『「みんなの意見」は案外正しい』ジェームズ・スロウィッキー著、角川文庫、2009

著者がジャーナリストということもあって、内容が取っ散らかっている印象…それをまとめ上げるのが腕の見せ所…まあ、そんな腕があれば、の話ですが…

5-6章、7-1は経済学を一通り勉強した人にとっては退屈かも。また、経済学に精通した人ならば、グローバル・ゲームの議論が参照されていないことを不満に感じるかもしれない…ただ、本書発表当時だとまだ最先端の議論だったのでしょうがない…


感想

7章

本章は「調整が失敗したとき」とあるが、そもそも本書が肯定的にとらえている「多様性」が無かった場合に渋滞が生じないことがありえるので、本書における意義が分かりにくい。


8章

本書の議論からして、科学的研究が多様性、独立性、分散性の条件が満たされているかどうかが分からない。また、1つの研究を選挙などのように多くの人が行う・追試する訳ではないので、その点でも条件は異なる。

なんで、科学の話が本書に登場するか理解できない。



0. はじめに

0-1. フランシス・ゴールトンのプリマス食肉用家畜家禽見本市分析

専門家以外の人が結構入っていても、全体の平均値が実際の雄牛の重さに収束する現象

ダーウィンの従兄弟。


0-2. 集団の知恵(集合知)と、それでも「専門家を追いかける」傾向

正しい状況下では、集団はきわめて優れた知力を発揮するし、それは往々にして集団の中でいちばん優秀な個人の知力よりも優れている。

pp. 9-10

「専門家を追いかける」


0-3. 集団の狂気を信じる人々

狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団にあっては通例である

ニーチェ


0-4. 認知・調整・協調:本書の構成

  • 認知:どこかの時点で必ず明快な答えが存在するタイプの問題(1章)

  • 調整:市場や地下鉄の乗客などの集団のメンバー全員が同じような行動を取る中、ほかの人と調整する方法を考えなければならない(5章)

  • 協調:利己的で、不信感いっぱいの赤の他人同士が一丸となって何かに取り組むようにするという非常に難しい課題(6章)

集団が賢くあるために必要な3条件:多様性(2章)、独立性(3章)、分散性(4章)

後半はケース・スタディ


0-5. 沈没した潜水艦を探せ!

ジョン・クレーブン元海軍士官


1. 集団の知恵

1-1. グループ・ダイナミクス

クイズ$ミリオネア
テレフォンの正答率は65%だが、スタジオの視聴者アンケートは91%

グループ・ダイナミクス

・室温の集団による推測、ヘイゼル・ナイト
・「ビンの中のジェリービーンズ」、ジャック・トレイナー


・ノーマン・L・ジョンソンの迷路


1-2. チャレンジャー爆発から21分で関連株価が暴落…

1986年1月28日午前11時38分。

ファイナンス教授、マイケル・T・マロニーとJ・ハロルド・マルヘリンの研究

関連企業の中で、事故に関する公開された情報はないのに、原因が固体燃料ブースターを担当していたモートン・サイオコールであることを突き止めた株式市場。

集団が賢くあるために必要な4条件:多様性、独立性、分散性、集約性


1-3. 確かなことが何もわからない未来の出来事に関する意思決定

ロバート・ウォーカー:スポーツ・ベッティングの胴元

https://www.linkedin.com/in/robert-walker-6469a741


1-4. 超優秀なGoogle検索:共和制

1-5. 投票・エンタメのギャンブル

IEM: Iowa Electronic Market

HSX: Hollywood stock eXchange
興行成績や後悔した週末の売り上げ、オスカーの受賞者などの賭け

・アニータ・エルバースの研究


・オーバーチュア社 デービッド・ペンノック

・UCLA エリー・ダハーン教授

・MIT, Technology Review, Innovation Future

・ジョージ・メイソン大学経済学部教授、ロビン・ハンソン



2. 違いから生まれる違い:8の字ダンス、ピッグズ湾事件、多様性

2-1. ランサム・オールズの11種類の試作車と蜂のハチミツ探し

・エジソンの電気自動車
スタンレースチーマー(蒸気エンジン)

