『軍事戦略入門』アントゥリオ・エチェヴァリア著、創元社、戦争学入門シリーズ、2019

プロローグ

1975年、ベトナム戦争終結の交渉のさなか、とある米国の大佐と北ベトナムの大佐との間で交わされたとする短いやりとりが、優れた軍事戦略の重要性を示している。この時、米国側の大佐であったハリー・G・サマーズ・ジュニアはこう述べた。

「分かっているだろうが、貴方は決して戦場において我々を打ち負かしたのではない」

相手方である北ベトナムのトゥー大佐は一瞬思案してからこう答えた。

「そうかもしれないが、それは関係ないのだ」

このやりとりは、ベトナム戦争中の米軍の戦略思想の欠点を強調するため、頻繁に(ひょっとすると頻繁すぎるほどに)引用される。戦争に勝つこととは、単に戦闘に勝つことではない。勝利に意味を与える軍事戦略が必要なのである。米国は貴重な資源を費やして、ベトナム戦争における主要な戦闘で数多くの勝利を収めたが、結果としては戦争に負けただけであり、その原因の一端は米奥の軍事戦略の支柱を成していた前提にあった。

勝利を確実に保証できる軍事戦略など存在しないが、不適切な戦略はほぼ確実に失敗を招く。決定的な成功が得難いとしても、適切な軍事戦略によって好ましい結果を得る公算を高めることはできる。軍事戦略はいかなる類の紛争や武力行使においても重要である。核兵器やサイバー空間など革新的な技術によって新たな可能性や制約が生じてきているが、優れた戦略を有することの重要性は失われていない。

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