『これからの戦争・兵器・軍隊(上)』江畑謙介、並木書房、2002


はじめに

古来より戦いにおいて「敵(彼)を知り己を知らば、百戦して危殆)うからず」(孫子の兵法より)といわれるが、これは現在でも変わらない真実である。それがなかなかできないから、いまだにこの箴言が生きている。

  • これには二つの意味がある。まず敵の意図や能力を十分に認識すると同時に、自分の能力をあらゆる面で十分に(強い点も弱い点も)認識するという、基本的な深い意味である。

  • もう一つは敵の位置や部隊規模(戦力)を把握して、自分の部隊がどこにいて、現在どれだけの戦闘力を持つかを正確に認識するという、より皮相的な(この言葉が適切でないならば、戦術的な)面での認識に関する意味である。

前者の意味の方がより重要なのだが、個々の戦闘という場面においては、後者の、しかもかなり物理的な面においての問題が極めて重要になる。

ある戦場*において、敵の全部隊の位置と動き、その部隊構成をリアルタイムで把握でき、味方の部隊の位置と現状の戦力をリアルタイムで知ることができるなら、そして、これが重要なのだが、敵にはそのような戦場の状況認識**を許さないならば、戦って負けることはないだろう。この点は容易に理解できよう。

(現在、そして将来の戦場は宇宙空間を含む三次元的なものとなるため、バトルフィールドに代わってバトルスペース[Battle-Space:戦闘空間」という言葉が用いられるようになってきた)
(シチュエーション・アウエアニス[Situation Awareness]という)

それができない(できなかった)から、戦いには常に不確定要素がつきまとった。これをプロシャの戦略理論家クラウゼヴィッツは「戦争の霧」と呼んだ。ナポレオンをワーテルローの戦いで破ったイギリスのウエリントン公爵は、「軍人として過ごした歳月の半分は、あの丘の向こうに何があるのだろうと悩む繰り返しであった」と回顧している。

敵の位置や部隊構成はもとより、味方の部隊の位置すらもリアルタイムで知るのは難しかった。それどころか、下手をすると(というよりも、決してまれではなく)自分の位置すら分からなくなって、自分の進むべき方向を見失ってしまう場合があった。太古の昔より、人は自分の位置を知るためにいろいろな工夫をした。羅針盤の発明は人類を目標のない大洋への進出を可能にさせたが、それでも常に自分の位置を正確に把握するのは難しかった。航空機の実用化に伴って電波航法システムが開発され、さらにミサイルの実用化に並行して慣性航法装置が生み出されたが、誤差、信頼性の面で、なお大きな不確定要素がつきまとった。ましてや陸上の航法や個人の行動となると、明確な目標が見えるならともかく、自分が今どこにいるかを正確に知るのは極めて難しい。

それが可能になったのは、人工衛星を使う航法システムGPS(Global Positioning System)や、PHS(personal handy-phone system)に代表される携帯電話網を使う位置把握システムが実用化された一九九〇年代以後のことである。これらは一般にIT(InformationTechnology: 情報技術)革命の一端と見なされている。そのくらいであるから、敵の位置を知るのはもっと難しい。気球が真っ先に敵陣の偵察手段として利用され、航空機が軍事に応用された最初が偵察任務であった事実は驚くに当たらない。米国もソ連も、人工衛星がまだ打ち上げられる前から、それを相手の国内を偵察する手段として考え、軍事利用としていの一番にこの分野で使用した。

レーダーは可視光線に頼っていた捜索・偵察手段に革命的な変化をもたらしたが、それを空中から地上の監視用に使えるようになったのは、やはり一九九〇年代になってからである。赤外線という光(電磁波)を使って暗闇でも見える(目標を把握できる)ようになったのは第二次世界大戦後半からであるが、闇夜にカンテラのような、相手にこちらの存在が知られてしまう赤外線投光器を使用せずとも、敵の位置を探れるようになったのは、一九九〇年代以後のことである。

そして、このような映像情報をリアルタイムで送信できる大容量高速通信技術が実用化されたのも、また一九九〇年以後のIT革命においてであった。そうした情報をリアルタイムで集め、融合し、分析し、その結果としての情報を、必要とする人間や部隊や兵器に、必要とするものだけを、必要とする時に送れるなら、極めて効率のよい戦いができるようになるであろう。

これは戦いのやり方に大きな、まさに革命的な変化をもたらすものとなるはずである。こうして情報とその関連技術(IT)を駆使することによって、戦いの方法に革命的な変化をもたらせるという考えが生まれ、現在、そしてこれからの、軍隊における基本的流れを形成するようになった。これを「リボリューション・イン・ミリタリーアフェアーズ(Revolution in Military Affairs)」、英語の頭文字を取ってRMAと呼んでいる。日本語ではまだ確定した訳はないが、本書では「軍事における革命」と訳すことにする。

1990年代以後の情報技術の急速な発達は、各種の情報を集め、遠方に伝達し、融合し、共有できるようにさせている。これは戦いのやり方に革命をもたらすものと考えられ、「軍事における革命(RMA)」と呼ばれている。

RMAとはまさにいかに「効率よく戦うか」を意図した革命である。「効率のよい戦い」とい抵抗を感じる人もいるだろうが、一般に思われているのと異なり、非生産的で消耗一方の「職い」という行為において、軍隊は必要な性能や量などが満たされるなら、あとはいかにしたら無駄な消耗し、迅速な決着が得られるかに腐心してきた。

