『若者は本当に右傾化しているのか』古谷経衡著、2014

プロローグ 「若者の右傾化」をめぐる事実認識と「オッス、オラ極右」の世界観

現在、このような保守的課題を熱心に支持しているのは、若者ではなく、批判者が想定するよりも一段上の年代、つまり三十代や四十代が主力であるという事実

p. 8

第一章 「永遠の0」「田母神俊雄」というキーワード

「保守的な若者」はどこにいるのか

思い起こせば二〇一〇年の秋頃だったであろうか。私が人生で初めて、いわゆる「保守派」と呼ばれる人々が主催する集会に参加した時の第一印象は、会場が荘厳だとか、登壇者の数がずいぶんと多いとか、そのスローガンにいたく共感したとか、そういうことではなくて、聴衆のほとんどが高齢者であったことである。

p. 40

若者に関心がないのは政治ではなく、保守思想なのではないか」という疑惑

p. 47


第二章 「若者が右傾化している」論は本当か

「若者が右傾化している」論はいつ生まれたのか

…この年の九月には、中央公論新社から心理学者の香山リカ氏が『ぷちナショナリズム症候群―若者たちのニッポン主義』という新書を刊行して、この「奇妙な」現象を分析してみせた。

要するに、「現在の若者は、ワールドカップをきっかけにして、屈託のない、愛国心を発露させている」という現象に対し、香山氏なりの警鐘を鳴らしてみせたのである。この本をきっかけに、広く「若者の右傾化」という単語が市民権を得ていったように思える…

p. 53

イギリスはイングランドとスコットランドが別々に代表選手団をワールドカップに送っているが、歴史的確執を別にしても、英国民はそれぞれの地域に応じて別々の選手団に声援を送っている。国際的サッカーの試合が愛国心と直結するのならば、イギリスの二つの選手団は統合に向かうべきだが、そういう潮流は存在しない。サッカー選手に対する応援と、その選手が帰属する国家への愛国心は大きな相関があるとは思い難い。

p. 55

イギリスの「ナショナリズム」の複雑な在り方を理解しているのか? スコットランドの独立騒ぎの前だから、分からなかったのかもしれないが。

香山氏が、道頓堀川への飛び込みやスポーツバーで日章旗を顔にペインティングして日本代表を応援している若者を「右傾化の前衛」と捉えたのは完全に見当違いである。当時の右傾化の萌芽は、このように「ワールドカップが作り出した世の中の躁状況」に一定程度距離を置く、いわば「ワールドカップに乗ることができない」人々を中心としてインターネット空間に急速に誕生してきたものであり、街に出て「ニッポン」と声高に叫ぶような、軽快活発な若者像とはそもそも根本的に違っているのである。

しかし、香山氏が『ぷちナショナリズム症候群』で描いた「若者像」の影響は大きく、これ以降「若者の右傾化」が盛んに叫ばれるようになった。その典型的なイメージ像は街に繰り出して「屈託なく」「ニッポン」と口にするような、古典的な「垂直」で「思慮のない」若者像、つまり「若気の至り」という大前提的に否定のニュアンスを含んだ若者像と、当世快活な「若さゆえの特権」を行使している眩しい若者たちが愛国心や国家意識に目覚めているのだという漠然としたイメージが出来上がっていった。

こういったイメージに対し、「若者の右傾化」を否定的に論じる左派は常にこのイメージを想定しながら若者を「脅威」として捉え、一方の保守側は、このイメージをそのまま流用して「若者が愛国心に目覚めている」とか「若者が(保守的な文脈において)正常化している」といった認識を抱くに至った。この、双方ともに間違った認識に基づく若者論が、その後、実に十年以上も継続されることになったのである。

pp. 58-59


愛国心が高いのはどの世代か

…内閣府がほぼ毎年実施している世論調査「社会意識に関する世論調査」は、同府の調査員が全国の世帯に訪問する形で数千人の被験者を対象にして行っている大規模で精度の高い対面調査である。その中で、「国を愛する気持ちの程度」という回答項目が存在している。この選択肢は、「非常に強い」「どちらかと言えば強い」「どちらかと言えば弱い」「非常に弱い(全くない)」「どちらとも言えない(わからない)」の五つが用意され、被験者がそれぞれどのレベルの愛国心を回答しているかを、年代別に%で示したのが次ページの図2―1である。

この調査で「愛国心が強い」と答えた被験者を「右」と定義し、その増え方(あるいは減り方)の推移を見ることにより、「右傾化の度合い、推移」を検証することにしたい。しかし、「国を愛する」と回答しただけで「右」としてしまうカテゴライズは、いささか奇異に感じるが、少なくとも現在の保守派やそれを否定する文脈の論壇などを総覧して、まず第一に「愛国心の濃淡」で保守(右)か否かを規定する傾向が強いと私は理解しているので、今回は厳密さには目をつぶっていただいて、話を先に進めることにしよう。図2-1が示す調査結果を見ると、特に若者を示す「20~29歳」(二十代)についての
「国を愛する気持ちの程度(=愛国心)」は、過去十年の間、いずれも十年刻みのすべての年齢層において、中・高齢者のそれと比較して低くなっている。「若者の右傾化」はこの統計からも一目で嘘であることがわかる。さらに、「愛国心の有無」を「右傾」とするのであれば、むしろこの十年で一貫して「高齢者が右傾化」していると言わなければならないのである。

pp. 60-62

田母神氏を支持したのは誰か

さて、ネットレイティングス社の調査からさらに五年後の二〇一三年春、私はインターネット上で保守的、愛国的な言説を収集・発信している約千人のユーザーに対し、大規模なアンケート調査を行った。

