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【異世界軍記物語】総括のコンジェルトン
第一部 帝国の分裂
第六章 勇者の弟
③
「ヒトミー、どうしたの?ごはんは?」
ママが部屋に入ってきた。
「やだヒトミぃ……」
「ヒトミぃ!ヒトちゃん!」
ママはクローゼットで宙吊りになったワタシの体を揺さぶり続けた。
「やだヒトミ、自殺しちゃった……これもう駄目だな……」
途方に暮れるママの姿を、ワタシは天井から見下ろしていた。
「もしもし、救急車お願いします。娘です。名前は冷山ヒトミ、住所は……」
ママを悲しませて申し訳ない気持ちはあった。でも、もうワタシには何も出来なかった。そうしているうちに、段々と悲しい気持ちも薄らいでいった。
救急車が家に駆けつけた頃、ワタシは空の上へ上へと登りながら、その光景を見下ろしていた。搬送されるワタシを、近所の人たちが眺めている。
――その後、元いた世界がどうなったのか、ワタシは知らない。―――
気付いた時、ワタシは多分、ゆりかごの中で揺られていた。
この世界でのワタシの新しいママは、絶世の美女と謳われた踊り子だった。踊り子だったママは、親子ほどに年の離れたパパに見初められ、宮廷に入り、兄エリチャルドスを産み、その10年後にワタシを生んだのだ。
ワタシはママの名前から「アリシャ」と呼ばれるようになった。この世界では、女は母親の名前を代々引き継ぐのが一般的らしい。
ワタシを育てたのは宮廷女官たちだった。上の兄や姉に比べ、良く言えばのびのびと、悪く言えば放置気味に育てられた。というのも、ワタシが生まれた時点で、パパが治める国の中で、大規模な農民一揆が起きていた。パパたちは正規軍をもってなお、その一揆をなかなか鎮圧することができなかった。そんな状況だから、末娘の教育に労力を割くことができなかったのだ。
ワタシは自分なりに、必死にこの世界で生きていこうと思った。しかし生憎ながら、ワタシにはどうやら魔法の才能はあまりなかった。ワタシを含むヒト族では、生まれつき魔法の才能をもった人間は3割程度しかいないらしい。
そこでワタシは、図書館で本を読み漁るようになった。歴史、地理、兵法、薬学…。元いた世界でも勉強は得意だったので、全く苦には思わなかった。ただ教育係の女官たちは、もっと「女の子らしい」社交術なんかを身に着けて欲しかったらしい。
「君は、いつもここでお勉強しているのだ。頑張り屋さんなのだ」
「あ、あなた、どこかで見たような……」
「ボクはずんだもんなのだ!よろしくなのだ!」
「私は四国めたん。よろしくね」
「ワタシはアリシャ。よろしく」
「アリシャは皇帝の娘なのだ。なのにどうしていつも一人なのだ?」
「さあ、パパたちは忙しくて、ワタシに構っている余裕はないみたい」
「じゃあボクたちがお友達になるのだ!」
「ねえずんだもん、今お城の外では一体何が起きているの?」
「皇帝陛下の軍隊と反乱軍が戦っているのだ」
「反乱軍ってどんな人達なの?教えて」
「反乱軍の首謀者は、”ゾグラフ”という名前なのだ。ゾグラフは元々、ミレーア公国の生まれなのだ。それがノコレスの砂漠に労役夫として駆り出されていたのだ」
「ろうえきふ?それって大変なお仕事なの?」
「そうなのだ。工事が間に合わないと罪人となって、もっときつい仕事をしなければならないのだ」
「そう、でもそんなゾグラフが、どうして軍隊を率いることになったの?どうしてパパたちは、ゾグラフたちをやっつけられないの?」
「それは…ゾグラフはある晩、夢を見たのだ……」
「夢?」
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