・その他の何百という自動車会社


蜂のハチミツ探し

・トーマス・シーリー:『ミツバチの知恵:ミツバチコロニーの社会生理学


可能性のある選択がありすぎるので、できるだけ多くの蜂を偵察に出す
イノベーションでは、絶対成功しそうにもないような大胆なアイディアを後押しする投資システムの存在が重要


2-2. 多様性の維持の重要性

多様性の推奨は、大きな集団よりも小さな集団やメンバーが限定されているかっちりとした組織体にとってより大きな意味をもつ。

会社などの組織の場合は、それとは対照的に認知的多様性を積極的に奨励しなければならない。特に組織が小規模であればあるほど、特定の偏向を持った少数の人物が不当な影響力を行使して、集団の意志決定を簡単に歪められるので、多様性を大事にしなければならないのだ。


ミシガン大学の政治学者 スコット・ペイジの意思決定のコンピューター・シミュレーションの実験

・結論:個々人のレベルで見ると、与えられた課題の解決に適しているエージェントもいれば、そうでないエージェントもいる。だが、頁の最終的な発見は優秀な意思決定者とそれほど優秀ではない意思決定者が混在している集団のほうが、優秀な意思決定者だけからなる集団よりも必ずと言っていいくらい、よい結果を出しているというものだった。

集団のレベルで考えれば、知性だけでは不十分だ。問題を多角的に検証する視点の多様性が得られないからである。知性というのは、スキルが入った道具箱のようなものだと考えると、「ベスト」と考えられるスキルはそれほど多くなく、したがって優秀な人ほど似通ってしまう。

・新しいメンバーの重要性:なんとも奇矯な結論だと思われるかもしれないが、それが真実なのだ。似た者同士の集団だと、それぞれが持ち込む新しい情報がどんどん減ってしまい、お互いから学べることが少なくなる。組織に新しいメンバーを入れることは、その人に経験も能力も欠けていても、より優れた集団を生み出す力になる。その集団にいる古参のメンバー全員が知っていることと、新しいメンバーが知っているわずかなことが重複しないからだ。


2-3. 専門家への妄信

ウォートン・ビジネススクールの教授J・スコット・アームストロング

「専門知識がもたらす決定的な優位性を示す研究は存在しない。専門性と正確性相関は見られない」という結論に達した。

ジェームズ・シャントー:専門性の本質の研究に関してはアメリカを代表する研究者

専門家の決定は深刻な間違いを孕んでいる

専門家の判断が必ずしも同分野のほかの専門家の判断と一致しないことや、一人の専門家の判断さえも一貫していないことを明らかにした調査を挙げている。


経済学者のテレンス・オディアン

専門家は自信過剰


アームストロング

「専門家は先々の変化を予想するのに充分な情報と、その情報を有効に活用する能力を持っていると誰もが期待する。ところが、最低限の専門知識以上の専門性は変化の予想にはほとんど役に立たない」

リチャード・ラリックとジャック・B・ソル


平均することは妥協であり、レベルを下げることだと直感的に思っている

本当の知力は個人に備わっているという私たちの思い込み

私たちが「偶然のいたずらにだまされてしまう」

ことがある。世の中に予測をしている人がたくさんいれば、そのうち何人かは何年かの間になかなかの成績をおさめることになる。だが、その成績は必ずしも優れたスキルのおかげでもたらされたわけではないし、同じような成績が未来にも得られる確証もない。


2-4. 個人の判断が正確でもなければ、一貫性も持っていない:ビッグス湾事件

心理学者のアービング・ジャニスが言うところの「集団思考」の餌食になりがちである。

ソロモン・アッシュ



3. ひと真似は近道:模倣、情報の流れ、独立性

結論:モノマネで上手く行くかどうかは運任せ


3-2. 空を見上げる実験とNFLのセイバー・メトリクス


NFLの戦術:ながらく間違った戦術が用いられたのはなぜか?


