幅750mmだと1/6くらいだ。
「こんなに狭かったっけ?」
と、僕はその狭さに改めて驚かされた。
感染症禍以前のゲームマーケットはこの大きさのスペースが当たり前だった、とはいえ、書架にiPadを並べたら、もはや相手とやりとりするスペースすら無くなってしまう。試遊の早押しクイズ体験どころか、早押しボタンも設置が難しい。
補足すると、こちらは11階テーブルの規格であり、9階のテーブルは横幅900mm(テーブル幅1800mm)が確保されている。
続々と同じ会場に配置されたサークルが入場する。
11階多目的室は、ジーピー社様などの企業を除いては、ほとんどのスペースを個人創作のサークルが占めるように見えた。コロコロ堂、HONU GAMES、コノス、中古屋ウリボーなど中古販売スペースや企業スペースが並ぶ9階とは対照的にも思えるくらいだ。
私の隣テーブルは、シンプルながらイラスト・ルールともどもデザインが洗練されたカードゲーム「メデューサの敗北」「ケルベロスの覚醒」が話題のゾーイモーイ様、テーブルのスペースを隔てて隣は「異世界ギルドマスターズ」が人気の六角えんぴつ様だ。
和やかな雰囲気の中で開場の時間を迎える。この日の千葉県は気温27度の晴天となったが、空調は万全だったこともあり、快適な空間で運営することができた。
2.2 第一部
午前11時、第一グループが入場する。
直前にチラ見した程度だと、入口前にはザッと20人ほどが並んでいたように思えた。並ぶ来場者も老若男女様々で、入場口のリストバンドを装着することで管理されていた。
前回名古屋と同様にテーブルを隔てて声がけを行う。周囲に配慮しつつ、ハンドマイクの音量を調整した。フェイスシールドはだいぶ慣れたとはいえやはり息苦しく、何度も外そうかと考えたものの結局最後まで装着し続けた。
入口すぐのLexio JAPAN様、そして六角えんぴつ様は今回主役となるボードゲームの物販は行わず、クラウドファンディング実施中の作品を試遊・体験できるブースとなった。両サークルとも常に試遊希望の列が絶えなかったようにも見える。
また「療育ボードゲーム制作部」様のような体験テーブルを広げるサークルもあり、本イベントが即売会以外の楽しさができるよう工夫されていたよう配慮されていた。
一方で自分はというと、ゲームマーケット春の参加を見送ったこともたたり、あまり周囲への広報活動がとどこおる始末だった。
スペースの半分以上を大きな書架が据えられたブースを、多くの方がむなしく素通りする。
中で動く出展者(ブース運営者)の顔が見えないことはそれだけ販売促進がマイナスになることを改めて実感した。
気落ちする僕のブースへ、数名の方がブースを訪れてくれた。日々更新する4コマを応援される方が買い物に訪れてくれたとのことだ。
「いつも漫画に癒されてます!」「応援してます!」
そんな応援の声に、これまでひとり抱えていた運営の悩みが一気に吹き飛んだ。報酬もなく一人で運営する創作活動だったからか応援の声が何よりも身体に染み渡った。人からもらえる応援の効果は、おそらく応援をかける側以上に元気をもら得るのだ。
クイズ本に、4コマに、と、多くの方からのいろいろな意見をご馳走になり、その応援の声を励みに第一部の2時間を休みなく乗り切った。ふと気がつけば時計の針は13時を指し、会場内は終始多くの方が私有に買い物にと9階と11階を往復していたようにも思える。応援の声の興奮は結局開催中も持続しっぱなしだった。
1時間ほど休憩を挟み第二部の準備へ。9階に移動しながらご挨拶に回る。
感染症の煽りを受け、直前になっての当日販売の発表や、ゲームマーケット春からかれこれ2ヶ月も上海のロックダウンにより現物が到着しないといったアクシデントを伺ううちに、本感染症が単純に感染者の多少だけではなく、運輸便などの予期せぬ領域からも重く問題がのしかかることを実感した。
2.3 第二部
14時をまわり、第2グループの入場だ。
開幕から大勢の来場者で賑わった第一部とは異なり、第二部の来場者は比較的スローペースだったものの、9階のスペースを一通り見回ったと思しき来場者が2、30分ほど遅れて入場する辺りから混み合いを見せ、14時30分ともなると第一部のような賑わいとなった。
