【異世界軍記物語】総括のコンジェルトン
第一部 帝国の分裂
第六章 勇者の弟
⑤
皇帝の間を、しばし静寂が包みこんだ。
それを破ったのはお姉様の笑い声であった。
「ホ、ホ、ホホホホホ、これは面白いですわ!スパイを使ってゾグラフを殺し、そしてその功労者を皇帝直々に出迎えると見せかけてまた殺し、その宝具まで奪おうというのですか!」
「素晴らしい!私、是非後学のためにもその現場に立ち会いとうございます!ターメス!今すぐ荷物をまとめ出発の準備を!従者がいないというのであれば私一人でも参りますわ!」
「勝手にしろ!」
パパ、副帝ファルムスは捨て台詞を吐くと奥の間へと去っていった。
「お父様!」
私は咄嗟にパパの後を追った。
奥の間で、パパは窓から外を眺めていた。
「アリシャ、お前もあのような馬鹿げたマネに追随しようというのではないな…」
「いえ、お父様…」
「それでいい。フェリオのやつ、すっかりあのろくでなしの徒歩騎士に誑かされおって……それとも…所詮は奴隷に産ませた子ということか……」
ワタシはこの世界で、父親と触れ合う機会がほとんどなかった。そのせいだろう、その数少ない機会には無意識的に「いい子」を演じるようになっていた。それが演技なのか、ワタシの本来の人格なのか、それは自分にもわからなかった。
「でも良かったですわ。ゾグラフが倒されたのは。ワタシはお姉様のようにお城を飛び出したりするつもりはありませんわ。でも少し外の空気を吸いたくなりました。城外のすぐ外までなら出てもよろしいかしら」
「フム、だが気をつけるのじゃ。たとえゾグラフが死んだとは言え、やつに感化された賊が襲ってこないとも限らん」
「まあ、そんな、ヤプールが倒されたのに超獣が現れるみたいな…」
「ヤプール?超獣?なんのことじゃ?」
「ハッ、いえ、何でもありませんの」
しまった。つい前世の記憶が口をついた。
「とにかくお前一人では心配だ。護衛をつけよう。レムロス!レムロスを呼べ!」
しばらくすると従者とともに、長剣を差した赤毛で長身の青年が奥の間へとやってきた。
「近衛兵団副団長レムロスです。皇帝陛下、御用はなんでしょうか?まさか、また兄が何か……?」
「いや、そうではない……。ワシの娘、アリシャが久々に城外に出たがっている。その護衛をしてほしいのだ」
これが、ワタシとレムロスの出会いだった。
それから数日間、ワタシは毎日のように城外の野山を満喫した。城壁都市の雑踏にはない広い野原、小川のせせらぎ、それらはワタシの心を癒やすのに十分だった。ワタシの傍らには常にレムロスがいた。
ある日、小高い丘の上から周囲を見下ろすと、一人の騎馬兵が城に向かって駆けてくるのが見えた。
「なにかしら、あれ」
「騎馬兵です。でも、なにか様子がおかしい」
ワタシは急に胸の奥に息苦しいものを感じた。
「帰りましょうレムロス。なにか嫌な予感がしますわ」
ワタシの予感は的中していた。場内に戻ると、そこは混乱の坩堝と化していた。
「何がありましたの!?お父様!」
「ゾグラフが……ゾグラフが生きておった…」
ゾグラフは生きていた。一度人間として死んだ後、魔族として蘇ったのだ。
「内通者を出迎える予定であったローリルの峠にて、待っていたのはゾグラフだったようです。正帝コーセウス以下、その場にいた兵士全員がゾグラフ一人の手によって戦死…」
書面を読み上げるターメスは震えていた。
「フェ、フェリオはフェリオはどうなったのじゃ!?」
「フェリオ様は…ゾグラフによって連れ去られました!そしてゾグラフは帝国全土に降伏を要求しています!さもなくばフェリオ様の命はないと!」
「如何なさいますか?皇帝陛下」
「クゥッ、ま、まずはここ、オルファリオンの王にグレイムスを封ずる」
「グレイムス様に、オリファルオン王とカノス王を兼任させるということですね」
「そして我らは帝都アレニアへと向かう。兄であり正帝であるコーセウスが死んだ今、帝都に皇帝不在の期間が続いてはならぬ…元老院の貴族たちには下剋上の邪な野心を抱いている者もおろう、そうした輩にとっては、この窮地も僥倖になり得る…」
「エリチャルドスには奴の近衛兵団を率い直ちにアレニアに向かわせよ!ワシは今すぐにこの地を離れるというわけにはいかん!エリチャルドスには父もすぐさま後を追うと伝えよ!」
「ははっ」
「そして……至急捜索隊を編成し、あのうつけ者、ヒルメスを捕えよ。フェリオがああなってしまったのは、元はと言えば奴が良からぬ情報を吹き込んだからに違いない。奴には帝都アレニアにてその報いを受けてもらう。まだ奴は場内にいるはず。即刻見つけ出せ」
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