3-3. ハーディング(群集行動):情報カスケード

plank road(失敗した例)

Klein, Daniel B., and John Majewski. "Plank road fever in antebellum America: New York state origins." New York History 75.1 (1994): 39-65.


情報カスケードに関する2つのモデル

・ティッピング・ポイント

Gladwell, Malcolm. The tipping point: How little things can make a big difference. Little, Brown, 2006.


・Bikhchandani, Hirshleifer and Welch (1998)

Bikhchandani, Sushil, David Hirshleifer, and Ivo Welch. "Learning from the behavior of others: Conformity, fads, and informational cascades." Journal of economic perspectives 12.3 (1998): 151-170.

市場や投票制度のように、みんなが持っている私的情報を集約するのではなく、情報不足の状態でから次へと判断が積み重なるというのが情報カスケードである。

市場や投票制度のように、みんなが持っている私的情報を集約するのではなく、情報不足の状態でから次へと判断が積み重なるというのが情報カスケードである。

情報カスケードが抱える根本的な問題は、ある時点を過ぎると自分が持っている私的情報に関心を払う代わりに、周りの人の行動を真似することが合理的に思える点にある。みんな自分の知っている情報に基づいて判断をしていると思っているけれど、実際には先人が知っていると自分が思い込んでいる情報に基づいて判断をしている。そのため、集団は誤った判断をしてしまう。

pp. 70-71

通行人(メイヴン)・媒介人(コネクター)・セールスマン・モデル


Bikhchandani, Sushil, David Hirshleifer, and Ivo Welch. "Learning from the behavior of others: Conformity, fads, and informational cascades." Journal of economic perspectives 12.3 (1998): 151-170.


ネジの規格化


3-4. 『ヒトはどのように進化してきたか』

Boyd, Robert, and Joan B. Silk. How humans evolved. WW Norton & Company, 2014.


Gross, Neal C. (1942) The diffusion of a culture trait in two Iowa townships. M.S. Thesis, Iowa State College, Ames.

Dimit, Robert Morgan. Diffusion and adoption of approved farm practices in 11 counties in southwest Virginia. Iowa State University, 1954.


3-5. ビー玉の実験

Plott, Charles R., and Kathryn Zeiler. "The willingness to pay–willingness to accept gap, the “endowment effect,” subject misconceptions, and experimental procedures for eliciting valuations." American Economic Review 95.3 (2005): 530-545.


4. ばらばらのカケラを一つに集める:CIA、リナックス、分散性

4-1. 真珠湾、9・11とアメリカの情報機関


4-2. なぜアメリカの情報機関は分散していたのに失敗したのか?

分散した情報が成功・失敗する条件

分散性がすばらしいのは、独立性と専門性を奨励する一方で、人々が自らの活動を調整し、難しい課題を解決する余地も与えてくれる点にある。逆に分散性が抱える決定的な問題は、システムの一部が発見した貴重な情報が、必ずしもシステム全体に伝わらない点にある。貴重な情報がまったく伝わらず、有効に活用されないこともある。

pp. 86-87


4-3. Linuxの分散性がもたらす多様性


4-4. 分散した情報の集約:イラク戦争の例

4-5. 情報を集約と判断の集約:DARPAの未来予測システム


5. シャル・ウィ・ダンス?:複雑な世の中でコーディネーションをする

5-1. 歩行者や市場の動き

5-2. エルファロル問題




5-3. フォーカル・ポイント

5-4. 交通に関する慣習

5-5. 価格メカニズムを阻害する慣習

5-6. 簡単な個のルールが導き出す自生的秩序、市場メカニズム

5-7. 市場メカニズムの実験


第Ⅱ部

6. 社会は確かに存在している:税金、チップ、テレビ、信頼

6-1. 不正まみれのイタリア・サッカー:日韓WC

6-2. 最後通牒ゲーム


6-3. 繰り返しゲームとその批判

社会ではプラス・サムが多いと主張


6-4. 資本主義の成立に貢献する協力

6-5. 信頼を担保する制度


6-6. 特定地域の視聴率調査に関する協調の問題

6-7. 公共財ゲーム

Fehr, Ernst, and Simon Gächter. "Cooperation and punishment in public goods experiments." American Economic Review 90.4 (2000): 980-994.


