【Are you knockin’ on heaven’s door?】
カーブ。ハンドルを右へ。
ヘッドライトに人影。
ブレーキ。瞬間、衝撃、音。
意識が飛びかける。引く血の気。脂汗。吐き気。
震える手でサイドブレーキを引き、ドアを開け、車を降りる。足元がおぼつかない。ふわふわのマットを歩いている気分。
スーツの、おそらく男性だ。道路に倒れて動かない。恐る恐る近寄り、声をかける。
「すいません・・・。大丈夫ですか。」
これが俺の声?
「あの、大丈夫ですか?」
「あの!!」
後ろから人の気配。咄嗟に振り向く。覆面。額に当てられる冷たい感触。初めてだが、バカでもわかる。これは拳銃だ。
「道路に飛び出したこいつが悪い。だがこいつが死んだら困るのはお互い様だろ? 車に乗せろ。俺の指示する場所に向かってもらう。」
覆面男の指示に従い、スーツ男を後部座席に乗せる。脈も呼吸もあるが、意識はない。血塗れ。左腕がおかしな方向に曲がっている。
覆面男は手に持っていたボストンバッグをスーツ男の横に置く。開いたファスナーの隙間から見える、札束。
震えながら運転席に乗り込む。助手席には覆面男。
「とりあえず道なり。」
いやそんなこと言われても。この車のブレーキはもう壊れるのに。
借金だ。別れた妻子の元にもヤクザが怒鳴り込んできたらしい。
高額の生命保険に入った。愛車のブレーキに細工をした。これでも30年以上自動車整備工として働いてきたのだ。後日調べられても絶対にバレない。
最後のドライブに出た。計算通りならそろそろブレーキが効かなくなり、ガードレールを突き破って海に転落する。俺は事故死として扱われ、俺が残りの人生働き続けても稼げない額を彼女らは受け取る。みんな幸せ。ハッピーエンド。
でも、今この車の中には金がある。この金を手にすれば、ひょっとして死ななくてもいいんじゃない?
これは神が俺に与えたもうた最後のチャンスだ。どうする? 札束、ブレーキの壊れる車、死にかけの男、拳銃。
どうしたらいい?
【続く】
※逆噴射小説大賞2020応募作品
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