これは、インターネット上で保守的・愛国的な言説を収集・発信していると見られる「ネット保守」のクラスタに、私が知る限り初めて大規模な調査を行ったものである。調査は約三カ月ほどの期間で行われ、回答者に「性別」「居住地」「年齢」「年収」「学歴」などを聞いた。この調査の詳細は、二〇一三年四月に刊行された拙著『ネット右翼の逆襲「嫌韓」思想と新保守論』(総和社)で詳述したが、ここではこの中から、「若者の右傾化」という幻想を打ち砕くに足るデータを引用することにしたい。

p. 77


「靖国参拝」には賛成するが、右ではない

大多数の若者は中立的な考え方を持っているが、その中でも左派と右派の両極端のクラスタが部分的に増大しており、さらにその中でも左派が若干多い

p. 104


第三章 「若者は政治に無関心」の嘘

なぜ保守は若者に支持されないのか

若者が山本太郎に投票した理由

なぜ保守は貧困問題を取り上げないのか

「反貧困」をめぐる左右のねじれ


第四章 なぜ保守は貧困問題に無関心なのか

保守は生活保護不正受給問題にどう反応したか

戦後保守が高度国家論に偏重した理由

戦後の保守論壇を支えたフジサンケイグループ

これはつまり、生活(損得)にあまり拘泥しない性質を、前提的に戦後の保守派が有しているということを示唆するものではないのか。戦後の保守派(論壇)がことさら高度国家論をうたうのは、貧困問題のような国民にとって喫緊の課題は自らにとっては存在しないか希薄だからであり、俗に言えばそういった「生活者の目線」を考慮しなくとも、良いだけの部分的政治力を手にしていたと言える。

pp. 166-167

自分達が金持ちだから、貧困問題興味ないとか本当かなぁ? 金持ちのリベラルは貧困問題関心あるで?


社会的成功者としてのネット保守

実は、すでに見てきた旧保守と同様、「ネット右翼=ネット保守」を包括する新保守そのものが、実は貧困とは無縁の存在だからだ。

二〇一二年暮れから二〇一三年春にかけて、私が、ネット保守と目されるインターネットユーザー約千名に対して、年齢、性別、学歴、居住地、所得(年収)などを聞いた大規模な調査を実施したことはすでに述べた(77ページ)。ここから判明したことは、新保守を構成する人々が貧困とはまったく無縁の生活を送っているという厳然たる事実なのである(次ページ図4-1)
具体的には、調査によれば、新保守の学歴は四大卒・院修了以上が全体の六割以上、年収は世帯平均を約三十万円ほど上回る四百八十万円であった。
職業別に最も多いのが自営業で、彼らの分布は東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、愛知、福岡など、日本を代表する大都市圏と、とりわけ東京を中心とした首都圏に約半数弱の人口が集中的に分布していることが明らかになった。ここから見えてきた新保守の素顔は、東京や大阪を中心とした大都市圏に居住する、小規模自営業者を多く含む、比較的富裕な三十代後半の中産階級(ミドルアッパー)という姿だったのである。

pp. 171-172

ネット調査の(上方)バイアス、大都市圏の物価を考慮すると実質所得が低くなることを考慮しても、貧困層でないことは確かなのだろう。昨今の国民民主の支持者にもこの層が一定含まれると思う。

また、p. 77(第二章 「若者が右傾化している」論は本当か、田母神氏を支持したのは誰か)で書かれている様に、アンケートの対象は「右翼情報を収集・発信」している人で、ネットで個人的に連絡が取れるような人は上位層にバイアスがかかる。2ちゃんで一言書き込むだけのような人は含まれない

もちろん、ここでの著者の議論は「新右翼」の「言説」が貧困に無関心であることの理由を分析することにあるので、「言説の発信者」が貧困にないという指摘は正しい論理だ。一方、小林よしのりなんかは、「言説の消費者」を対象にしていて、これも間違いとは言えないと思う。


福音派とネット保守の共通点

第五章 保守のマッチョイズムと自己責任論の嘘

保守の「凛として美しく」路線

「自己責任論」は正しいのか

全般的に保守派は成功者が多いという前提に立っていて、それは彼のアンケート調査等に基づいている。しかし、例えば黒人を怠惰だと差別するのは白人の下層であったりするなど、福祉とか弱者救済に否定的なのは、ギリギリ福祉のお世話にならずに日々何とかやっている人であるパターンもある。



保守の「三位一体」の思考パターン

第六章 「ソーシャル保守」の誕生

ネット保守からソーシャル保守へ

ソーシャル保守の目的は同胞融和

むすび

エピローグ イデオロギー世界観の終焉


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