『新日本のお金持ち研究 : 暮らしと教育』 橘木俊詔, 森剛志著、日本経済新聞出版社 , 2009

はしがき

「一億総中流社会」という言葉も今は昔。「日本は本格的な格差社会に入った」と、今日では多くの人が認識することとなった。

格差社会ということは、貧富の差が大きいことを意味する。このような状況の下では、貧困対策や弱者救済策などが主に論じられることが多いが、一方で、階層の上にいる富裕層について知ることも、また大切である。なぜならば、富裕層の経済行動は消費・貯蓄を経由してマクロ経済の動向に大きく影響するし、高所得者の数が増加することは経済の活況の証拠とみなせるので、それらの人の現状を認識することは、大いに意義があることと考えられるからである。

前著『日本のお金持ち研究』では、誰がどのようにしてお金持ちになったかを中心に分析したが、本書ではそのお金持ちが何を考えており、自分の生活をどのように判断し、かつ、どのような行動をとっているかに注目する。具体的には、お金持ちはどこに住んでいるか、どのような消費行動・資産選択行動・相続行動をとっているか、子どもの教育投資をどうしているか、といったことである。教育に関しては、子どもの教育のみならず、お金持ち本人の教育についても関心を払い、親子の教育を比較する。

これら消費、資産、相続、教育といったお金持ちの行動に関しては、お金持ちでも本物の富裕層と擬似の富裕層とでは行動様式が異なること、さらにお金持ちの中でも職業のちがいによって行動様式がかなり異なることを示すことにする。換言すれば、富裕層とは行動パターンが似通った同質な人々の集まりではなく、さまざまな意識と特色を持った異質な人々で成っていることを明らかにする。

冒頭にも述べたように、「日本が格差社会に入った」との一般認識があるが、お金持ちはこの認識の変化をどう感じているのか、という点も、興味の持たれる点である。非常におもしろい成果が得られたので、是非ともご一読のうえ、一人ひとりでこの結果についてお考えいただければ幸いである。

戦前は「権力」「富」「威信」を同時に保持する「上流階級」という階級が厳然として存在していたが、戦後の一億総中流社会への突入により、この階級は消滅した感がある。しかし、本書で示したようにお金持ち、あるいは富裕層は、現在も明らかに存在している。そこで、これらお金持ちを上流階級とみなしてよいか、という階級論、階層論についても、前著とは異なった視点から論じてみたい。

本書は前著とは内容が大きく異なるものである。両書によって現代日本におけるお金持ちの全容が読者に伝われば幸いである。

ダイジェスト

第1章 お金持ちはどんなところに住んでいるのか

・p. 39

現在の大阪や兵庫のお金持ちは、日本全体でみるとどれくらいの規模なのであろうか。関西圏は一九九〇年代の長期不況のなか、経済的にかなりのダメージを受けた。主な上場企業はその営業活動拠点を東京に集中させたため、関西圏の地盤沈下は一層進んだ。

前著『日本のお金持ち研究』で示したとおり、年間納税額三〇〇〇万円以上(年収約一億円以上の人々の住居を都道府県別に分類したものが、図1-6である。

・pp. 50-51

日本では建築基準法上のいくつかの規制により、都市の容積率は低く抑えられている。たとえば、ニューヨークと東京都の都心の人口密度を比較すると東京の都心八区の人口密度はニューヨークの約半分である。山崎(二〇〇五)では、都心三区へ通勤する人々の平均通勤時間は年々長くなり、一時間未満の通勤者の比率は一九七〇年時点では六三%もあったのに対して、二〇〇〇年時点ではおよそ半分の三五%になっている現状が報告されている。

・pp. 51-52
都市規模をコンパクトにする再開発は、生産性も引き上げる。八田・唐渡(二〇〇1)では丸の内地区の容積率を五〇%引き上げると、東京全体の生産性は一二%も上昇することを明らかにしている。CicconeandHall(1996)によれば、アメリカの場合ニューヨークで働く労働者が、もし州全体に均一にばらついて住んでいるとすると、生産性は一九%も低下すると報告されている。

・pp. 54-55
福岡は公立高校の人気が高い。九州全域でみれば、久留米大学付属やラサール高校のように全寮完備の名門私立校があるが、これらの高校の生徒は東大志向が強いので、九州大学を目指す公立高校の生徒とは棲み分けができている。たとえば二〇〇六年では修猷館高校は東大九名・京大七名・九大一五二名、福岡高校は東大四名・京大一〇名・九大一五一名、筑紫丘高校は東大七名・京大一五名・九大一三三名城南高校は京大一名・九大三九名合格であった。いかに福岡の公立高校の学生は地元九大志向が強いのかがわかる。


第2章 お金持ちの消費スタイル 63

・p. 85
さらに、二〇〇四年に行った第二回目のお金持ち調査でも、「あなたの経済的成功には親からの遺産が役立った」かどうかを質問した結果、圧倒的多数で親からの遺産と自分の経済的成功とは関係がないという回答であった。