7. 渋滞:調整が失敗したとき

7-1. 渋滞時間帯の混雑課金


7-2. 応用数理と交通工学の分析

 応用数理

川の水の流れや砂時計の砂が落ちる動きと、高速道路上のクルマの動きは基本的に同じだととらえている。

p. 165

摩擦があるので、「物が上から下に落ちる」という単純な動きが生じないことがある。極端な例は、砂時計の砂を湿らしたりして、砂同士の摩擦を大きくしてやれば、砂は下に落ちなくなる。穴の詰まった塩とか胡椒のビン。


交通工学

事故、道路工事、高速道路の出入り口などの目につく問題から、それほど目立たない路上の小さなくぼみ、ゆるやかなカーブ、傾斜、のろのろと走るトラックなどもある。

pp. 163-164


7-3. 運転手の多様性が無かったらどうか? そしてそれは実現可能か?



8. 科学:協力、競争、名声

現代科学の進歩の源泉を端的に示す好例:チームワーク

協力がうまく機能すると多様な視点が得られる。SARSウイルスを特定するプロセスの初期に、研究所ごとに原因として想定されていたウイルス像が異なっていたということは、それだけ幅広い選択肢が検討されたということでもある。また、複数の研究所が同時進行で同じサンプルを研究していたということは、研究内容が重複するリスクを抱える一方で、各研究所が独自データを得るという実り豊かな副産物もあった。

p.176

「互いに協力し合う科学者の生産性は上がり、個人で研究している場合と比べてよりよい」研究成果が出せる」

p. 177

社会科学者のエティエソヌ・ウェンガーは「今日の複雑な問題を解決するには、複数の視点が必要だ。レオナルド・ダビンチの時代はもう終わったのだ」と言う。

p. 177

バリー・ボウズマンは、大学に在籍する研究者が、自分の直接のワークグループに入っていない人と共同で研究する時間は全体の三分のしかなく、自分の大学以外の人と共同で研究する時間は全体のわずか四分のであるという事実を発見した。

p. 178)

科学における協力、競争、名声

・科学の特徴:リーダーがいない

厳密には、ヒルベルトの23の問題のように、業界のリーダーが研究の方向性を提示することはあるし、それがある程度その後の研究の方向性に一定の影響を与えることもありえる。

科学者たちは天真爛漫な選択はしていない。彼らもまっさらな状態でデータの待つ研究所にやってくるのではない。どんな問題がおもしろくて、どんな問題が解決可能か、どんな問題が解決されるべきか、といったことに関して、自分の属するコミュニティの利益と関心に基づいた先入観を持ってやってくる。

科学的研究の大半が過去も現在も政府の資金を使って行われていて、同業者の評価がそういった研究に必要な補助金の給付先を決めていることを考えると、同業者の関心が科学者の行う研究内容に直接的かつ具体的な影響を与えているという事実は否めない。だが、大事なのは個々の研究者に研究内容を指示する、科学界に君臨する大帝が存在しないという事実である。それは自己利益を追求する自由を個人に与えることで、研究内容を指図するより集合的によい結果がもたらせると信じられているからだ。…

pp. 181

・科学の特殊性

自己利益の追求は、科学者にとって簡単なことではない。科学者たちは基本的に認められたい、関心を集めたいと思っているが、実際に自分の研究を認めてくれて関心を持ってくれるのは、自分がまさに競争している相手なのである。

p. 181


王立協会初代事務長であり、トランスアクションズ誌の編集者でもあったヘンリー・オルデンバーグは科学の発展に秘密主義は有害だという考え方を先駆的に広め、新しい理論の創造者、発見者という名声の代わりに、自ら考え出した理論の所有権を放棄するよう科学者たちを説得した。

