『シェール革命の正体:ロシアの天然ガスが日本を救う』藤和彦著、PHP研究所 2013
はじめに
今、世界はシェール革命に沸いている。
シェールガス(オイル)とは、泥岩に含まれる天然ガス(石油)のことを指す。在来型の天然ガスは砂岩に含まれているが、泥岩の中で、特に、固く、薄片上に剥がれやすい性質を持つシェール(頁岩)に含まれることから、「シェールガス(オイル)」と呼ばれている。2000~3000mの地下深くに存在するシェールガス(オイル)の採掘は、従来、技術的にも採算的に困難とされてきたが、強い圧力(500~1000気圧)の水を当ててシェールに人工的に大きな裂け目を作り、ガスを取り出す技術(水平坑井・水圧破砕・割れ目の広がりを把握する技術)が確立することで、米国でシェールガス(オイル)の生産量が急増したのである。
これにより、IEA(国際エネルギー機関)は、2012年11月、「2017年までに米国は、サウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になり、2035年までには、国内全体のエネルギー需要を全て自給できるようになる」という見通しを発表したが、シェール革命のインパクトは世界全体に広がり始めており、これにより化石燃料(石油・天然ガス)の可採埋蔵量が飛躍的に増加することが明らかになってきた。
2013年10月、米エネルギー省は「米国は今年、石油・天然ガスの生産量でロシアとサウジアラビアを抜き、世界最大の生産国になる可能性がある」との見通しを明らかにした。また米エネルギー調査会者は「原油のほか天然ガス液とバイオ燃料を含めると、米国は今年、サウジアラビアを抜いて世界最大の石油供給国になる」との見通しを示した。
シェール革命について、「化石燃料を海外に依存する我が国にとって朗報」との見方が支配的であるが、「目に見えない形で戦後最大のエネルギー危機が迫っているのではないか」というのが筆者の懸念である。なぜなら、エネルギー自給が達成されれば、内憂外患の米国は原油や天然ガスを算出する地域に関心を示さなくなり、今後の中東政策が大きく後退してしまう可能性があるからである。
米国がエネルギー需給を達成すれば、中東産原油の90%が日本や中国などアジア向けであるが、そこで懸念されるのがシーレーン防衛である。中東地域から輸入される原油や天然ガスは、必ずホルムズ海峡を通る。核開発疑惑で国際社会と対立しているイランに加え、内戦が泥沼化するシリア、国内情勢が「液状化」するエジプトなど、中東地域では10年の大戦争の後、10年の大混乱が起こりかねないという極めて危険な状況に陥りつつある。
万が一ホルムズ海峡が封鎖されたら、日本はどうするのか。戦後の日本は、中東地域を中心に原油や天然ガスの安全供給源を確保することにより経済発展を遂げてきたが、中東地域から日本に至るシーレーンの安全を米国が担保しなくなったら、日本は戦略の大転換を余儀なくされるだろう。ホルムズ海峡の安全航行について、日本は中国と利害関係が一致しているが、尖閣諸島国有化に端を発した中国海洋監視船の領海侵犯の常態化など、中国側の一連の常軌を逸した行動をみると、この2つの輸入大国が協力できる可能性は低いと言わざるを得ない。
2010年に世界第2位の経済大国になり、世界最大の石油輸入国になった中国については、アジアを始めとする世界各国の懸念が高まっている。中国は、南シナ海を「核心的利益」としてその領有権を主張し、フィリピンやベトナムなどASEAN諸国との対立を先鋭化させ、マラッカ海峡やパシー海峡の安全航行まで脅かすようになりつつある。しかし「中国の台頭」に頭を悩ませている米国の態度は煮え切らない。
また、リーマンショック後の世界経済は、各国が直後に実施した財政金融政策の効果が剥落する2013年後半以降、再び厳しい時代を迎えるだろう。新興諸国では成長鈍化により政府と中間層の間の亀裂が深まる方向にあり、2013年6月にブラジルやトルコで発生した暴動が示すように社会不安が生じるリスクが高まっている。まさかと思うような話だが、米ウォール街など国際金融界からは、究極の経済政策としての「大戦争」勃発への期待が生まれつつある。米国が引き続き圧倒的な憶力を有しながらも、世界のGゼロ時代は長く続くだろうが、このようなきな臭い状況だからこそ、「国際社会の構造の本質はアナーキーである」との前提に立った地政学的な発想で、中長期を見すえた大戦略を築く必要がある。
具体的には、「中国の台頭」によりアジアのパワーバランスが大きく崩れつつある状況下で、日本は日米同盟を堅持しつつも、中国の台頭に頭を抱えながらも中国と永遠のライバル関係にある大国ロシアと連携することで中国を牽制するという発想を真剣に検討する必要があるのではないだろうか。
幸か不幸か日本とロシアの間には、天然ガスや原油に関する需要者・供給者という相互補完的かつ互恵的な関係を築けるという潜在的なポテンシャルが高い。
東日本大震災以降、シェール革命の影響で世界的に天然ガス価格が低下している中、その恩恵に浴せず、世界一高い価格でLNGを買い続ける日本。一方、シェール革命の影響で貴重な外貨獲得手段である天然ガスの輸出に逆風を受けているロシア。
ロシアは東シベリア・極東地域の天然ガス資源の有効活用を悲願としているが、中国との長年の交渉がうまくいかず、サハリンからのLNG輸出を除くとほとんど手つかずのままである。日本にとっても、サハリンを始めとする東シベリア・極東地域の天然ガス確保は魅力的だが、天然ガスの低廉供給のためには、LNGという形態のみでなく、パイプラインによる生ガス輸送も加えた「デュアル供給システム」を確立することが不可欠である。世界の天然ガスの9割以上はパイプラインを使って供給されているが、天然ガス田と需要地の距離が4000km以下であればパイプラインのほうがコスト的に有利である。サハリンから首都圏までの距離が1400kmなのだから、パイプラインを敷設しない手はない。しかし、ロシアからの天然ガスをパイプラインを利用して輸入することに抵抗を感じるという意見は日本国内に根強くある。近年発生したウクライナとの天然ガス紛争によって「ロシアはエネルギーを政治の武器に使用する」という間違ったイメージが日本国内に広がってしまったからだ(ロシアからの天然ガス輸入の「安全性」は本文で詳述する)
シェール革命が日本に与える影響とは何か。それは「危機」である。
危機とは「危険」と「機会」の合成語であるが、不安定な状況をもたらすと同時に、古い体質の全面的な転換によって新たな再生を図るための契機にもなる。
かつて、大英帝国内でほとんど生産できなかった石油に頼ることの危険性を批判されたチャーチルは、エネルギー供給安全保障の要諦について、「1に多様性、2に多様性、3に多様性」と答え、世界の産油国から分散して調達すれば問題ないと主張した。今でもこの考え方は、エネルギー専門家の間で、深い真理を突いたものとして評価が高い。
日本は、戦後の経済成長を支えた中東原油への依存状況に甘んじるのではなく、「近接・安定・豊富」そして「石油から天然ガス」をキーワードにエネルギー政策を主体的に構築しようではないか。
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