『兵器市場:国際疑獄の構造 下』アンソニ・サンプソン著、TBSブリタニカ1977

読書感想文

この本は上下からなっているが、自分にとっては12章のカリフォルニアという割と日本人になじみ深い地域が軍需産業のメッカだったこと、13章が日本の所謂ロッキード事件だったこと、14章の70年代半ばにイランに米軍需産業が入れ込んだことが79年の革命との対比であまりに皮肉だったことなどから、下巻の方がはるかに印象に残った。まあ、単純に時代が現代に近いということでもある。やはり、WW2なんかは完全に「歴史問題」なのである。

まずは「ロッキード事件」の方だが、ちょうど日本でも「政治とカネ」にまつわるスキャンダルが問題になった時期でもあった。ただ、どちらかというと、もちろん高度経済成長期が終わりオイル・ショックで比較的不景気だった70年代とはいえ、日本が新興の成金国として億単位の金が飛び交っていてるのが、むしろ羨ましくさえ思えた。令和の時代になって、日本は数千万単位の「虚偽記載」で騒がれている。もちろん、人間社会は進歩するのだから、政治に求められる倫理水準も上がって当然ではある。ただ、やっぱり現代日本の不景気の印象の方が強かった。

この本は1977年に出版されていてるが、その後の歴史は誠に皮肉に動いた。あれだけ米軍需産業が入れ込んだイランのパフラヴィー朝があっさりと崩壊し、アメリカは大使館人質立てこもり事件に1年以上かかり、国際的な名誉を失った。当然、アメリカが売り込んでいた最新兵器は、というより、その持ち主は反米思想の権化みないな人種に変わってしまった。

このイランに対抗するために、今度はお隣のイラクに入れ込むが、これが制御が効かなくなりイランと戦争するならともかく、湾岸戦争まで起こされたのが1991年のことだ。ところが、アメリカはこの戦争に快勝し、むしろベトナム以来の暗い雰囲気を払しょくすることに成功する。

一方、この本でも常に裏テーマとしての「対共産圏」、つまり対ソ連というものがある。ところが、そのソ連が80年代にアフガンに入れ込んで失敗、その後の改革にも失敗して、アメリカ最大の敵があっさり崩壊してしまう。

そして、そのアメリカが対ソの為に入れ込んでいたアフガンがこれまた制御不能に陥り、3.11を起こしたテロリストを匿ったとの罪状でアメリカと戦争することになるのが2001年である。

ここから先は本書とは関係なくなるが、その3.11に関して一瞬だけ米露間で「対テロ」のお題目で協力できそうな雰囲気があったものの、その後の様々な問題で結局ロシアは欧米とは別の道を進み、今はウクライナでドツボにハマっている。

上巻の10章はイスラエルとアラブの話だが、今や世界に名が通ったイスラエル軍需産業の開闢史も描かれている。

私の個人的な感想からすると、この本の特に下巻のおかげで、「軍産複合体」がいかに憎まれたのかというのは初めて学べた気がする。漫画『沈黙の艦隊』で概念的なラスボスとして描かれてはいたのだが、既に東西冷戦もなく、欧州が平和の配当に酔いしれる時代で自分には全く感覚的に理解できなかった。

この観点で現代を考え直すと、やはり時代は大きく変わったのだと言わざるをえない。先ほども少し書いたが、冷戦終結後、欧州は「平和の配当」として軍事費の大幅な削減に成功した。もちろん、この本にも書かれた通り軍需産業の労働組合は手ごわい政治勢力なのだが、実際の軍事費ではやはり単純に兵士への給料、人件費も多い。この「大軍縮」の時代は、基本的には兵員数の削減による人件費の削減が大きかったと思うのだが、装備品の方はどちらかというと省力化と高度化が進められた印象が強い。