オルデンバーグは知識というものが持つ独特の特性を深く理解していた。それはほかの資源と違って、消費されて枯渇してしまうような類のものではなく、価値を失うことなく広く行き渡らせることができる。むしろ知識は広まれば広まるほど、その価値が増す可能性は高くなる。知識の使い方の幅が広がるからだ。

p. 182

まず、「知識・・・はほかの資源と違って、消費されて枯渇してしまうような類のものではなく、価値を失うことなく広く行き渡らせることができる」

これは非競合性という経済学的な概念である。

ジョエル・モキル

「"オープンな科学”という概念が出現し、自然界に関する知識の所有権がなくなり、科学的進歩や発見が公然の知識となった時代でもある。科学的知識は公共財になり、秘密主義の下、排他的な少数者だけが知識を共有した中世ヨーロッパの慣行とは違って、自由に伝達されるようになった」

p. 

ロバート・K・マートン


・科学の問題点


ルイス・ウォルター・アルヴァレズ

「物理学に民主主義はない。誰も名前も知らないような二流のやつの意見には、フェルミの意見と同じ重みは認められない」



9. 委員会、陪審、チーム:コロンビア号の惨事と小さなチームの動かし方

今までは多くの人が係る問題で、どの様な条件であれば上手く行くかを検討してきたが、この章では少人数のグループの場合に陥りやすい問題を指摘している。

コロンビア号空中分解事故

小さな組織の運営上の問題

このときのMMT*の動きは、小さな集団をこう運営してはいけないという見本のようだ。このケースは二つの点で重要だ。第1にアメリカではどこにでも小さな集団が存在しているので、個々の集団の意思決定には無視できない影響力があるということ。人々が刑務所に行くかどうか決めるのは陪審で、企業の戦略を決めるのは(少なくとも理論的には)取締役会だ。日々の仕事の中で私たちがチームで動いたり、何らかの意思決定が行われるミーティングに参加したりする機会は増える一方だ。小さな集団で複雑な課題を解決する方法は、学術的な議論の枠に収まりきらない。

第2に小さな集団の動き方は、市場や賭け事、テレビの視聴者などの動き方とは本質的な部分で異なるということ。賭けをした人はポイントスプレッドという形でほかの人たちからフィードバックを得る。投資家は市場を通してほかの人たちからフィードバックを得る。だが、小さな集団のメンバー同士の関係はそういうバターンとは質的に異なっている。

*)飛行管理班:コロンビア号のNASAの担当部署

pp. 192-193

陪審員の研究

・証拠ベースと評決ベース(pp. 195-196)


・チャ―ラン・ネメスの模擬陪審実験

…少数派の視点があるだけで、グループの判断に微妙なニュアンスが生まれ、意思決定のプロセスがより厳密になると明らかにした。少数派の視点が不備であっても、それは変わらない。自分とは違う意見をつきつけられると、多数派も真剣に自分自身の考えを深めていく。…

p. 201


集団極性化

社会的比較:集団の中の変わり者になりたくない心理立場をサポートするものになるはずだ。多数派の立場を擁護する意見しか耳にしないので、確信が持てない人々は多数派の意見に流されがちだ。同じように、極端な立場を採る人たちは、その立場を擁護するような一貫した説得力のある議論を展開するだろうし、議論でも積極的に発言するはずだ。

これが重要なのは、人々の発言順がその後の議論の展開に大きな影響を及ぼすとあらゆる証拠が示しているからだ。はじめのほうの発言の影響力が大きく、その後の議論が展開する枠組みを規定することが多い。情報カスケードと同じく度決まった枠組みを壊すのは難しい。

はじめに発言する人がきちんとした意見を持った人であれば、これは問題にはならない。だが、明快なソリューションがない問題を議論している場合、正確な情報をいちばんたくさん持っている人がもっとも影響力のある発言者であるとは限らない。陪審の場合、全陪審長の三分の二は男性である。陪審長の役割は討議の進行役を務め、議論の流れに構造を与えることだ。また、討議の間も男性のほうが女性よりも発言量が多い。だが、男性のほうが女性よりもある人が有罪か無罪かという問題に関して、優れた知見を有している証拠はどこにもない。