しかし基本的条件として、軍隊のRMA化には高度な技術とかなり高額の経費を必要とする。効率よい戦いができるという点において、結果的には在来型の軍隊よりもはるかに安い経費で済むようになるという期待はあるものの、RMA化を進めるに当たっては、高額の費用が必要になるのは事実である。自国の持つ技術がそれを可能にさせる水準になければ、やはり高額の支出をして他からその装備を購入せねばならない。

そうなると、必然的にRMA化が不可能な国の軍隊も生まれてくる。すでに述べたような理由から、RMA化されていない在来型の軍隊ではRMA型軍隊に太刀打ちできない。となれば、正面から挑んで行くのは愚の骨頂であろう。

また国家の軍隊でない武装組織や反政府組織などでは、どうやっても国家が推進する軍隊のRMA化に対応できる訳がない。このような組織もRMA化された軍隊に正面から挑むのは馬鹿げている。

米国と同盟関係にある日本の自衛隊は、米軍が進めているRMA化と歩調を合わせる必要がある。しかし、日本と米国とでは戦略が異なる以上、全て米軍と同じ方式を追求するのは不可能であるし、その必要もない。図は防衛白書のRMA説明。

そこでこれらの国家の軍隊や非国家(武装)組織はRMA化された軍隊の弱点を狙うか、軍隊に直接挑むのではなく、そのRMA型軍隊を持つ国家そのものの弱点を狙って攻撃する手段を考えるだろう。これを「アシンメトリカル・ウォフェア」(asymmetrical warfare:非対称型の戦い)という。

例えば、RMA型の軍隊がよって立つところはITシステムであるから、コンピュータで制御されるこのITシステムを電子的、ないしは物理的、あるいは情報そのものを操作する方法(偽情報の投入、データの書き換えなど)で攻撃するインフォメーション・ウォーフェア(InformationWarfare:IW)と呼ばれるものがある。最近「サイバーテロ」と呼ばれるようになった方法である。攻撃対象は軍隊に留まらず、その軍隊が所属する国家そのもののITシステムも含まれる。国家の経済・社会インフラが機能を停止させられるなら、実弾を一発も撃たれることなくに、その国や社会は崩壊せざるを得ないかも知れない。

社会や経済インフラに対する攻撃手段は、何もITを電子的に攻撃するだけとは限らない。従来から行なわれてきた爆弾による物理的破壊もその有力手段となる。その目的に冷戦後、急速に広がった高度技術を応用するなら、核兵器や生物・化学兵器を使って相手に大きな打撃を与える方法も可能になるだろう。それはすでに日本において、オウム真理教による「地下鉄サリン事件」として現実のものとなった。さらには人口の増大に伴って欠乏する一方の、貴重な真水資源を汚染するというテロ攻撃の手法も懸念されている。

テロ攻撃の手段としては弾道ミサイルや巡航ミサイルも使用できる。弾道ミサイル、巡航ミサイル共に、現在のところは有効な防衛手段がないという点で強力な脅迫手段になり得る。それが相手の国や人々にどんな影響を与えるかは、湾岸戦争におけるイラクのスカッド(アル・フセイン)弾道ミサイルの衝撃や、北朝鮮によるテポドン1(人工衛星打ち上げロケット)に上空を飛ばれた日本のあわてぶりによく示されている。

とくにミサイルに都市を攻撃されるという恐怖は、大衆に強い影響力を与え、民衆の意見によって政治が動く民主主義国家であるほど、この種の脅迫に弱い。したがって弾道ミサイル、そして今後、問題になるであろう巡航ミサイルの拡散は、世界の安定という点から重大な懸念事項となっているのである。

その都市での戦いは、広域を高速で動き回る方法を基本とするRMA型軍隊にとって極めて不得意な分野となる。一方で世界の人口は都市に集中する傾向を強め、東京都圏は今後も世界最大の都市であり続けると予想されている。また都市は、交通やエネルギーの集中する場所であり、軍隊が海外で作戦する場合の重要な中継地点であり、また補給の拠点ともなる。

この都市での戦い、すなわち市街戦は、敵の軍隊に多くの出血を強いるし、「何の罪もない一般市民」にも大きな犠牲を出すようになるから、RMA型軍隊を持つ先進国にとっては、最も忌避すべき戦いである。そこにRMA型軍隊を引きずり込むなら、非RMA型軍隊や武装組織は、同等かそれ以上の優位を占めることもできよう。

すでにお分かりのように、これらの多くには日本が関係する事項がある。また自衛隊は二〇〇一年度からの中期防衛力整備計画(五カ年)で、本格的なRMA化計画に着手しようとしている。安全保障条約を結んでいる相手の米国の軍隊がRMA化の先陣を切っている以上、同盟国として、共同防衛・作戦をする自衛隊がRMA化を進めるのは当然であろうが、同時に、米国と日本では根本的に戦略が異なるという点もまた考慮せねばならない。

すなわちRMA化の方法には、米国の方法だけではなく日本独自の方法があるはずである。

このような世界の軍隊の進む方向とその問題点を知ることは、年間五兆円の防衛費を支出してい駄とはならないだろう。

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