その後の世界は、やはり中国の台頭と第2の石油革命が大きかった。アメリカは自国内でオイルサンド開発に成功して中東の石油への依存度を圧倒的に下げることに成功させた。その結果、この本の歴史に従えば英仏が退いて権力の空白ができた中東を治めてきたアメリカが、今度は中東から引っ込もうとしている。その後も中東情勢は混迷を極めている。しかも、00年代に中国やインドなどの工業化によりエネルギー消費が増えると、原油価格はまたもや急騰した。それならサウジが有り余るオイルマネーでアメリカの最新兵器を買い込み、中東を安定させてくれれば良さそうなものだが、やっぱりイラン、イラク、シリアと敵が多いし、エジプトみたいに人口だけはやたらと多いが油がないため頼りにならない国もいる。イスラエルみたいに守らないといけないのだが、言う事も聞かない困った国もある。トルコとかイスラム原理主義、クルド人と問題には事欠かない。また、「地域の安定」というものが、単純な軍事力とあまり関係なくなった、あるいは関係ない事が明らかになった気もする。中東で責任ある大国が出てきてまとめてくれる訳でもないし、皆が仲良くできるメカニズムがある訳でもない。ただ、イスラエル以外の国は無茶をして国内で革命が起きるのをただ恐れているだけのように思える。今回のイスラエルとガザ地区の問題も、元を正せば中東における秩序形成の問題に行き着くのだろうが、その話はこれ以上はここではしない。

もう1つの問題が、権威主義国の台頭である。元々ロシア(ソ連)は面倒くさい相手ではあったが、そこに中国が加わった。北朝鮮問題もあって、日本が世界問題の最前線に立たされている。そして、我々が日々学んでいることは、核兵器もそうだが、国を守るには通常兵器が大事だというあまりに当たり前の事実である。ウクライナは小国と侮られることも多いが、人口は4500万人もおり、特に2014年以降はきちんと軍隊を育成してきた。そこに西側の支援が加わったので、なんとか負けずには済んでいる。日々聞かされるのは、最新鋭兵器の重要性ではない。銃弾、砲弾、動員。20世紀どころか、下手したらそれ以前の時代のキーワードが再び脚光を浴びている。

そして、本書では平和国家として称賛された日本だったが、それも大きな岐路に立たされている。ウクライナの現状を見て、国防を他人任せにすることのリスクを思い知らされた。しかし、戦後の「平和国家」ブランドが邪魔をして、簡単に再軍備に梶を切れるものでもないし、そもそも金もない。最初の方に出てきた自民党の「政治とカネ」の問題ですっかり薄れてしまったが、イギリス・イタリアとの共同開発の戦闘機の輸出問題は本来次の国会の1大争点になるべきことだった。

この本を読めば、単純に軍需産業を応援すれば良いというものではないことは分かる。それに、今更日本が軍需産業が盛んな国になっても、世界の軍需市場に与える影響はさほど大きくは無いだろう。だが、だからといって「平和国家」の看板を下ろして、小澤一郎よろしく「普通の国」としてやっていくのが良い事なのか、私には分からない。

むしろ、低開発の独裁国家に甘い蜜を与えて懐柔し、「債務の罠」に陥れて実質的な植民地にしているのは現代では中国である。それは、欧米が散々やらかしてきたことで、その一端がこの本で十分に描かれている。相手の手口が分かっているからといっても、こちらが効率的で有効な対策を立てられるとは限らない。

もちろん、今の日本の対ウクライナ支援は物足りないが、「対中国」という点ではそれなりに頑張っている気もする。なんとかインドを取り込み、フィリピンを助け、アセアンにお話を聞いてもらう…最大のキープレーヤーがアメリカであることは間違いないが、この状況で中国の台湾侵攻を防げたら、「国際政治」上の一大画期、人類史に残るレベルの大成功だとすら思う。

もちろん、現実的には台湾敗戦後を考えておく必要があるだろう。また、中国が一番恐れているのは自国民で、そこになんらかの形でアプローチできないか常に狙っておく必要はある。

段々、本書の読書感想とは遠い話になってきたので、この辺で終わりたい。まとめると、軍需産業のコントロールという問題は今でも重要な問題ではあるが、当時ほどの重要性は失っているように思える。今は、とにかく大国中国をどうやって抑えるかで頭が一杯なのだ…

あるいは、当時とは「軍」の様相が変わってきていることに注目するべきなのかもしれない。当時は「軍」といえば、戦車であり戦闘機でありヘリコプターでありミサイルでああった。しかし、近年の「ハイブリッド戦争」ではメディア制御が大きいのだとしたら、そもそも平時から軍民の区別はないのかもしれない…しかし、それは民主主義の根幹に関わることではないのか…

まあ、とにかくこの辺にしておきたい。自分にとって、この本は何が色々なピースを繋げてくれる重要な本だった。しかし、特に若い人にとってそうだとは限らない。半世紀も前に書かれた本であるという事実は非常に重い。


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