集団のメンバー同士が知り合いだと、地位が発言のパターンを規定する傾向が見られ、だいたい地位の高い人は地位の低い人よりも発言量が多くなる。この場合も、地位の高い人の権威の源は彼らの優れた知識だというのなら問題はない。だが、現実は往々にして異なっている。地位の高い人は自分がまったく知らないことでも、かまわず頓珍漢な発言をしたがる。

航空兵を対象に行われた実験がある。彼らは論理的なパズルを解くように求められたが、解決策をより説得的に提示できたのは航空士ではなくパイロットだった。パイロットが間違っていて、航空士が正解の場合でもそうだった。航空士たちはパイロットに敬意を表して従った。それはお互いに面識がなくても、階級が上の者のほうが正しい可能性が高いという前提があったからである。

こうした譲歩は小さな集団では重要だ。どんなに優れたアイディアでも、それが優れているという一点だけで支持されることはほとんどない。アイディアのすばらしさが自明のように思えても、集団全体としてそれを採用するためにはみんなの尊敬を集める庇護者、言い換えればチャンピオンが必要だからだ。 

これが多数派に支持されている立場が、討議の結果もっと多くの人に支持されるようになる理由の一つだ。まず、多数派に支持されていると、チャンピオンになれる人の数が多い。市場メカニズムや民主制の中では、意思決定者の数が単純に多いので、チャンピオンの重要性は低下する。だが、小さな集団ではどんなに優れたアイディアでもそれを強烈に推す人の存在が必要不可欠だ。洞察力や眼識の高さゆえでなく、地位や発言量の多さをもとにチャンピオンが選ばれてしまうと、その集団が賢明な判断ができるチャンスは大幅に減る。

発言量の多さを心配するのは意外かもしれない。だが、発言量は小さな集団が達する結論にとても大きな影響を及ぼす。集団の中で発言量が多い人は、ほとんど無条件にほかのメンバーから影響力が大きいと見做される。発言量の多い人は必ずしもほかのメンバーに好かれるわけではないが、少なくともみんなその意見に耳を傾ける。発言量が多いと、さらに発言量が多くなる。グループ・ダイナミクスの研究は、誰かがたくさんしゃべればしゃべるほど、集団内でその人が話題にされる機会も増えることを示す。したがって、討議の結果、集団の中心にいる人の重要性が徐々に増す。

自分に専門家としての見識が備わっているときにしか人々が発言しないのであれば、これは問題にならない。多くの場合、誰かがたくさんしゃべっているという事実は、その人が議論に付け加えるべき有益な情報を持っているというサインである。だが、実のところ発言量の多さと専門家としての見識の間には何の相関関係も見られない。

航空兵の研究が示唆するように、自分がリーダーであると思い込んでいる人は自分の知識を過大評価し、まったく根拠もないのに専門家として自信に満ちあふれた雰囲気を醸し出す。さらに言えば、だいたいにおいて過激派のほうが穏健派より自分の正しさを確信しているし、頑固なので、議論を重ねると集団全体は極端な方向に引っ張られがちだ。

小さな集団が政策形成や意思決定に果たす役割を過小評価したい誘惑に駆られる人もいるかもしれない。絶対に極論に走らない、頼りになる一人のひとに責任を持ってもらうほうが、いつ何時崖から飛び降りようとするかわからない一〇人とか一二人の集団に責任を持たれるよりずっといい。

だが、そういう誘惑に負けてはいけない。第に、集団の極性はなくせるからだ。ある調査で六人ずつの集団の様子を観察した。各集団には三人ずつのサブグループが含まれていて、しかもその二つのサブグループはそれぞれ強く対立する意見を持った人たちに分かれていた。議論の結果、集団は極端な方向にも動くし、お互いに歩み寄りもした。この調査は、集団極性化の度合いが減ると、事実に関して何かを問われたときに、より正確に答えられるようになることも発見した。

