【異世界軍記物語】総括のコンジェルトン
第一部 帝国の分裂
第六章 勇者の弟
⑥
「なあ知ってるか?ヒルメスのやつ、皇帝直々の命で捕まったんだとさ」
「知ってるさ。アレニアまでわざわざ護送するんだろ?なんですぐ処刑しちまわねえんだろ」
「皇女様を誑かしたとあっちゃ大罪人だぜ。普通ならすぐ八つ裂きだろうになあ」
―――
パパは何故、ヒルメスをすぐに殺さなかったのだろうか?今思えば、その処刑を躊躇わせるなにかが、ヒルメスにはあったのかもしれない。確かにヒルメスの剣の腕は既に都では知られるところだった、だが、それ以上の何かがあの男にはあったのだろう。
―――オリファルオンの宮殿、皇帝の間にて。
「グレイムス、カノス王に加え、オリファルオン王の位、つかまつりました」
パパは黙って頷いた。
「しかしなんですな、父上。それはさておき少々不安要素がありますな」
「何じゃ。言うてみい」
「フェリオを誑かしたようなならず者の弟を、宮廷内に入れておくというのは…」
「むぅッ」
「皇帝直属の近衛兵団副団長に、レムロスという男はふさわしくございません。即刻罷免なさるべきです」
「そんなっ」
ワタシはつい言葉を挟んでしまった。
「どうした我が妹、アリシャよ?お前、レムロスがいなくなるとなにか不都合でもあるのか?」
ワタシはレムロスの方を見た。レムロスは苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、やがて口を開いた。
「承知いたしました。確かにグレイムス様の言う通り、私は宮廷に相応しくない存在です。只今を以て近衛兵団の職を辞したいと思います」
そう言うとレムロスは近衛兵団の腕章を従者に手渡し、その場を去っていった。
「レムロス!」
ワタシは咄嗟に叫んだ。レムロスは振り向かなかった。
兄、エリチャルドスたちの兵団が出発した翌日の早朝、父ファルムスをはじめ私達はアレニアに向かって出発した。伝承によれば、夜は魔族や魔獣の活動が活発化するという。それを避けるためにはまず日が昇っている間に急ピッチで軍を進め、夜は明かりも灯さずひっそりと身を潜めて寝泊まりする。
ワタシの乗る馬車の手前には、大罪人ヒルメスを乗せた護送車があった。
「こいつのせいで、レムロスは宮廷を去った……」
そう思うと、ワタシの中に憎しみの念が煮えたぎった。前の世界で同じクラスの生徒だったなら、きっといじめ殺していただろう。
夜になった。灯りをつければこちらの場所を敵に知られるかもしれない。なので火を炊くこともできない。ワタシは硬いパンと干し鱈を啜ると馬車の中で横になった。
と、その時。上空から甲高い音が鳴り響いたかと思うと、ワタシの馬車の眼の前で凄まじい地鳴りが響いた。
何事が起きたのかとワタシは窓から身を乗り出した。すると手前にあったヒルメスの護送車が砕け散り、その車輪部分は横転していた。
あっけにとられるワタシの眼の前を、一頭の駿馬が駆けていく。その馬に乗った男は武器を構えようとする護衛役を、すれ違いざまにスリングで手早く仕留めていった。そしてその前方には、おそらく手枷が填められたままなのだろう、両手を下にぶらんと垂れ下げ、月明かりに照らされた平原を、ただひた走る白い囚人服の男がいた。ヒルメスだ。
駿馬の乗り手はヒルメスを追い越し際に拾い上げ、そのまま平原を駆け抜けていく。
「アハハハハハ!アディオス!アディオース!!」
囚人服の男は拘束されたままの両手を高く掲げ、激しく振った。
ワタシが勇者ヒルメスの肉声を聞いたのは、その時が最初で最後だった。
「なんだッ!ゾグラフか!?」
「違うようです!カタパルトです!」
「ヒルメスの護送車を直撃しました!」
「ヒルメスは奪還されたようです!」
「仲間がいたのか!」
「恐らく幼馴染のパルムスと、グラスランナーの盗賊ウェド・カークでしょう!」
「アリシャ!怪我はないか!」
パパがワタシの馬車に駆け寄ってきた。
「はい!でもヒルメスが!」
「クソッ!都で八つ裂きにするはずが、逃がしてしまった!」
そう語るパパは、言葉とは裏腹にどこか安堵の表情を浮かべていた。
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