フィリピンのマニラでスラム街ツアーに参加した時の話
「私はここで生まれ育ったの」
僕と同い年のガイドさんは、そう言って、左右にバラックがひしめく細い路地を、慣れた調子で歩いていく。
ここは、フィリピンの首都マニラ。
その日は、事前に申し込んでいたスラム街ツアーのため、grabでマニラ郊外へ向かっていた。
寝不足で意識が朦朧としながらも、車窓から眺める異国の情景に心が踊る。スラム街が近づくにつれ、見窄らしい家屋が増え、通行人の服装も、中心部のそれとは異なっていく。
ほどなくして、ツアー団体の事務所のような場所に到着。一応、グループツアーだったのだけど、閑散期なのか、参加者は僕一人で、得したような気分だった。
早速ガイドさんに案内されながら、入り組んだスラム内を歩く。スラムの入り口前には、ゴミの中からペットボトルを漁る、"スカベンジャー"と呼ばれる人々の姿を多く見かけた。
スラム内部では、フィリピンの常か、子供達の姿が目立ち、土がむき出しの細い路地の両側に、トタン屋根の家屋がひしめき合う。
wifiは分単位、飲料水も1ポーション単位で補充できるマシーンが、いたる所に設置されているのが印象的。住民の「その日暮らし」を、否応なく垣間見ることができる。
また、"パグパグ"という名前の、飲食店のゴミから可食部の残るチキンなどを洗浄し、再調理(フライ)したものを売る店も数件見かけた。
ガイドさんによると、この辺りの家賃は、月2000~4000ペソ(2025年1月現在1ペソ2.67円)で、他の地域より安いとのこと。また、スカベンジャーだけでなく、ここから都心に通勤し、働いている人もいる。
スラム内部にも、ゴミの集積場のような場所がいくつかあり、鼻を突く異臭が周囲を覆う。フィリピンの常として、ベニヤ板製の手製バスケットゴールで遊ぶ子供の姿も多く見かけた。
スラム街という事前情報がなければ、少し貧相なバランガイ(フィリピンの最小行政単位。日本でいう町内会のようなもの)といった印象で、歓楽街で有名な、エルミタ・マラテ周辺の路地裏のような、ピリついた雰囲気も感じなかった。
その後、トライシクルでスモーキーマウンテンという場所へ。俗に言うゴミ山のスモーキーマウンテンは、政府の制作により、10数年前に閉鎖された。そのゴミ山の上に土を被せ、木々を植えた場所が、現在のスモーキーマウンテン。
しかしながら、完全に土で覆われたわけではなく、時折、土の下からゴミが顔を覗かせる。当時の山のような形状は未だ健在で、現在も数百人がここで生活している。住民の家屋は、先のスラムにも増して見窄らしいものが多く、軒先で内職をする人もいた。
住民同士で談笑している姿が印象的で、ここでもピリついた雰囲気は感じなかった。住民の多くは、先のスラムに、家を借りる家賃も払えないぐらい貧しい人々。
ベッドから抜き出したマットレスで、家屋を覆う門を作っている家や、ベニヤ板で自作したような住まい(僕達の常識では、住まいとは呼べないかもしれない)が点在している。
ガイドさんによると、この地域の住民にとって、一番の課題は、安全な水へのアクセス。敷地内には大きなプールがあり、2週間(1週間?)に一度、水が補充される。
その水を各家庭まで運ぶのだけれど、山の斜面のような場所を、大きなタンクを持って運ぶのは、言うまでもなく重労働。
滞在中も、水の入ったタンクを運ぶ住民を何人か見かけた。また、意外にも電気が通っているらしく、ちゃんとメーターもあったのには驚いた。スラム街でも見かけた時間制のwifiマシーンもあった。
ここに住んでいる住人の心の内は、僕には決してわからない。生きている環境も、習慣も、状況も、場所も、すべてに違いがあり過ぎて。
それを踏まえた上で言わせてもらえるのなら、彼ら彼女らに「悲壮感」というものを見つけることが、僕にはできなかった。まるで、探しても探しても一向に出てこない、無くし物のように。
それを感じさせないのが、陽気なフィリピン人気質なのかもしれないし、僕が感じ取れなかっただけなのかもしれない。あるいは、そのどちらでもないのかもしれない。
僕と、ここに住む人々の間に横たわる、大きな大きな壁。そして、埋めることのできない心理的な余白。この余白に対して、様々な思いを巡らせることができる。それもまた、旅というものの醍醐味の一つなのかもしれない。
また、今回、写真は一枚も撮らなかった。ガイドさんは、「もし写真を撮りたかったら言ってね。住民の人に聞いてあげるから」と言ってくれたのだけれど。やっぱり、撮られる方は良い気がしないだろうなと、気が進まなかったからだ。
写真は一枚もないけれど、この時感じたスラムの雰囲気や、足元の土の色、ゴミの饐えた匂い、ガイドさんや住民の笑顔、肌に纏わりつく湿気、強烈なマニラの日差し。今でも鮮明に思い出す。
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