午前、午後の二つのリストバンドをつけて両方のテーブルに来場される方も見かけ、また、午後からは小中学生と思しきグループや、小さなお子さんを連れての家族での来場者もちらほら見かけた。
見回すと試遊テーブルはどこも活況ながら、少なくとも自分の観測する限りでは、マスクを外したり物を食べたりなどのマナー違反は無かったように見えた。
しばらくして、先ほどもご挨拶したPLAY!成田富里店の店長が、本イベントの参加者特典「特製クリアファイル」を配りながら一つ一つのブースに挨拶へと回っていた。
クリアファイルはどどめ先生の描き下ろしイラスト、ファイルには千葉県内のイベント協賛店舗で使用できる割引券が挟まっていた。
事前に18時撤収完了を告知されいたこともあり、僕は少し早めの16時40分ごろから身の回りの片付けを始めつつ、隙間時間を見計らい、周辺のサークルでの買い物をパパッと済ませた。
閉幕10分前となる時間も会議室には多くの方が試遊に買い物にと回っている様子だった。結局、運営スタッフによる閉幕のアナウンスまで来場者は絶えなかったように感じた。
ゲームマーケットと同じく拍手喝采で終わりを迎え、大きな書架に、テーブルクロスに、と、本格的な撤収を始めた。声かけに販売にと最後はヘトヘトだったが、それにも増して応援の声を背にテンションは上がりっぱなしだった。
重い荷物を抱えたまま帰りの電車に乗り込むと、乗車予定の横須賀線が運転を見合わせる旨を知らされる。
やむなく遠回りするも、遠回り先の京浜東北線もやっぱり止まってしまい、何か「悪いことが分割して訪れる」ような気がした。
良いことが起こる前には、決まってこういった「悪いこと」が細切れで起こるものだと自分に言い聞かせた。
晩酌も打ち上げもしないまま、帰宅後はささっと汗まみれのシャツを着替え、文字通り「バタンキュー」のまま寝床についた。
3.翌日(昔の思い出)
翌朝、僕はまたいつもの4コマの執筆に取り掛かった。
執筆しながら、僕は少し昔の、まだ僕がゲームマーケットに「来場者として」参加したときのことを思い返した。
もちろん目当てのボードゲームが手に入ることも参加の楽しみの一つだったが、もう一つ「ゲームを創作される人にご挨拶が叶う楽しみ」があったことを思い出した。
初めてゲームマーケットに来場した当時、テーブルを隔てた出展側のスペースには、到底自分の手には届かない「神のような存在の創作者」だった。
神、と書くと誇張しているかのようにも思えるけれど、ボードゲームを含め、普段は画面やスピーカーの向こうの、いわば「手の届かない存在」が、当時の自分にとって本当に神のような存在だった。
そして気がつけば、今は自分がその「手の届かないはずの側」に立っていることに気がつき、その縁の不思議さに、思わず身の震えを感じた。
今の僕はどうだろう。
むしろ立場が逆転しただけで、「手の届かない側」の存在は何ら変わってはいないように思える。
普段、思うような反応ももらえずくすぶる中、そんな自分の作品を目当てに訪れる来場者こそ今思えば「神」のような存在で、出展側、来場側、と、立場は違えども、神に感謝することそのものは何も変わってはいない、と、改めて振り返った。
それと同時に、イベントを運営するスタッフの、当日作品を販売される出展者の、そして楽しい作品を目当てに会場を訪れる来場者の、全員の「笑顔」が光っていたことが印象的だった。
これは通販や自販機などの「決まったやりとり」しかできないお店からは決して受け取れない、うまく言えないけれど「心の栄養」のようなものかな、と考えた。
感染症禍のイベントに多少なりとも身体が慣れてしまい、つい頭から抜けていた、声で、応援で、笑顔で、そんな「空気を動かす」活気のようなものを感じるイベントだった。
それもこれも、皆がお互いを尊重するからこそ成り立つのかな、と考えた。
今回の売上でずっと欲しかった本を購入した。3Dソフトの技術書だ。
初めて手にする技術書をパラパラと眺めながら、あの時にもらった笑顔のお返しは、更なる高いレベルの作品で期待に応えることで、それが自分にできる最大限のお返しなのかな、とぼんやり考えるのだった。
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