第4章 教育で残すか実物資産で残すか 103

・p. 111
明治の元勲、西郷隆盛の有名な言葉に「子孫に美田を残さず」というのがあるが、この精神を物語っている。

・p. 113
日本に関してだけ簡単に述べれば、次のようにまとめられよう。先進五カ国(日・米・英・仏・独)の中では日本の相続税は重くもなく、かといっても軽くもなくといった、平均的な課税の状況にある。しかし、ここ二〇年あまりの間に相続税は緩和され続けてきたのであり、過去の日本と比較すれば、負担額は軽くなっている。高額所得者への所得税率も下げられてきたので、高額資産所有者や高額所得者に対して税制上の優遇度を高めてきたことは確実であり、これが日本の格差社会化や階層固定化に寄与してきた一つの理由になっている。

・p. 123
ただし、ごく普通のサラリーマンであっても、祖父・祖母が孫の学費支援をしているというケースがいくつかあった。さらに、ごく普通のサラリーマンであっても、妻が働いていて夫婦の合計所得を高くして、私立の小学校に通わせているケースもあった。

・pp. 128-129
不幸にして国公立に不合格となり、私立大学の医学部に入学する場合は平均で二二四〇万円という学費がかかるので、国公立と比較して六倍前後のさらなる教育投資が必要となる。私立大学の医学部の学費は、高いところでは年額一〇〇〇万円に達しようとする大学もあるので、教育投資額は非常に高いものとなる。


第5章 株式投資か不動産投資か――お金持ちの資産運用 137

・p. 147

日本人の資産選択は、このような税制による優遇政策にもかかわらず、株式への投資額はかなり少ない。家計資産の金融資産に占める株式保有割合は、二〇〇八年九月末時点でアメリカでは約三三%もあるのに対して、日本では約八%にすぎない。

これに対して現金・預金保有割合は、アメリカでは一三・五%程度であるが、日本の場合約五三%もある。日本国民の危険回避度が高いと言われる所以である。つまり、日本人は銀行預金や郵便貯金のような安全資産を大いに選好しており、株式や債券のような危険資産への投資額はかなり少ないというわけである。


・p. 150
Iwaisako (2003)では、若年期に住居を購入すると株式投資にまで資金がまわせないこ実証分析で明らかにしている。Noguchi and Poterba (1994)でも示されたように、一九八九年時点では平均的な住宅価格は、日本では平均年収の7.4倍であり、アメリカでは三・二倍であった。バブル崩壊後、日米格差はやや是正されたとはいえ、やはり日本ではまだなお住宅価格は相対的に高い水準にあると言えよう。

一方の賃貸市場の状況に関して言えば、Yamazaki (1999)で報告されているように、平均的な延べ床面積に関しては、日本では約四五平米、フランスでは約六八平米、ドイツでは約六九平米と、日本はフランスやドイツの三分の二程度しかない。

こうした賃貸市場の悪条件の背景には、借地借家法などによる法システムの存在があると考えられる。Yamazaki (1999)によれば、賃貸住宅はヨーロッパ諸国に比べ日本は狭量であるのに対して、持ち家の延べ床面積に関しては、日本では約一二二平米、フランスでは約一〇一平米、ドイツでは約一一三平米と、日本もフランスやドイツの場合と同様の広さなのである。

・pp. 159-160
相続財産の中で、もっとも大きなウェートを占めるのが土地である。国税庁の資料によると、二〇〇六年の相続財産総額は約一一兆四〇〇〇億円であるが、そのうち土地は約五兆四五〇〇億円である(現金・預貯金等は約二兆三五〇〇億円、有価証券は約一兆八〇〇〇億円)。

ただし、土地相続に関しては、住居用や事業用の場合は評価額の一定割合を減額する特例が存在する。生計を一にする親族者が相続する住居用であれば、二四〇平米までは評価額が八〇%減額される。つまり、相続の際の評価額は路線価の二割で計算される。つまり、路線価で三億円の宅地であっても、配偶者一人が相続する場合、基礎控除額五〇〇〇万円プラス法定相続人が一人で一人あたり一〇〇〇万円控除されるので、相続税は一切かからないのである。

さらに、事業用の土地であれば、四〇〇平米までは評価額が八〇%減額される「特定事業用宅地等の特例」が存在する。高額所得者の多くは事業を経営している人が多いため、この制度的利点を活用することで、不動産投資へと向かうこととなると言えよう。


疑問点

第5章 株式投資か不動産投資か――お金持ちの資産運用 137

日本のお金持ちが株式投資よりも不動産投資を好む理由としては、いくつか列挙できよう。今まで述べてきたように、バブル崩壊を経験した世代がいまだに株式市場に参入するのを拒んでいることや、日本の株式収益率はあまりにも低く、この二〇年間に株式投資を開始したケースでは、マイナスの収益率しか得られない。それに対して、不動産投資では、株式ほど大きな変動(ヴォラティリティー)のリスクはないと考えられる点や、長期的・安定的な収益が見込める点、さらには事業継承などを円滑に進めるために、相続上の優遇税制が存在するという制度的利点があることが挙げられる。

pp. 157-159

バブルで崩壊したのは株価だけではなく、土地もそうだったはずでは?

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