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共犯者

「強い酒が好きですか?」

フロリダまで来て、日本人に声を掛けられるなんて、運が良いのか悪いのか。憧れのマイアミ・ビーチの夜だっていうのに。

「しかも、お読みの本は『赤と黒』。スタンダールを読みながらウォッカなんて、どこかで聞いたような凄い趣味だ。」

一度目の無視で退散しておけば良いものを。しつこい男は嫌い。

「大きなお世話ですよ。何か用かしら?」

「おっ…と。どうやら邪魔者のようですね。これは失礼しました。その綺麗なお顔に書いてある通り、退散するとしましょう。」

…顔にでちゃってたか。この常夏のリゾートで、きっちりとスーツなんて…オーセンティックがわかる人は嫌いじゃない。

「アレン、チェックお願い」

「ヨーコ。トータルは、さっきの彼が払っていったぜ。失恋旅行なんて言っていた割には、やるね。」

「えっ…」

まったく相手にされなかった女に?…良いか。どうせ明日も、同じ手で来るんでしょ。

◇◇◇

「やぁ。強い酒が、お好きですか?」

昨日と寸分違わないセリフ。さて、今日はどう出るのか…

「昨日はどうも。払ってくれなんて、頼んでないんだけど?」

「こりゃぁ、最初から厳しいアタリですねぇ…そう、勝手に払って、イイトコ見せようとしたんですよ。わかりやすいでしょう?」

「…正直なんだ。そして、今日もきっちりスーツ。しかも、昨日と違うデザイン。こっちに住んで長い?」

「鋭いですね。旅行者じゃないことは確かです。レディは、失恋旅行ですか?」

…むかつく。

「そうよ。だから、簡単に落とせそう、とでも、思った?」

「ま・さ・か。でも、フロリダまで来て、スタンダールを読みながらウォッカベースのカクテルなんて、男なら無視は出来ませんね。」

「あはははは。グラスを見ただけで、何のお酒か判るなんて。その恰好といい、優しい物言いといい、相当なタラシね。」

「人聞きの悪い…きれいな花が咲いていたら、誰だって愛でたいと思うでしょう?そういう事です。」

いまどきB級映画でも出ないセリフを、躊躇なく吐く男…こんなのに心地良さを感じるなんて、メンタルは乾いているらしい。

「ハイハイ、昭和の映画スター気取り?勘弁だわ。今日は私が出す。あなたのその…マティーニかしら。それも含めて、ね。アレン、チェックお願い」

これで貸し借り無し。奢られっぱなしなんて、冗談じゃない。

「おっと…やれやれ、面子丸つぶれですねぇ。」

「そんなヤワな面子、早く捨てちゃえば?アレン、チェック早く」

「ヨーコ。慌てなくても、俺はどこにも行かないぜ?そんなことより、カバンは大丈夫かい?」

「大きなお世話よ。カバンはちゃんと足元に置い…あれ?」

カバンがない…いつもカウンター下のフックに掛けて、膝で押さえつけているのに…

「HAHAHA、ヨーコ。しっかりしてくれよ。今日は酔うかもしれないからって、カバンは俺に預けただろう?ほら…」

「そう…だったかな、ごめん、本当に酔ってるのかも。じゃぁはい、おつりは要らないわ。」

「毎度!足元気を付けて」

◇◇◇

「…あら、今日はなんだか物騒ね。警官とお友達だなんて。いったい何の仕事をしているの?」

「やぁ、ご機嫌じゃないか。残念ながら、お友達とは言えないなぁ…っと、おい、銃は仕舞ってくれよ。こんなバーで無粋だなぁ。」

「ヘイ、レディ。あんたはこの男の知り合いか?」

「ん~。知り合いっちゃ知り合いか…何か探しものなら、調べたらいいじゃない。何なら、全部脱ぎましょうか?」

「残念ながら公務中でね。念のため部屋を調べさせてもらう。このホテルに滞在中かい?」

「おい!やりすぎだ!レディは関係ないだろう!」

「あら、あたしなら大丈夫よ。さ、行きましょうか。アレン!念のためにベルマンを呼んでちょうだい。」

◇◇◇

「やぁ、レディ。昨日はその…あれから戻ってこなかったけど、大丈夫だったかい?」

「またここで飲んでいるのだから、大丈夫だったってことでしょ。あたしは『ヨーコ』。アレンがそう呼んでいるでしょう?」

「これは参ったな。見かけより強いレディらしい…っと、ヨーコ、その…」

「はいこれ。メリディアン通りのロッカーよ。」

「おっと…」

「おかしいと思った。アレンにカバンを預けた覚えはなし、ロングカクテル1,2杯で酔ったりもしない。部屋に戻ってカバンの中を漁ったら、見覚えのないライター、おまけに中身は…」

「USBメモリ。それで、捨てるでもなく部屋に置くでもなく、ロッカーとはね。」

「そ。本当はあの時、ロッカーキーは首から下げていたから、本当に脱げと言われたら、やばかったわ。」

「それで…俺は素性を明かすべきかい?それとも…」

「要らないわ。正直に話すとも思えないし。でも、そのロッカーの中身も、果たして本物かしら?」

「はははははは。やるね、ヨーコ。じゃ俺たちは共犯者ってワケだ。」

「今日はスーツじゃないのね。ハーフパンツ姿も似合ってるわ。」

「そりゃどうも。」

「どこまでお見通し?」

「お見通し?違うね、賭けだよ。3日前から君が飲み続けている、そのパイナップルの香りのカクテルに、ね」

「ふふふ。勘のいいヒトは、好きよ。でも、オン・ザ・ビーチはごめんだわ。」


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