もっと重要な事実もある。小さな集団では集団極性化が起きるという証拠が厳然と存在しているのと同じように、極性化されていない小さな集団のほうがつねによりよい判断を下し、集団のメンバー個人よりもすばらしい答えを思いつくのだ。驚くべきことに集団の中でいちばん優秀なメンバーより
も集団全体としてのパフォーマンスのほうが優れていることも多い。

小さな集団の能力に関する印象的な調査の一つに、二〇〇〇年にブリンストン大学の経済学者アラン・S・ブラインダーとジョン・モーガンが実施したものがある。ブラインダーは一九九○年代半ばに、連邦準備制度理事会(FRB)の副議長を務め、委員会が金利などを決めるプロセスに参加した。その経験から、彼は小さな集団による意思決定を信用しなくなっていた。


そこでモーガンと一緒に集団が賢い意思決定をできるかどうか確かめる調査を設計した。委員会はつねに非効率的だと批判されるので、集団として迅速な意思決定ができるかも調べることにした。

FRBが直面する問題を大まかに再現したような実験が二つ行われた。最初の実験では、同じ数だけ青いボールと赤いボールが入った容器が用意され、学生たちは容器からボールを取り出す。実験開始時に、学生たちが一〇回ボールを取り出した後に容器の中の青と赤のボールの比率が変わるとあらかじめ告げてある。どちらかの色のボールが七割、もう一方の色のボールが三割に変わるのだ。学生たちはできるだけ早く数の多いほうの色を特定するよう指示された。

景況が変化したかどうか、金融政策を変えるかどうか判断するというFRBの業務と類似した構造を持つ実験である。迅速で正しい判断を奨励するため、比率が変化した後はボールを取り出すたびにペナルティーを科すようにした。

学生たちはまず個人として、次に自由に議論ができる集団として、その後再び個人として参加し、最終的に集団としてもう一回参加した*。集団の判断は個人の判断より迅速で、正確だった**。

(学習効果をコントロールするために、こういう流れにした)
(集団は八九パーセントの割合で変化の方向性を正しく判断したが、個人は八四パーセントだった)

二番目の実験はもっと難しい作業が求められた。一言で言えば、学生たちは中央銀行の役割を果たすよう求められた。インフレ率や失業率の変化に応じて、金利を変えるのだ。この実験の本当の目的は経済が減速しつつあるのか、加速しつつあるのか学生たちが判断できるかを検証することにあった。この実験でも、集団は個人よりも優れた判断を下し、集団も個人と同じくらい迅速に判断できた。

さらに言えば、集団の中でいちばん優れている人と集団の判断の正しさにはまったく相関関係が見られなかった。別に集団が賢い人におんぶに抱っこされているのではない。集団は、集団内のいちばん賢い人よりも本当に賢いのだ。この実験に基づいたイングランド銀行の調査もまったく同じ結論に達した。小さな集団でも迅速に賢い判断を下せるし、集団内のいちばん賢い人よりも賢い。

これまでに私たちが見てきたことを考えれば、びっくりするような話ではないかもしれない。だが、こうした調査は非常に重要な点を明らかにしている。第一には集団の意思決定は本質的に非効率的ではないという点だ。うまく運営された集団討議は、とても役に立つはずだ。第二に小さな集団を意思決定プロセスに組み入れるのなら、そのメンバーの意見を集約する仕組みがなければそんなことをしてもまったく無意味だという点だ。諮問のためだけにチームをつくるのでは、そのチームが持っている集合的な知恵といういちばんの長所を殺しているのと同じだ。

コロンビア号の事例で残念なことの一つに、MMTが何らかの懸案事項に関して多数決を行った形跡がまったくない点が挙げられる。チームのメンバーはミッションのさまざまな側面に関して報告を行ったが、彼らの本当の意見が集約される機会はなかった。これは大きな間違いだ。仮にコロンビア号が無事地球に帰還できたとしても、それが大きな間違いだったことに変わりはない。



10. 企業:新しいボスって、どうよ?


11. 市場:美人投票、ボウリング場、株価


12. 民主主義:公益という夢

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